舞踏会への誘い
それはケイトさんとお茶を楽しんでいた午後のことだった。
「ごめんください」
軽いノックと共に、扉越しに声が届いた。女性の声だ。お客さんかもしれないと席を立った私に、ケイトさんは「待って」と声をかけた。
「待って、エマ。最近、魔女のお客さんが多いんでしょう?慎重にいかなきゃだめよ」
確かにそのとおりだ。
私は黙って頷いて、ポールハンガーに掛けてあったローブを羽織ってからドアノブに手をかけた。ほどよく緊張が走る。
「お待たせしました。魔女の店にご用でしょうか」
扉の前に立っていたのは、私と同じ年頃の女の子だった。ゆるくウェーブのかかった夕焼け色の髪にシンプルなボンネット帽子を被り、伏せられた睫毛は艶やかに伸びている。私から声をかけると、彼女は上品な紫の瞳で真っ直ぐに私を見つめ、
「えぇ、そう。そこの看板を見て訪ねたの。困りごと、聞いていただけるんでしょう?」
そう言ってから、にこりと美しく笑った。
私はなんだか胸が騒ぐような、とにかく落ち着かないような不思議な感覚を覚えつつ、ワンテンポ遅れて彼女をテーブルへと案内した。
テーブルは慣れた手つきのケイトさんが片付けておいてくれたようだった。ついでに新しいお茶をお盆に乗せて運んできてくれたケイトさんにお礼を言って、私はさっそく新しいお客さんへと話を切り出した。
「まずは自己紹介をしましょう。私はエマ。この店の店主で、魔女です」
私の自己紹介に、彼女はあまり興味がないようだった。ゆったりとした動きでお茶の香りを楽しみ、カップに口をつけ、そして優雅にソーサーの上に戻す。一通りの動作を終え、束の間の時間が流れてからやっと、彼女は口を開いた。
「ご紹介ありがとう。私はロージーよ。魔女と聞いて少し身構えていたけれど、ずいぶんと可愛らしい魔女のようで安心したわ。私たち、良いお友達になれそうね」
お世辞だということは、そういうことに疎い私でも分かった。けれど彼女の意図までは汲み取れず、私はぎこちない笑みを浮かべながら「ありがとうございます」と答えるしかできなかった。
こういう上辺だけの会話は、苦手だ。言葉の裏とか、真意とか、そういうことを考えて、考えて、話し終えた頃にはくたくたに疲れている。心ではなく、頭を使ってする会話は、私には向いていない。
「……では、本題にしましょう。お困りごとについて教えていただいても?」
話を戻しても、彼女は表情ひとつ変えない。むしろ私の顔色が悪くなるばかりだ。
「そうね。でも、本題に入る前にひとつしたいことがあるの」
「したいこと?」
「えぇ。あなたは砂漠の女王の話を知っている?なんでも、王の知恵を確かめるために三つの謎かけをしたそうよ。私もそれに倣ってあなたの力量を確かめたいの。ね、いいかしら」
無邪気な笑顔に圧倒されて、私はおずおずと首を縦に振った。とにかく今は彼女の期待に応えられるかよりも、一刻も早くこの状況から抜け出してしまいたかった。
「じゃあ第一問。風に乗ってふわりと飛ぶが、ひとたび降り立つと厄介者。家の中で嫌われ、すぐに掃き出されるもの、何だ」
「……ほこりでしょうか」
「正解」
内心、ほっと息をつく。謎かけといってもどうやらそんなに難しいものではないようで、私は少し安心した。
「第二問。日差しの下でなく、影の中で伸び続ける。切り取っても、またすぐに現れる。育てば育つほど、皆に邪魔者扱いされるもの、何だ?」
「雑草ですね。切っても抜いてもすぐに現れます」
「これも正解」
この問題にも何か意図があるのだろうか。笑顔の下の真意を考えてみても、自分の経験不足を思い知らされるだけだ。結局、今の私にできることは目の前の問題を淡々と答えること。それだけだ。
「じゃあこれが最後の問題ね。──第三問。美しく咲く花に守られ、普段は隠れて過ごしている。けれど少しでも触れると鋭く突き刺さり、簡単には取り除けない小さな存在、何だ?」
花に守られて、普段は隠れている。触れると突き刺さり、取り除けない小さな存在……。
「……棘、でしょうか」
「すごいわ。あなたって優秀な魔女なのね」
機嫌良さそうにロージーさんは声を高くする。逆に私はどっと疲れたように体が重く感じられた。彼女が店を訪ねてからそんなに時間は経っていないというのに、もうずいぶん長い間話しているような気さえする。
「じゃあ約束どおり依頼の話をしましょう。……あなたも知ってのとおり、来週から収穫祭があるでしょう?最終日の夜には城を解放して舞踏会が開かれるわ。私、その舞踏会に参加しなくちゃいけないのだけど、その……」
「どうかしましたか?」
「私、あまり友人がいないの。でもせっかくの舞踏会に、知り合いがいないというのも心細いでしょう?だから、その、あなたに友人のふりをしてほしくて……」
伏せられた瞼がいじらしい。こういう女性に、男の人はくらくらっとやられてしまうのかもしれない。駆り立てられた庇護欲に従って、私はつい何も考えずに頷いてしまった。近くで待機していたケイトさんに、「エマ!」と名前を呼ばれてハッとしたけれど、もう遅い。ロージーさんは、それはもう盛大な笑顔を見せて、
「ありがとう!あなたって優しい魔女なのね!」
と両手を握られてしまい、もう後には引けなくなっていた。
「い、いえ……大したことでは、」
なんて返事をしつつ、私は簡単に依頼を受けてしまったことをものすごく後悔していた。ケイトさんですら、こめかみを抑えながら深く深くため息をついている。
収穫祭の最終日に城で舞踏会が開かれるのは知っていた。その日に限っては一般にも城が開放され、身分に関係なく舞踏会に参加することができるのだ。嬉しいことに、その参加権は魔女にも等しく与えられている。……表向きは。
だからといって、魔女が歓迎されているわけではない。浮かれてお祭りに参加すれば、当然、人々の注目を集めることになるだろう。そういうわけで、魔女が舞踏会に参加したなんて話は、生まれてから一度も聞いたことがなかった。
「……やっぱり駄目かしら」
眉を下げてそう尋ねられてしまうと、今さら「無理です」なんて言えるはずがない。私は静かに首を左右に振った。
「いいえ。少し工夫すれば大した問題ではありません。ご依頼は引き受けますよ」
私がそう言うと、ロージーさんは花のように微笑んだ。それから、
「ではパートーナーを探さなくてはね。いい人はいるかしら?」
と言った。
瞬間、私は石のように固まった。……パートナー。すっかり忘れていた。




