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親愛なるあなたへ

 親愛なる師匠、レイチェル様。


 お久しぶりです。お元気でお過ごしでしょうか。

 最近はあたたかい日も続き、窓から見える景色も随分と青々としてきました。私はこの季節が一番好きです。すべてのものが生き生きとして、たくさんの生命に溢れている、そんな季節です。

 師匠は覚えているでしょうか。私とあなたが出会ったのも、こんな気持ちのいい季節でした。


 師匠はまだあの日のことを怒っていることでしょう。私が何も言わずにあの家を出て行った日のことです。あの頃の私は、まだ未熟なただの娘でした。言いたいことを山のように抱えながらも、それを正しく、感情に流されることなく伝える術を知らなかったのです。そして、何よりも傷つくことを恐れていました。あなたを傷つけること。そして、誰よりも私が傷つくことを。


 最近は師匠のことをよく思い出します。

 たとえ、結果としてあの日の別れが変わらないものだったとしても、もっと美しい別れにすることができたのではないか。もしかすると、何かの形で関係を保つことができたのではないか。


 なんてね。言ってみただけです。


 さようなら、師匠。あなたは私にとって、最高で最愛の師匠でした。

 あの日からずっと言いたかった言葉を、やっとあなたに贈ります。遅くなってごめんなさい。


 もし師匠が、こんな不甲斐ない弟子を許してくれるなら、そしてもう一度、あなたに会えたなら、その時はどうか、私をまたあなたの弟子にしてください。


 あなたの弟子、クロエより。親愛を込めて。





「それで、このクロエさんという方に会いたいと」


 丁寧な文字で書かれた手紙を一通り読み終えて、私は目の前に腰掛けている依頼人──魔女のレイチェルさんに目を向けた。彼女はさらりと流れる美しい黒髪を耳にかけ、表情を変えないまま小さく頷いた。


「そう。逃げ出した馬鹿弟子に、今度こそ破門だと伝えなくてはいけないから」


 どうやらこの手紙の差出人は、彼女のことをよく分かっているらしい。


『まだあの日のことを怒っているでしょう』


 この逃げ出したというクロエさんが、一体どんな理由で逃げ出したのかは分からないけれど、彼女がまだ納得がいっていないことは間違いないようだ。


「私が聞くのも何ですが、どうしてうちに依頼を?あなたも魔女なら、自分で探すこともできそうですが」


 私は疑問を口にした。

 レイチェルさんは見た目こそ少女のように可憐だけれど、弟子の存在や、何より達観した佇まいから、彼女が豊富な経験や知識を持った()()()()()であることは明白だった。

 それなのに、私のような小娘にわざわざ依頼する理由が思い浮かばなかったのだ。

 

「私、自分を呪ったの」

「自分を?……えっと、心臓を取ったり、とかですか」

「?ちがうわ。弟子……クロエを探さないって呪い。だから自分の力では、あの子を探せないの」


 なるほど。と思ったと同時に疑問が浮かぶ。当然、『どうしてそんなことを』と思ったけれど、それを口にしていいものか悩んでいると、それを察したのかレイチェルさんが口を開いた。


「この店の前には猫がいたわね。あれは、あなたが飼っているの?」

「あぁ。あれは気がついたら居着いてしまって、飼っているわけではありませんね」

「そう。じゃあその猫がふらりとどこかへ消えてしまったら、あなたはその猫を探す?」


 一見、何の脈絡もないような質問に首を傾げつつ、それでもレイチェルさんなりの考えがあるように思えて私は頭を動かした。

 今まで毎日のように顔を合わせていた猫が、ある日突然いなくなったら……。淋しさは、あると思う。愛着だって、それなりにある。だけど悲しむほどのことでもない。名前をつけて可愛がっていたわけはないし、せいぜい気まぐれでご飯をあげているくらいだ。一週間もあれば、その猫によって空いた小さな穴は簡単に埋めてしまえるだろう。


「探さないような気がします。生き方を縛るような関係ではないので」

「そう。私も同じよ。あの子と私は弟子と師匠という立場こそあれ、所詮はただの他人。どこへ行こうと、誰といようとあの子の勝手。………でも、どうしても気持ちが揺らぐ日というのはあるでしょう?自由にすればいいと思いながら、傍にいないことがたまらなく悲しくて、淋しくて、腹立たしい日が。だから自分を呪ったの。馬鹿な真似をしないように」


 なんで不器用な魔女なんだろう、と、ひっそりと思った。

 破門だなんて言った唇で、今度は彼女の自由の妨げになりたくないと言う。きっとクロエさんは誰よりも、レイチェルさんの不器用な愛に気づいているのだろう。そうでないなら、こんなに愛のこもった手紙を書けるはずがないのだから。


「わかりました。ご依頼、お受けします」

「ありがとう。……ところで、あなたは占いが得意なの?人を探すなら占いができないといけないでしょう?」


 レイチェルさんの当然の疑問に私は内心どきっとする。

 魔女に対する人々の目がゆるやかなものになるにつれて、依頼は少しずつ増えてきている。依頼の内容はどんどん幅広いものになり、このままではいけないと思った私は、今まで避けていた呪いや占いの分野にも取り組むことにした。そう、したのだ。

 ……センスというものが本当に、これっぽっちもなかった。

 山ほどの本を読んで、おばあさんの教えを思い出して、とにかく実践をして、それだけの試行錯誤をしてもほんの少しの成長もみられなかったのだ。


「……占いは得意ではありません。で、ですが、私にはおばあさんから受け継いだ知識があります。大丈夫。クロエさんは必ず探し出してみせます」


 自信があるわけではなかった。だけど私以上に心細く思っているであろうレイチェルさんを、これ以上、不安にするわけにはいかなかった。

 レイチェルさんはにこりともせずに、


「えぇ。お願い」


 とだけ答えたが、ほんの少し、ほんの微かな変化ではあったものの、表情が柔らかくなったように感じた。


「…‥それじゃあ、今日はもう帰るわ。住所のメモを残しておくから、何かあれば連絡をちょうだい」


 そう言って彼女は指をくるんと回した。するとどこからともなくペンと紙がポンと現れて、レイチェルさんはそこへサラサラと住所を記していく。

 ……魔法だ。

 それも、鞄から取り出すような気軽さで魔法を扱っている。ともすれば、おそらく彼女が扱っているのは、ハンナさんのように何かに限定された魔法ではない。あえて言うのであれば、これは“完璧な魔法“だった。


「じゃああとは任せたわね」

「え?……あっ、はい。承りました」


 私が返事したのを確認してから、レイチェルさんは店の扉を開いた。そしてそのまま帰っていくのかと思えば、彼女はふと視線を足元に落としてから、そのまま扉の脇の方でしゃがみ込んでしまった。


「レイチェルさん?」


 声をかけたけれど、彼女の視線は下を向いたままだった。不思議に思って彼女の視線を辿ると、そこには先ほど話題に上がっていた猫の姿があった。レイチェルさんに顎の下を撫でられながら、気持ちよさそうにゴロゴロと鳴いては、目を細めて大変ご満悦そうだ。


「猫がお好きなんですか?」


 尋ねると、彼女は微かに口の端をあげながら、


「いいえ。好きでも嫌いでもないわ」


 と答えた。それからゆっくりと立ち上がって、彼女は今度こそ店を後にした。やっぱり彼女の愛は分かりにくい、と、小さくなっていく背中を見送りながらぼんやりと思った。

思うように書けなくなったので、話を少し修正しました。それに伴って53話から55話を削除しています。ややこしくなってしまい、すみません。

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