第16話 城下
もう四本目となる串焼き肉を頬張るサリーを連れて、城下町を歩く。昼時だからか、人通りが多い。ぶつからないように端の方に寄りながら、分けてもらった串焼き肉を齧る。
「お菓子屋さんあるかな」
「前回買った店は東通りの方でしたよね」
「同じ店に行ってみる? 前のクッキー美味しかったし」
東通り、というとこの道を反対側に渡って小路に入ったところだ。人の間を縫って渡ろうとするも、次々と歩いてくる人の流れがとめどない。
タイミングを計りかねていると、後ろにいた若い騎士のエクトがすっとテオの横に立った。背の高い彼を人は避けて歩いて行くため、おかげで流れに入り込む隙間ができた。そのままエクトを壁にするようにして、サリーと手を繋いで道を渡る。
「ありがとう、エクトさん」
無事に小路に入れたところで、一息つく。テオに続いてサリーも礼を述べると、彼は微かに顔を赤らめて頷いた。
結婚するなら、彼のような紳士的な人だと嬉しいなどと考えた。同時に、少なくともエクトはテオの結婚相手にはならないとも思った。乙女の顔をしたサリーが、「これあげます」と言って手に持っていた串焼き肉を差し出している。それを受け取ったエクトが、一文字に結んだ口を綻ばせさらに顔を赤くする。
二人を置いて行ってしまいたいという思いと、二人を見守っていたいという思いが同時に湧き上がり、少し悩んだ結果、行くよ、と声を掛けて歩き出した。慌ててついてくる足音がして、二人を背にテオはひっそりと微笑んだ。
見覚えのある看板を見つけて、その扉をくぐる。ピンク色のこぢんまりとした店内には、若い女性が一人、背筋を伸ばして立っていた。
「いらっしゃいませ! 何かお探しでしょうか?」
「お土産を探しているんです。子供でも食べられるようなもので、日持ちするようなものはありませんか?」
そう言いながら、ショーケースの中を覗く。中段から下段にかけて多様なケーキが置かれており、上段に包装されたクッキーやマカロンが並んでいた。
「それならクッキーがおすすめですよ。たくさん配れるし、子供にも人気です」
「素敵。でも、実は前に来たときもクッキーを選んだんです」
「そうでしたか。では、こちらのチップスはいかがでしょう」
美味しそう、と相槌を打ちながら、ふと一つの菓子が目に留まる。キラキラと宝石のような輝きを纏う砂糖菓子。外側にシャリッとした砂糖がコーティングされており、内側はゼリーのように柔らかいという、不思議な食感がするお菓子。つい先日、頂きものを食べたから記憶に新しい。
「それ、こないだウェンさんに頂いたやつですよね」
テオが見ていることに気が付いたサリーが声を掛けてきた。
「そう。お菓子は美味しかったのよね」
「お菓子は、ですか」
「ちょっとサリー、突っ込まないで」
あの地獄のような時間を思い出してテオは小さく溜息をつく。
数人ほどと、お見合いをした。しかし皆候補からは外すつもりだ。
一人は花束を、一人は菓子を持って現れた。花束は綺麗だったし菓子も美味しかったが、どう話を振っても功績話や自慢話が返ってくるばかりで、いるだけで疲れてしまった。もう一人は、贈り物も自慢話もなかったが、むしろ何もしない。テオが話を振っても広がらないし、無言でも心地良いほど気が利くわけでもない。
テオの理想が高いのだろうか。別に、美男も賢者も求めていない。ただ、居心地の良い相手を探しているだけなのに。
「琥珀糖ですか?」
こちらの事情など知るはずもない店員がそう聞いてきた。だが、聞き覚えのない名前に首を傾げる。
「琥珀糖? 錦玉糖じゃないんですか?」
「地方などによって呼び方が違うみたいですね。琥珀という宝石に似ているからそう呼ばれているみたいです」
琥珀。オレンジ色に透き通る、太陽のような宝石。宝石の方と比べると琥珀糖はもっとカラフルだが、透明感や光沢は確かにそれらしく見える。
「綺麗ですね」
「ですよね。大人数に配るお土産には向かないかもしれませんが、ご自分用などにいかがですか?」
自分用に買うには、少し贅沢だが。
「じゃあそれ一つと、あとさっきのチップスをお願いします」
「ありがとうございます! ラッピングなどはいかがなさいますか?」
「琥珀糖の方だけお願いします」
プレゼントを贈るような特別な理由などないが、お土産と称するだけでも贈り物には十分だ。
代金を支払い、琥珀糖が詰まっているはずの小さな箱が、薄く柔らかな布で丁寧に包まれていくのを眺める。
「誰への贈り物かお聞きしても?」
ひょっこりと背後から覗いたサリー。
「秘密」
「えー、気になります」
本当は、サリーになら話してもいい。むしろ、誰かに聞いてもらうとしたらサリーが最適だと思う。だが、話し始めると長くなるし、ここで話すようなことでもないから、ひとまずはぼかしておくことにした。
「あとでね」
片目を瞑ってそう付け足すと、サリーは目を輝かせて頷いた。
ラッピングされた商品を受け取る際、店員が思い出したようにこう告げた。
「先日、ここのすぐ傍でスリがあったようです。騎士さんがいるから大丈夫だとは思いますが、お気をつけてくださいね」
スリ。窃盗。こんな身近に。
「よくあるんですか? そういう、スリとか」
「度々ありますね。あ、でも前回のはもう捕まったんだったかな」
度々という言葉そのものよりも、店員にとってはそれがよくある日常の一部になっていることの方が怖いと思った。優秀な騎士によってすぐに犯人が捕まるとしても、そもそも問題が発生しない方が望ましいのは間違いない。
「ありがとうございます。気をつけます」
店員にとっては世間話程度の話題だったのだろう。無垢な笑みに見送られながら店を出る。向こうの大通りから聞こえる人々の喧騒と、道の脇で眠る野良犬。何の変哲もない穏やかな街並みに見えた。道行く人々の顔を窺っても、不安そうな様子は見られない。
テオの守りたい平穏。だが、本当にそれでいいのか。
悶々と考え出したテオを知ってか知らずか、サリーが最後の串焼き肉を頬張って、「食べ終わっちゃった」と呟いた。




