セッティング
短いので連続更新
決闘日。
夜明け前から、都は異様な緊張に包まれていた。
街路は封鎖され、人々は決闘場へと向かう導線だけを許される。露店すら出ていない。祝祭でも処刑でもない、だがその中間にある、国家の行く末を決めるためだけの一日。
決闘場は、王城正面広場をそのまま転用した特設区画だった。
石畳は補強され、地下には衝撃吸収層が埋め込まれている。巨大な鉄騎同士が全力でぶつかることを、最初から想定した造りだ。
東側。
桜色の鉄騎が、すでに立っていた。
装甲は薄く見えるが、線が美しい。
薄い板のような腹部に単純な構造の腕部、まるで“人の動き”を拡大しただけのような動き。
刀のような長柄武装を二対背負っている。
ヒノクニ皇帝機――
名は「陽光」。
西側。
デュークが歩み出る。
盾と槍を装備したその姿は、明らかに異質だった。
2機の鉄騎のシルエットを、無理やりに押し込めたような歪さ。
だが、その歪さこそが、王家がハイドに託した役割だった。
観客席――いや、立会人席には、各国の使節、貴族、将軍、そして女王シャルロットが座す。
彼女は微動だにせず、王家の鉄騎クラウンを背後に控えさせていた。
鐘が鳴る。
決闘の口上を述べるため、クニヒトの鉄騎が一歩前に出た。
装甲が開き、コクピットから、あの武士風の男が立ち上がる。
長い黒髪を後ろで束ね、簡素だが異国の威厳を感じさせる衣装。
その声は、決して大きくはない。だが、広場全体に、はっきりと届いた。
「我はヒノクニ皇帝、クニヒト」
一瞬の静寂。
「この度、サクス王国に対し、代表決闘を申し込む。
勝者は、敗者の国を統治、あるいは併合する権利を得る」
形式的な宣言。
だが、その裏にある意味を、ここにいる全員が理解していた。
「ヒノクニの代表は、我自身。
サクスの代表は――」
クニヒトの視線が、女王の座す席へと向く。
「女王が定めた者と聞く」
そこで、わずかに口角が上がった。
(……なるほど)
(国を賭けた戦いに、自ら出ぬとは)
(サクスの王も、ずいぶんと日和ったものだ)
彼は、女王の不在を「弱さ」と解釈した。
王家相伝の戦法を知ってなお、自分が出る価値すらないと判断された。
そう思うことで、己の闘志を研ぎ澄ませる。
(ならばよい。
その“代わり”ごと、叩き潰してやろう)
口上を終え、クニヒトは静かにコクピットへと戻る。
装甲が閉じ、桜色の鉄騎が低く唸った。
次は――サクス側。
デュークが、一歩前に出る。
ハイドは、コクピットの中で、深く息を吸った。
『心拍、やや上昇しています』
「分かってる」
『緊張は正常です』
「そう言ってくれると助かる」
外部スピーカーが起動する。
ハイドは、決闘用の定型文を、頭の中でなぞった。
――名を名乗れ。
――代表としての覚悟を示せ。
だが、いざその瞬間になると、喉がわずかに渇く。
(国を賭けた戦い、か)
(俺が?
よりにもよって、俺が?)
鉱山で泥にまみれていた日々。
処刑寸前まで追い込まれた、あの瞬間。
それが、どうしてここまで繋がっているのか、今でも理解しきれていない。
(怖くないわけがない)
視線の先には、桜色の鉄騎。
中には、皇帝本人。
(あいつは、迷いがない)
だが。
(だからって、俺が引く理由にもならない)
ハイドは、マイクをオンにした。
「サクス王国代表」
一拍、間を置く。
「鉄騎デューク操縦者、ハイド」
名乗った瞬間、場内がざわめいた。
貴族でも将軍でもない。
平民出身の名が、国家代表として響く。
「女王陛下の命により、ここに立つ」
声は、思ったよりも震えていなかった。
「この決闘、逃げも、取り消しもないと理解している」
盾を構え、槍を地面に突き立てる。
「勝てば、国は守られる。
負ければ、俺ごと持っていかれる」
少しだけ、笑った。
「それで十分だ」
内心では、まだ不安は消えない。
フレームが歪まされる王家戦法への対処。
皇帝機の近接殺し。
(……正直、分からないことだらけだ)
だが。
(分からないなりに、前に出るしかない)
『ハイド』
「ん?」
『代表として、十分な口上でした』
「ならいい」
鐘が、再び鳴る。
代表決闘。
国を賭けた戦い。
その幕が、静かに、だが確実に上がった。




