鉱山の牢獄
炭鉱の空気は鉛のように重く、
息をするだけで肺が焼けるような痛みを伴った。
汗と煤で顔も髪も真っ黒になり、喉は砂を飲み込むように乾いていく。
俺の手は無意識にピッケルを握り、今日も石炭の塊を掘り出しては運び、監督官の鞭が振り下ろされるたびに身をすくめた。
「遅い! もっと速く掘れ、奴隷!」
怒鳴る声が鉱山の壁に反響し、振動と恐怖が全身を震わせる。
俺はまだ十四にも満たない。
だがそんなことは関係なく、力仕事は容赦なく課せられ、手首や肩の関節は常に悲鳴をあげていた。
髪は伸び放題で、煤と汗で固まり、肩に張り付いている。
――いつも通りの一日。
そう思っていた。
だが。
ピッケルの先が、いつもと違う感触を弾いた。
カン、と乾いた音。
石じゃない。
もっと硬くて、冷たい何か。
「……?」
俺は手を止める。
恐る恐る岩を削ると、そこにあったのは――金属だった。
しかも、ただの鉄屑じゃない。
妙に滑らかで、形が整いすぎている。
俺は周囲を気にしながら、さらに掘り進めた。
やがて、煤と岩の奥から“それ”が姿を現す。
深緑色の、巨大な何か。
光をわずかに反射するその表面は、明らかに人工物だった。
「……何だ、これ……?」
声は小さく、誰にも届かない。
俺は夢中で掘り続けた。
そして――
全体の一部が露出した瞬間、手が止まった。
それは、人の形をしていた。
だが人間じゃない。
胸から上だけが岩盤から突き出したそれは、五メートル近い高さがあり、鎧のような外装に覆われている。
兜のように尖った顔。
肩は異様に広く、腕は途中までしか見えないが、それでも人間の何倍もあると分かる。
まるで――
「……巨人……?」
思わず呟いた。
生きているわけがない。
だが、ただの像とも違う。
そこに“いる”だけで、圧迫されるような存在感があった。
鉱山の奥なのに、やけに静かだった。
監督官の声も、他の奴隷の気配も、届かない。
俺と、この巨人だけが取り残されたみたいに。
喉が鳴る。
逃げるべきだと分かっているのに、目が離せなかった。
気づけば、手が動いていた。
煤と岩を払い、胸部のあたりを露出させる。
すると――
ギィ、と。
鈍い音が響いた。
巨人の胸が、ゆっくりと開いた。
「……っ!?」
思わず後ずさる。
だが、逃げられなかった。
中には、空間があった。
人が入れる、座るための場所。
計器のようなもの、レバーのようなものが並んでいる。
意味は分からない。
だが――
「……乗れ……」
そんな気がした。
誰かに言われたわけじゃない。
なのに、頭の奥に直接響くような感覚。
「……いや……」
逃げろ。
そう思った瞬間。
巨人の腕が、動いた。
ゆっくりと、だが確実に。
俺の体を掴み上げる。
「なっ――」
抵抗する間もなく、体が持ち上げられ、そのまま胸の中へ押し込まれた。
座席に固定される。
手足が勝手に位置に収まり、背中が支柱に沿う。
逃げられない。
怖い。
なのに――
少しだけ、高揚している自分がいた。
「……動くのか……?」
呟いた瞬間。
ゴォン、と低い音が腹に響いた。
巨人が“息をした”ような錯覚。
頭上の装置が動き、何かが装填される音。
反射的に、指を動かした。
次の瞬間――
閃光。
爆音。
鉱山の天井が弾けた。
「うわっ……!?」
数発で止まる。
静寂。
何が起きたか分からない。
だが、巨人は動いた。
一歩。
視界が持ち上がる。
岩壁が迫る。
足元が滑る。
「……くそっ、滑る……!」
巨体はぎこちなく、だが強引に動く。
壁を蹴る。
天井に頭をぶつける。
岩が砕け、道が開く。
視界が暗転し――
次の瞬間、光が差し込んだ。
「……外……だ……」
灰色の空。
岩山。
荒野。
初めて見る世界が、目に刺さる。
だが、巨人は止まらない。
足が滑り、そのまま斜面を転がり落ちる。
衝撃。
揺れ。
息が詰まる。
その先に――
待っていた。
同じような巨人が、五体。
弓を構えている。
何も分からない。
ただ、逃げるしかなかった。
「行け……走れ……!」
叫ぶ。
巨人は応じるように動く。
だが、逃げ切れなかった。
上から、巨大な網が落ちてくる。
絡め取られる。
動きが止まる。
次の瞬間。
外に引きずり出された。
地面に叩きつけられる。
鎖。
首に固定具。
処刑台に連れて行かれ頭を抑えつけられ
目の前で、斧が振り上げられる。
「あ……」
声が出ない。
体が動かない。
終わる。
そう思った瞬間。
「やめなさい」
静かで、しかし逆らえない声が響いた。
鎧の兵士たちが動きを止める。
人が現れる。
女――いや。
ただの女じゃない。
誰もが従う存在。
直感で分かった。
この人が、上だ。
女王だ。
女王は俺の前に立ち、斧を制した。
鎖が外される。
そして――
俺を抱き上げた。
「大丈夫。もう安全よ」
理解できない。
だが、体の震えが止まらなかった。
俺はただ、その胸にしがみつく。
視界の端で、巨人が崖を滑り落ちていくのが見えた。
あれが何なのかは分からない。
でも――
あれが、何かを変えたのは分かった。
鉱山の外。
初めての空。
冷たい風。
俺はもう、あの暗闇の中にはいない。
――それだけは、確かだった。




