表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】このたび、雑草メイドは冷酷殿下の毒見役になりまして  作者: 葉南子@「ツキヨム」コン大賞受賞
最終章 こうして、雑草メイドは毒見役として

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/38

最終話 メイドと殿下


 夜。すでに隣からは、ナンシーの寝息が聞こえてくる。

 リゼッタはなかなか眠れずにいた。月明かりが差し込む部屋の中で、ぼんやりと天井を見つめる。

 胸が弾みっぱなしで、全然落ち着かない。嬉しくて眠れないなんて、いつぶりだろう。


 思い返せば、実家への仕送りが銀貨二枚増えた日の夜以来かもしれない。あの日も、興奮してなかなか寝つけなかった。

 そして、初めて中庭の存在を知った夜でもあった。

 手入れの届いていない、自由な庭。澄んだ空気の中に溶ける月光。それから──不機嫌そうな顔をした、あの人。

 ちょうど今日みたいな、満月の夜だった。


 リゼッタはそっと身を起こす。ナンシーを起こさないよう気をつけながらベッドを抜け出し、薄いショールを肩にかけると静かに靴を履いた。

 少しだけ。本当に、少しだけ。夜風に当たりたくなったのだ。


 .。゜:*:✼.。


 中庭は月明かりの下で穏やかに息づいていた。昼間の熱気が嘘のように、涼しい夜風がさらりと肌を撫でる。足元ではエノコログサやミソハギといった野草が、一足早く秋の訪れを教えてくれていた。


「やっぱり好きだなあ、ここ」


 声に出すと、余計にそう思った。王宮の中で、ここだけが少し違う空気をしている。草の匂いがして、虫の音がして、空が広い。


「……あ」


 視界に入ったのは、オジギソウ。まだ(まり)のような花を咲かせているけれど、もうすぐ種を実らせる時期だ。


 ──なんか、いろいろあったなあ。


 リゼッタはしゃがみ込み、そっと葉に指を伸ばす。触れた瞬間、いくつもの小さな葉がきゅっと身を縮めるように閉じた。

 それを見て、ほんの少しだけ口元が緩む。葉を一枚ぴっと摘み取り、ぱくりと軽く口に放り込むと──青くて、独特の苦味が口に広がった。


 ──ありがとうね。


 ヴィルフォードとの約束の証として持っていたオジギソウが、まさかあの夜の切り札になるとは思っていなかった。


「何をしている」


 背後から落ちた、聞き馴染みのある低い声。

 振り返れば──月明かりを受けたヴィルフォードが、不機嫌そうに佇んでいた。


「殿下こそ、眠れないとかですか?」

「聞いているのは俺だ」


 即座に返されて、リゼッタは「あ、そうでした」と苦笑いを返す。


 ──そういえば、最初もこんな会話をしたっけ。


 あのときも、突然現れて、突然問いただしてきて。

 最初は「冷酷な人だな」なんて思ったけれど、今はその印象もだいぶ薄れている。


「眠れなくて、つい」

「それでまた野草を食べてたのか」

「……つい?」


 あはは、と小さく笑うリゼッタ。


「殿下も、眠れないからここへ?」


 少し間があった。

 

「……ああ」

「落ち着きますよね、ここ。空は広くて静かだし、それから草の匂いも。なんだが、王宮じゃないみたいです」

「そうかもな」


 言葉はそれ以上続かなかった。

 月明かりの下、二人並んで過ごす時間。けれど、不思議と気まずさもなかった。


「ありがとうございます、殿下」

「何が」

「エマのこと」

「別に、たいしたことはしていない」

「たいしたことですよ」


 いつもの勢いは控えめに、けれどリゼッタの顔には隠しきれない嬉しさが浮かんでいた。

 少しだけ静かな時間が流れたあと、リゼッタは夜空を見上げて小さく息をつく。満月の光が落ち着いた茶色の瞳に宿り、彼女の横顔をいつもより少しだけ大人びて見せていた。

 

「それから、殿下……私を毒見役にするために、わざと意地悪を言ったんですよね」


 ヴィルフォードから、わずかに息を止めた気配がした。

 

「三つ」


 リゼッタは月を見上げたまま指を折る。


「一つ目は、王宮の野草を無断で食べたこと。でも、あれから何度か摘んでいるの知っていますよね。実際、今も食べてましたし。それから二つ目は、西棟への立ち入り。今もこうして、勤務時間外に中庭に立ち寄っています」


 ちらりと視線を向ける。ヴィルフォードは何も言わず、目を細めていた。

 

「三つ目は、殿下への無礼な態度。私、相当失礼な態度を取ってきたと思うんです」

「自覚はあるのか」

「まあ、多少は」


 えへへ、といたずらに笑い、花びらを揺らすような柔らかい吐息をこぼす。下ろしたままの亜麻色の髪が、夜風にふわりとなびいた。


「でも……殿下、どれも本気では怒りませんでした。咎めもしませんでした」


 隣に立つヴィルフォードの銀髪も、月明かりを受けて淡く輝いていた。


「私のこと、最初から追い出すつもりなんてなかったんですよね。だから、ありがとうございます」


 返事はない。でも、それが否定の沈黙だとは思えなかった。

 二人の間を埋めるように、夜風がやさしく通り抜けた。


「どうしてここまで、私に気をかけてくれるんですか?」


 まっすぐに、茶色い瞳をヴィルフォードに向ける。驚いたように見開かれた彼の瞳が、純粋に問いかける少女の姿を映した。

 草の揺れる音が、いっそう大きく響く。世界に二人きりになったみたいに、時間の流れが少しだけ遅くなった気がした。

 ヴィルフォードが唇を開きかけて、閉ざす。それから観念したように、低く息を吐いた。


「……お前が気にさせるからだろ」

「私、が?」

「破天荒で図太い。無駄に丈夫だ。それから、妙なところで勘もいい」

「それ、褒めてます?」

「半分くらいは」


 珍しい。いつも「さあな」と煙に巻くのに、今夜は半分とはいえ認めた。「褒めてるんだが」と皮肉げに笑うこともない。

 少しだけ嬉しくなったリゼッタは、頬を緩めながらヴィルフォードの顔を覗き込むように距離を詰めた。


「それだけですか?」

「……図々しいな」

「そんなの最初から知ってるじゃないですか。現に、今さっき『図太い』って言ったばかりですし」


 けろりと言い返すリゼッタ。

 無垢な瞳に見つめれ、ヴィルフォードはぐっと息を詰めた。


「……お前だから」


 月明かりを弾いた紫の瞳が、今は逃げずにリゼッタだけを見つめていた。


「信用していない人間を、毒見役に置く阿呆がいると思うか?」

「いないと、思います」

「そういうことだ。……満足したか?」


 素っ気なく言って、ヴィルフォードがふいと視線を外す。

 リゼッタはしばらく彼の横顔を見つめた。月明かりの中、ヴィルフォードはいつも通りの無表情──のつもりなのだろうけれど、その耳の先だけはほんのりと赤かった。


「……はい。ありがとうございます」


 あの日、毒見役に任命されたときにも聞いた言葉。同じはずなのに──その言葉の意味が、あのときよりずっと色濃く、はっきりと胸に届いた。


 夜風が草を揺らしていく。その隙間から、かすかに夏の終わりの匂いがした。

 初めてこの中庭へ迷い込んだ夜には、想像もしなかった。借金がなくなることも、毒見役になることも。こうして──彼の隣に立っていることも。

 リゼッタは大きく息を吸って、夜空を見上げた。

 

 空に浮かぶ満ちた月の光が、並んだ二つの影をやさしく包み込むように降り注いでいる。

 草花の香りとともに、二人きりの夜を満たしていた。


 .。゜:*:✼.。


「異常は?」

「もちろん、ありません」


 リゼッタはシルバーを置いて、いつも通り毒見の結果を告げる。


「特にスープは牛骨の出汁がよく出ていて、美味しかったです!」

「……最近、感想が更に具体的になってきたな」

「それはもう。おかげさまで舌が鍛えられましたので」


 胸を張るリゼッタに、ヴィルフォードは呆れたように息を吐きながら椅子の背にもたれかかった。けれど彼の口元は、ほんのわずかに緩んでいる。

 リゼッタもつられるように少しだけ得意げに笑って、顔の前で丁寧に手を合わせた。


「ごちそうさまでした!」




最後までお読みいただきありがとうございました!


「悪くはなかった」「好きだな」「面白かった」などなど少しでも思っていただけたら、評価・ブクマしていただけると嬉しいです★

ぜひ、ポチッと応援よろしくお願いします★★★★★


またいつか、他の物語でお会いできたら幸いです。

ありがとうございました。


葉南子

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
主人公も殿下も愛らしいなぁ! ほのぼのと読めました。楽しかったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ