深まる謎
考えてみればおかしなことだった。
広場は相変わらず賑やかで、広場の近くで暮らす本屋のおじいさんも、ソフィアさんも、ウィリアムさんもいたって元気な様子だった。それはとても喜ばしいことだ。知っている人が病に臥せるというのは、心臓が痛いほどに苦しくなるから。だけどそれで話をおしまいにしてしまうのは未熟な魔女がすることだ。
「エマ、頼まれていた資料を持って来たよ。君の知りたがっていることが分かればいいんだけど」
昨日に引き続いてやって来たノアは、両手で抱えていた資料をどかっと机の上に置いた。罹患者の年齢層やら、重症者、軽症者の人数、与えている薬やその分量まで細かく書かれた資料の山を掻き分けて、私は欲しかったデータが書かれた資料を見つけた。
「それは……感染者の人数を地域ごとに分けたものだね」
ノアが私の手元を覗き込む。
彼が言った通り、この資料には感染者を地域ごとに分類したものが書かれている。たとえば王都から随分と離れた国境近くの『ひつじの町』では、軽症者、重症者あわせておよそ1万2000人もの人々が感染している。
「ノア、頼んでいた地域ごとの人口統計表とこの国の地図は持って来てくれましたか?」
「もちろん用意したけど、何をしようとしてるんだい?」
「大したことではありませんが、ちょっと待っていてくださいね」
そう言ってから私は紙とペンを用意した。
まずは人口と感染者数をもとに、その地域の感染状況を確認していく。『ひつじの町』をもとに考えるなら、人口は約3万人。そのうち感染者数が1万2000人なので、約4割の人が感染していることになる。それを確認したら次は地図を広げて赤色で印をつける。
それを順番に繰り返していって、4割なら赤色に。3割なら黄色に。2割なら青色に。そして1割なら緑色に……といったように地図に印をつけていく。
「そんな計算、どこで覚えたの?」
「おばあさんが教えてくれました。私は魔女なので学校に行けば浮いてしまうし、そもそも学校に通えるほど豊かな家でもありませんでしたが、幸いなことにおばあさんには知識がありました。おかげで読み書きや簡単な計算くらいならできます」
そう言うと、ノアはちょっと感心したように「ふぅん」と答えた。それからしばらくしてやっと完成した地図を二人で覗き込む。
「あれ?これは変だね」
ノアの言葉に私は頷きはしたものの、予想していた分、彼よりは驚きは少なかったと思う。
地図の上に付けられた印は、見事なまでにきれいに分かれていた。王都や王都に近い地域、王都から離れた国境近くの地域、そしてその中間の地域に分けた時、王都に近いほど感染者の割合は低く、遠いほど感染者数の割合は高くなっていた。
「ふつう、人の往来が多いほど感染者も多いはずですよね?それなのに王都は変わらず賑やかで、王都から離れた地域ばかり感染者が増えているのは気になります」
「言われてみれば、今朝通った広場も、近くの市場も変わりないようだった。多少、人は減っているだろうけど気になるほどではなかったなぁ。……なるほど。君の違和感の正体はこれだね」
私は頷いた。
そう、これが私の中で引っ掛かっていたものだった。けれど違和感の正体が分かったからといって、何かが解決したわけではない。むしろ疑問が出てきただけともいえる。
「たとえば感染症ではなく、公害だと考えるのはどうでしよう」
「公害?」
ノアが首を傾げる。私は頷いてから言葉を続けた。
「最近、隣国では工業が盛んになってきていると聞きました。けれどそれが原因で、空気が汚れて体調を崩す人も出ているとか。その汚れた空気が風に流されて、国境付近の地域に感染者の偏りができてしまっているのではないでしょうか」
当てずっぽうの推理の割にはいい線を言っているのではないかと思ったけれど、ノアは難しい顔をしながらテーブルに広げられた地図を指差した。
「工業が盛んな国はここ。そしてこの国に1番近い街は『ひつじの町』だ。だけどこの二つの地域の間には深い森があるだろう?風に乗ってこの国に運ばれてきたとしても森に遮られるだろうし、風の勢いが落ちてるからここまで爆発的に感染者は増えないんじゃないかな?」
今度は私が難しい顔をする番だった。
ノアの言葉は正しいように思える。それによく考えてみれば、ここまでの公害なら人より先に森に異変が起こっていてもおかしくはないだろうし、他の地域に関しても山や川に阻まれている町がほとんどのようだった。
加えて、この国の貧富の差はそこまで大きくはない。もちろん、貴族の暮らしの豊かさと平民の暮らしは比べるまでもないけれど、だからといって平民は苦しい思いをしているというわけではない。なので田舎町ほど栄養が不足し、感染者が増えたということでもなさそうだった。
「では人から人への感染とみましょう。だとするなら、やっぱりこの地域差には何かの意味があるんだと思います。それが何かは……まだ、わかりませんが……」
言葉尻に向けて声が萎んでいく。結局私たちはその『何か』を見つけることができないまま、もやもやした疑問だけを胸に残して解散することになった。




