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過去を辿って

 たとえ蝋燭の灯りのようなか細い光だとしても、希望というのはどんな状況でも用意されているものらしい。

 王様が早々に派遣した医師たちによると、『鎮まり草』が患者に対して効果があると分かったのだそうだ。そのおかげで症状の進行は緩やかなものになり、僅かではあるものの時間の猶予が生まれた。

 けれどこれはあくまでも仮の措置でしかなかった。進行は緩やかになるものの、症状の改善の効果は少なく、完治の見込みはほとんどない。死者が出るのも時間の問題だった。


「従来の風邪薬には、鎮まり草を使ったものが多いらしいね。それだけでは問題は解決しないが、今はその風邪薬に頼るほかないね」


 形だけはいつもの余裕さを保とうとするものの、ノアの表情からは行き場のない焦りや、悔しさが滲み出ていた。


「そうですね、と言いたいところですが……」

「何か問題があるんだね」

「はい。今年は例年の冬より薬草を多く使っています。なので冬になる前に採って保存しておいた薬草のストックがほとんど残っていません」


 その言葉を聞いて、ノアは細い指先を顎に添えた。そしてしばらく思案してから、顔を持ち上げる。


「では山に人を派遣しよう。うちの騎士団なら冬の山でも動けるはずだ」


 ノアの提案に私は静かに首を横に振った。


「鎮まり草は一年中採ることができますが、冬になると数が激減します。行っても無駄、ということはありませんが、必要な数には足りないでしょう」


 ふたりの間に短い沈黙が流れる。

 たとえ山に登る意味がほとんどないとしても、全くの無駄ではないのなら冬の山に入る価値はある。希望がそれしか残されていないというなら、尚更のことだ。

 けれど本当にそれでいいのかという迷いが、私の中で揺れていた。

 ──本業を疎かにさせてまで、今、騎士団を動かすことが正しいのだろうか?

 ──根本的な解決になっていないと分かっていながら、このまま進んでいいのだろうか?

 大事なことを決断するとき、意気地のない私はいつも二の足を踏む。考えれば考えるほど身動きがとれなくなると知っていながらも、考えることをやめられない。


「……僕が魔法使いだったらよかったのに」


 独り言のようにノアが呟いた。


「魔法使い?」

「そう。そしたら四百年前の魔女のように、魔法で民を癒すことができたかもしれないと思ってね。まぁ、ただの冗談だよ」


 乾いたように笑うノアを見つめながら、私はまた考えた。

 そう。私たちに魔法はつかえない。彼は魔法使いではないし、今を生きる魔女に魔法は扱えない。


 …‥本当に?


「……そうです、ノア。魔法ですよ。魔法があれば何とかなるかもしれません」

「え?うん。だけど僕たちに魔法は……」

「はい。私たちに魔法は使えません。ですが魔法が使える魔女ならいます」





「わかった。なるべく沢山の鎮まり草が必要なのね」


 次の日、私たちは店にハンナさんを呼んだ。彼女の魔法であれば、草木を枯らす冬の厳しさなんて関係ないがないと気付いたからだ。


「はい。申し訳ないのですが、力を貸していただけると助かります」

「私からも頼む。もちろん報酬は出すし、可能な限りで構わない」


 私たちの言葉に、ハンナさんは大きく両手と首を振った。


「う、ううん。寧ろ頼ってくれて嬉しかった。……私はこの魔法を気に入っているけど、誰かの役に立つようなものじゃないって分かってるの。あっ、卑屈になってるわけじゃないんだけど」


 決して明るい言葉ではなかった。けれどハンナさんの言う通り、卑屈になっているというわけでもないようだった。淡々と事実を話しているだけのような、けれど初めて会った日のような陰のようなものは、今の彼女からは感じられない。まるで曇り空から覗くお日様のように、ただ真っ直ぐに、ひたむきに、彼女は言葉を繋げていった。


「たとえばケーキがなくたって人は生きていけるけれど、ケーキのない人生って何だか物足りないでしょう?それと同じように、私が作り出す花や草木が誰かの心に残ってくれたらいいなって思ったの。そういう魔女に、私はなりたいなって。……その気持ちは嘘じゃないよ。でもね、やっぱり『あなたの力が必要』だって言ってもらえたら、泣いてしまいそうなくらい嬉しかった。だから私の力を存分に使って。それで、沢山の人を救ってあげて」


 ハンナさんの睫毛の先についていた透明な雫が、瞬きとともに弾ける。彼女の言葉は、私たちを励ますように穏やかで、優しくて、力強かった。


「でも、場所はどうしよう。ある程度広くて、できるだけ暖かい場所があるといいんだけど」


 困った表情のハンナさんに、私は「大丈夫です」と声をかけた。


「ハンナさんを店に呼んだのは場所についてお話しするためです。ちょうどいい場所があるのですが、着いてきてもらえますか?」





「わぁ……すごい。これはエマの魔法なの?」


 ハンナさんを案内したのは、四百年前、リリーという名前の魔女が弟子の魔女──つまりはおばあさんに贈った秘密の部屋だ。深い緑、若い緑、そして色とりどりの花々に囲まれたこの部屋は、植物にとって楽園のような場所だった。


「いいえ。私の師匠の、そのまた師匠が魔法で作った部屋です。この場所なら季節も気温も関係ありません」

「うん、そうだね。広さは十分すぎるくらいあるし、一角だけ使わせてもらう」


 私は頷いた。

 この部屋に手を加えることを、きっとおばあさんも、そしてリリーさんも許してくれる。そう思った。


「でもこの病がいつまで続くか分からないし、ハンナひとりでは荷が重いんじゃないかな」

「そうですね。では、鎮まり草の管理はハンナさんと、それからケイトさんに頼んでみましょう」

「……ケイト?」


 私の提案に、ハンナさんは不安げに瞳を揺らした。そういえば、彼女は兄であるディランさん以外との関わりは薄い。不安になるのも当然だった。


「ケイトさんは、いま店のお手伝いをしてもらっている魔女です。優しい子なので心配する必要はありませんが、もちろんお互いの意思を尊重します。まずは会って、それから決めていきましょう」


 ハンナさんは頷いた。

 私はぐっと両腕を伸ばして、深く深く息吸った。まだ何も果たせてはいない。進んでいるのかも、後退しているのかもよく分からない。それでもゆっくり、丁寧に、誠実に。おかげさまで、そういうのは随分と得意になった。

 あとは、……そう、笑顔だ。こういうときにこそ笑ってみせるのが、一人前の魔女というものだ。

 そんなことを考えていたら、一瞬、記憶にない誰かが瞼の裏に映り込んだ。揺れる金髪と、深い緑の瞳。笑顔によく似合う、見たこともない誰か。私はその記憶を辿ろうとして、結局やめてしまった。


「国が落ち着いたらさ、またお茶をしよう。あの窓辺の席で。二人でくだらない話をしよう」


 ノアの言葉に、私はゆっくりと、力強く頷いた。

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