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炭鉱奴隷の俺が古代兵器「鉄騎」の力で成り上がる  作者: お湯0uy2
序章

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6/79

公表

しばらく、という言葉がどれくらいの長さを指すのか、

ハイドにはよく分からなかった。


炭鉱では、「しばらく待て」と言われたら、

それは数秒か、数分か、あるいは永遠だった。

待っている間に殴られることもあったし、

忘れられて放置されることもあった。


だが城では、

時間は鐘で区切られる。


朝は鐘で起き、

昼も鐘で知らされ、

夕方にはまた別の音が鳴る。


音は同じなのに、

意味が違う。


鐘で起き、

字を書き、

立ち方を直され、

食器を使い、

床に描かれた図で鉄騎を見る。


それを、何度か繰り返す。


何度、という数え方も、

ハイドには曖昧だった。


昨日と今日の区別はつく。

だが、三日前と五日前の違いは、

身体の疲れ方でしか判断できない。


「前よりは、できるようになっています」


そう言われるようになった。


だが、自分では何も変わった気がしない。


文字は、まだ読めない。

線をなぞれば形になるが、

それが何を意味するのかは、頭に入らない。


椅子に座ると、

時々、無意識に床を探す。

足の裏で、

冷たい石の感触を探してしまう。


食事の匂いを嗅ぐと、

考える前に、口が動きそうになる。

手を伸ばすより先に、

身体が前に出ようとする。


それでも、殴られない。

怒鳴られない。

怒号の代わりに、静かな声が飛んでくるだけだ。


「大丈夫です」

「ゆっくりで構いません」

「今は覚えなくていい」


その言葉が、

逆に、落ち着かなかった。


何かを失敗しても、

代償が来ない。


代わりに、

次の鐘が鳴る。


それだけで、日々は流れていった。


その日も、

朝の教育が終わり、

部屋に戻ろうとしていた時だった。


廊下の向こうが、

やけに騒がしかった。


普段は、

足音は少ない。

人は必要な時しか動かない。


だが今日は違う。


足音が多い。

しかも、重い。


革靴の音。

金属が擦れる音。

鎧が触れ合う、鈍い響き。


抑えきれないざわめきが、

石造りの廊下に反響している。


「……なんか、ある?」


ハイドが呟くと、

すぐ隣を歩くイーリスが答える。


「本日、王都全域に向けた公式発表があります」


「……こうしき?」


言葉の意味が、まだ曖昧だ。


「国としての決定事項です」


それだけで、

空気の重さが伝わってきた。


城の中庭に出ると、

すでに人が集められていた。


貴族。

騎士。

文官。


衣装の違いで、

役割が分かる。


遠巻きに、

城に勤める者たち。

調理係。

書記。

雑務を担う者。


誰もが、

落ち着かない顔をしている。


普段は静かな中庭が、

人の気配で満ちていた。


ハイドは、その端に立たされた。


前に出ろとは言われない。

だが、下がれとも言われない。


視線の置き場に困る。


自分は、

ここにいていいのか。

それとも、

見えない場所に行くべきなのか。


判断できないまま、

立っているしかなかった。


しばらくして、

高台に女王が現れる。


シャルロット女王。


赤い衣装。

装飾は控えめだが、

線が整っている。


背筋を伸ばし、

群衆を見下ろすその姿は、

炭鉱で見た監督官とは、

似ても似つかない。


監督官は、

力で上に立っていた。


女王は、

位置で上に立っている。


女王が手を上げると、

ざわめきが、

まるで布を被せたように引いた。


「皆に告げます」


声は、

遠くまで届く。


怒鳴ってはいない。

だが、逆らう余地がない。


「我が国は、新たな教育機関を設立します」


一瞬の沈黙。


誰もが、

続きを待っている。


「貴族の長子を集め、

 文字、計算、歴史、

 そして鉄騎の操縦を含む、

 体系的な教育を施す学園です」


言葉は、

選ばれていた。


曖昧さがない。


ハイドは、

内容よりも、

その断定の仕方に圧倒された。


これは、

相談ではない。

議論でもない。


決定だ。


「これより先、

 鉄騎は血筋や偶然で動かすものではありません」


その一言で、

空気が一段、重くなる。


何人かの貴族が、

無意識に姿勢を変えた。


「量産型鉄騎は、すでに我々の手にあります。

 特にサクス型は、

 マスタースレイブ式の制御を採用し、

 射撃時、腕部は自動制御されます」


専門的な話を、

女王は公の場で語る。


それ自体が、

意思表示だった。


「つまり、操縦者に求められるのは、

 力ではなく、判断です」


判断。


その言葉に、

はっきりとした緊張が走る。


「だからこそ、

 学びが必要です」


女王の視線が、

一瞬だけ、

ハイドの方へ流れた。


ほんの一瞬。

だが、確かに。


「生まれによって、

 学ぶ者と、学ばされない者を分ける時代は終わります」


ざわめきが、

不満の色を帯びる。


「これは、王命です」


その一言で、

反論は終わった。


ハイドは、

胸の奥が、

わずかにざわつくのを感じた。


自分のことを、

言われている気がした。


だが、分からない。


学園。

教育。

判断。


どれも、

まだ自分には遠い。


発表が終わると、

人々は小声で話しながら散っていく。


「貴族だけだぞ」

「長子限定だ」

「操縦訓練まで含めるのか……」


断片的な言葉が、

耳に残る。


自分は、

そこに含まれていない。


それだけは、

感覚的に分かった。


部屋へ戻る途中、

ハイドはイーリスに聞いた。


「……俺、関係ある?」


イーリスは、

わずかに間を置いた。


「直接的には、ありません」


「……そっか」


胸の中に、

何かが落ちる。


安堵なのか、

落胆なのか、

自分でも分からない。


「ですが」


イーリスは続けた。


「この学園は、

 あなたの存在を前提に設計されています」


ハイドは、

足を止めた。


「……俺、何もしてない」


「はい」


即答。


「あなたは、選ばれただけです」


その言い方が、

少しだけ重かった。


部屋に戻り、

ハイドは椅子に座る。


前より、

自然に。


外では、

国が動いている。


学園ができる。

人が集められる。

鉄騎を動かすために。


だが、ハイドはまだ、

字をなぞることしかできない。


「……遠いな」


ぽつりと呟く。


イーリスは、

何も返さなかった。


学園設立は公表された。


それは、

この国が、

元には戻らないという宣言だった。


ハイドはまだ知らない。


この場所が、

やがて彼自身を、

否応なく中心に据えることを。


その日の終わりは、静かに、しかし確実に訪れようとしていた。


学園設立の公表が終わり、

城内には微妙な緊張感と夕刻の光が大きな窓から差し込んでいた。


廊下を歩く人々の足音はいつもより静かで、誰もが言葉を選びながら、ある種の沈黙のルールに従っているようだった。


ハイドは自室にいた。

小さな木の机の前に腰を下ろし、紙と筆を手に、文字の練習を続けていた。

線はまだゆがんでいる。


まっすぐとは程遠く、何度も筆を置き、書き直すたびに手が震えた。

だが、最初に比べれば、確かに進歩していた。

文字の形が紙の上で、わずかに意味を持ち始めている。


「……これ、字なんだよな」


小さな独り言が口から漏れる。自分でも、あまり意味のない言葉だと思った。

しかし、その声は、自室の静けさの中で、確かに響いた。


「はい」


返事は即座だった。声の主は、イーリス。

今日もいつもの場所に、静かに立っている。

姿勢を崩さず、視線だけをこちらに向け、無言の圧を感じさせる。


彼女の存在は、もはや背後の空気の一部のようであり、しかし目の前にある現実の鋭さを示していた。


その瞬間、扉がノックされた。

軽く、だがためらいのない、確信を持った音。

ハイドの胸が一瞬、跳ねる。


「ハイド」


女王シャルロットの声だった。

いつも穏やかさや威厳の混ざった声とは違い、どこか鋭い響きがあった。


胸が、きゅっと縮む。

呼吸が、一瞬止まった気がした。


「……はい」


自然と返事が出る。無意識のうちに背筋が伸びる。

そして、扉が静かに開かれ、女王が一人で入ってきた。


護衛は、いない。

この城で、女王が単身で部屋に入ることは異例中の異例だった。

それだけで、ただ事ではないということが、ハイドには理解できた。


「急で悪いのだけれど」


女王は、淡々と、しかしはっきりと言った。


「今日中に、あなたの立場を決めます」


その言葉の重さに、ハイドは言葉を失った。


「……たちば?」


「ええ」


女王は、迷いなく続ける。


「あなたを、私の近衛騎士とするかどうか」


騎士。

剣を持つ者。

命じる側の人間。

炭鉱で、頭を下げるしかなかった自分とは、まったく逆の存在だ。


「……俺、無理だと思う」


正直な言葉が、口から漏れた。

剣の持ち方も知らない。礼儀もわからない。

文字すら、まだ完全には読めない。


そんな自分に、騎士になる資格などあるはずがなかった。


女王は、その返答を予想していたかのように、表情を変えなかった。

彼女の目は、冷静に、しかし確実にハイドを見据えていた。


「ええ。普通に考えれば、無理でしょう」


否定ではなく、ただ事実を述べるだけ。

だが、その言葉は、不思議と重く、胸にのしかかった。


「だからこそ、反対する者がいます」


女王は窓の外に視線を移す。

夕暮れの光が、彼女の横顔を淡く照らしていた。


「保守派の貴族たちです。

 彼らは、あなたが近衛騎士になることにも、学園に関わることにも、強く反対しています」


「……俺のせい?」


「いいえ」


即答された。言葉には迷いも、含みもない。


「彼らが守りたいのは、身分と既得権です」


女王は、淡々と告げる。

その声の中に、怒りや苛立ちはない。ただ、確かな事実としての説明があるだけだった。


「ですが、彼らの言い分も形式上は正しい。

 あなたは、身分も教育も、騎士に相応しくない」


胸が、きゅうっと痛む。

分かっていたことだ。

分かっていたことを、改めて口にされただけなのだ。


「……じゃあ、どうするの」


女王は、ここで初めて、わずかに笑った。

その笑みは、楽しげでも、優しげでもない。

どこか冷たく、鋭く、しかし計算された印象を伴っていた。


「決闘です」


その一言で、空気が変わった。

部屋の中の空気が、重く、そして鋭く、静かに波立つ。


「……けっとう?」


「ええ」


女王は、さらりと答える。

言葉の端々に、迷いはない。


「保守派の代表が一人、あなたの近衛騎士化に反対しています」


「その者と、あなたが決闘を行います」


ハイドの思考が、完全に停止した。


「……俺が?」


「はい」


「……剣とか、無理だって」


「安心なさい」


女王は、驚くほどあっさりと言った。


「剣ではありません。

 鉄騎同士の決闘です」


その瞬間、心臓が大きく鳴り、喉が乾いた。

炭鉱から逃げたあの日、量産型に追われたあの谷で捕まった時、感じた恐怖が、体の奥から蘇る。


「……勝てない」


「勝てばよいのです」


女王は、条件を告げた。


「あなたが勝てば、正式に私の近衛騎士となり、学園への入学資格を得ます」


「負ければ?」


「あなたは、城を去ることになります」


逃げ場は、存在しない。


「……今日?」


「今日です」


女王の目が、静かに、しかし鋭く、ハイドを射抜く。


「反対派が動き出す前に、既成事実を作ります」


ハイドは、思わず床を見つめる。

逃げたい気持ちはある。しかし、炭鉱に戻る選択肢も、もはや存在しない。


「……俺、操縦とか、分かんない」


女王は、ゆっくりと、しかしはっきりと言った。


「あなたは、すでに一度、鉄騎を動かしています」


「……勝手に動いた」


「それでも、生き延びたのです」


女王の目には、迷いはなく、ただ事実としての評価があるだけだった。


「それは、才能です」


才能――そんな言葉が、口に出されるのは初めてだった。

誰も、炭鉱で、教えてくれなかった言葉。


「……相手は?」


「量産型鉄騎の正規操縦者です。貴族の嫡男。訓練経験もあります」


完全に不利な条件。

ハイドの喉が渇き、手のひらに汗が滲む。


「……俺、やらされてる?」


「はい」


女王は嘘をつかない。


「ですが――」


一拍置いた。


「あなたが拒否するなら、私は別の方法を取ります」


その意味は、聞かなくても分かる。

もっと血なまぐさい、容赦のない方法だ。


ハイドは、深く息を吸った。

炭鉱では選択肢はなかった。ここでも、ない。

だが、違うのは――少なくとも、理由を説明されていることだ。


「……分かった」


小さな声。震えながらも、自分で選んだ意思のように出た言葉。


女王は、満足そうにうなずいた。


「では、今から準備に入ります」


立ち上がり、扉に向かう。

その前に、振り返った。


「ハイド」


「……なに?」


「あなたは、私の賭けです」


それだけ言って、女王は部屋を出た。

残されたのは、夕暮れの光だけが差し込む静かな空間。


ハイドはベッドに座り込んだ。手が、少し震えている。

どうしよう、どうしたらいいのか、わからない。

心臓の音だけが、部屋に響いていた。


「……どうしよう」


イーリスがすぐ横に立つ。

無表情で、しかし存在感は圧倒的だ。


「決闘に向け、必要な情報を提供しますか」


「……助けてくれる?」


イーリスは、一瞬だけ間を置いた。

そして、ゆっくりと答える。


「私は、あなたの道具です。

 あなたが望むなら、勝利の確率を最大化します」


ハイドは、窓の外を見る。

沈みかけた夕陽が、城の白い壁を赤く染めていた。


今日のうちに、自分の人生がまた変わる。

逃げ場はない。だが、今度は選ばれる側だ。


「……勝ちたい」


小さく、しかし強く、言葉を絞り出す。


イーリスは、静かにうなずいた。


「了解しました」


決闘は、今夜。

逃げる場所は、もうない。

ただ、鉄騎の上で、選択をするだけだ。

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