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ムーンライト

 親愛なるレイチェル様


 ご依頼いただいた件に関して、つきの町で進展がありました。

 この町でクロエさんに関する手がかりを得ましたが、私一人では判断しきれない部分があります。やはり、レイチェルさんご自身にご確認いただくのが最善かと思います。


 私はあと一週間ほどこの町に滞在する予定です。レイチェルさんお越しを心よりお待ちしております。


 エマより





 3日目の朝。私の手紙を託した馬車は、涼やかな風とも共に城の方向へと消えていった。どんどん小さくなっていく馬車を、私は祈るような気持ちで見つめていた。

 ──どうか、これからのことがすべて上手くいきますように。

 誰も傷つかず、誰も悲しまず。不器用な弟子と、不器用な魔女に、どうか優しい祝福が訪れますように。そう願わずにはいられなかった。


 そして次の日の夕方、待ち人が宿を訪ねてきた。こんなに早い到着に私は驚いたけれど、彼女の後ろで手を振る人影を見つけて私は呆れつつ、安堵した。


「待っているんじゃなかったんですか、ノア」

「早く帰っておいでとは言ったけど、大人しく待ってるなんて一言も言ってないよ」


 まるで子供のような言い訳をする。

 再び口を開くと、私が言葉を発する前にレイチェルさんが言葉をかぶせた。


「怒らないであげて。彼は私に手紙を届けてくれたのよ。それで箒を用意する私を、彼が止めたの」

「箒?」

「そう。だって箒で飛んだ方が早いじゃない。だけどそこの彼が、『箒は目立ちますよ』って。それで馬車を用意してくれたの。だから彼を叱らないで」

「……なるほど」


 さすがノア。そんな状況でよく冷静に彼女を止められたものだ。

 そんなふうに思っていると、にっこりと微笑むノアと目が合った。大変な役目を任せてしまったようで本当に申し訳ない。


「──それで、依頼に進展があったのよね。その手がかりっていうのはどこにあるのかしら?」


 落ち着いた様子で、レイチェルさんは話の軌道を修正する。……いや、“落ち着いた“というのは語弊があった。胸の前で腕を組み、人差し指をしきりトントンと動かしている。視線はチラチラと周りを気にしていて、余裕そうに見せているだけで内心……というより、本人も気づかないだけで落ち着かないのだろう。

 私はちらりと外を見た。夕暮れが迫り、空は深い橙色から紫色へとゆっくりと移ろいでいる。家々の影が長く伸び、空気は昼間よりもずっと涼しい。とはいえ、まだだ。まだ早い。私は静かに首を左右に振った。


「今はまだお見せできません」

「今は?」

「はい。……そうですね。長旅でお疲れでしょうし、お茶でも飲みながら少し待ちませんか?大丈夫。そう時間はかかりません」


 そして私は二人を部屋の中へと招いた。それから私は、部屋へ戻る途中で店主から借りたティーセットとお湯を使ってお茶を淹れていく。


 茶葉には今朝、市場で買ってきたものを選んだ。乾燥した赤い実をポットの中に入れて、お湯を注いでいく。この茶葉を蒸らしている時間が、私はとても好きだ。窓の外から聞こえる見知らぬ誰かの足音や、声に耳を傾ける。一生関わることのない誰の人生に、ほんの少し、ほんの指先ほど、触れたような気がする。


 しばらくして、カップへと注いでいく。ほのかに酸味のある香りが鼻先をくすぐり、カップには鮮やかな赤がゆらゆらと揺れていた。私は二人にカップを渡し、


「どうぞ」


 と言った。

 受け取った二人はそれぞれ感謝を口にして、ゆっくりとカップに口をつける。


「……うん、甘酸っぱくて美味しいね」


 先に口を開いたのはノアだった。彼のやわらかな表情と言葉に安堵していると、今度はレイチェルがほっとした表情で、「えぇ。好きな味だわ」と答えてくれた。


「これはバラの果実を使って淹れたお茶です」

「バラの……?」

「はい。この町では、バラが咲いたあとにできた実を収穫して、乾燥させて保存するそうです。それを使って淹れるお茶はおいしいと市場の人に聞いたので、今朝、買ってきました」


 私の言葉に、二人は「へぇ」といった顔で手元のカップを覗き込む。本当はミルクを入れたり、砂糖を入れたりしてもおいしいと聞いたのだけど、それはまた家に帰ってからのお楽しみにとっておこう。


「…‥お二人は、この町のバラの品種についてはご存知ですか?」

「確か、『ムーンライトローズ』と言っていたね。残念ながら詳しいことは知らないなぁ」

「私も知らないわ。花にはあまり興味がないから」


 私は二人の返事を確認してから、再び外の様子を窓から覗く。しばらくの間に外はすっかり夕方から夜へと姿を変えていた。


「ちょうどいい時間です。そのバラの秘密は、外に行けばわかるでしょう」


 私はそう言ってそっと微笑んだ。





 夜。

 私たちは宿の扉を開けて外へ出た。扉を開けた途端、ひんやりとした風が頬を撫で、家々の窓からはやわらかな明かりが漏れていた。空を見上げると、お月様がまるく、まぁるく、輝いている。いい夜だ、と私は思った。


「少し歩きましょう。街の外れまで」


 そう言って、私たちは夜の町を歩きだした。

 家やお店といった建物がまばらになっていくほどに、あらゆる音が小さく、静かになっていく。土や緑の匂いが近づいてくるのを感じる。

 そして石畳がなくなる少し手前、農家と、そして溢れるばかりのバラが見え始めるころ、ノアがぽつりと呟いた。


「光ってる……」


 そう。光っている。

 空に浮かぶ星のように、地面が淡い輝きに満ちているのだ。風が吹くと光は揺れ、甘い香りがふわりと漂う。地面に落ちている一欠片を見つけて、レイチェルさんがそれを拾った。


「バラの花びらだわ」


 私は頷いた。彼女の言うとおり、この幻想的な光景を作り出しているのはすべてバラの花たちだ。


「夜になると淡く光る姿が月と似ているでしょう?だから“ムーンライトローズ“。……そしてクロエさんの手がかりは、この月の輝きが導いてくれますよ」

 

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