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FILE No.075 朧の席

 洛耀第ラクヨウテイの外では、今尚、人の騒めきが絶え間なく渦巻いていた。


 だが、巨大な門が閉じられ、その全てが断ち切られると、門の中は耳が痛むほどの静けさで包まれていた。


 広大な庭には、深く刈り揃えられた芝がどこまでも広がり、その緑を裂くように、幾筋もの緋毛氈ヒモウセンが細長く伸び、参列者達を奥へ奥へと導いていく。


 緋の道は庭の各所に設けられた茶席へ至ると、今度は人々が座す広い空間となって四角く広がっていた。


 芝の海に点在するその赤には、天下の序列をそのまま写し取ったかの如く、人々が一点の乱れもなく座していった。


 最奥には洛耀第の本殿を背に、一際静かな区画が設えられ、几帳と御簾ミスに囲われたその一角だけが、明らかに周囲との空気の密度が違っていた。


 御簾の向こうには、後照玄天帝の存在が有り有りと感じられ、その姿は見えずとも、参列者は誰もが"見られている“という感覚に縛り付けられた。


 帝族•公家衆は御簾の直近、最も格高い座へと沈み、そこから幾重もの層を成して諸大名の列が続いていく。


 だが、その厳格な序列を断ち切るかのように、御簾の直近に座を占めている人物が、太閤•照羽テルワ徳臣トクオミである。


 庭園は、その存在を境に“内”と“外”へと分かたれていた。


「……では、始めるとしよう。」


 徳臣の言葉に応じるように、奥から人の気配だけが静かに動いてくる。


 揃いの所作で進み出た小姓達。彼等は緋毛氈の導線を滑るように歩み、各々の茶席へと至る。


 茶入、茶碗、水指、光を弾く名物が寸分の狂いなく据えられていくと、やがて釜からは一筋の湯気が立ち上っていった。


 点てられた茶は、緋の道を経て、幾重もの層へ順に運ばれていく。


 そこに感情の入り込む余地はなく、ただ手順だけが静かに進行していった。


 同時に、茶器を包む仕覆シフクと変わらぬ布に包まれた"包み"も、同じ歩法で運ばれてくる。


 一つ、また一つと……。


 それらは、名物と同じ敬意のもと、静かに漆塗りの飾り台へ並べられていく。


 その所作に疑問を差し挟む者など、誰一人としているはずもない。


 ただ一人、御簾の最も近くに座す徳臣の正室•澄政所スミノマンドコロ(郁々イイ)以外は……。


 彼女は、その不自然な輪郭に説明のつかない嫌悪感を覚え、小姓が恭しく台へ据える際も、それが到底、焼き物とは思えぬ重さを感じ取っていたのだ。


 不意に香の煙に混じり、どこからか湿り気を帯びた生温かい風が吹き抜けた。


 郁々がふと、一段下の座へ視線を落とすと、公家衆の先頭に座す側室•紗々シャシャの口元には、艶やかな笑みが浮かび、徳臣の目にも、その笑みと同じモノが滲んでいた。


「グフフ……。さて、"名物"は揃ったようじゃのう。」


 湯の音が微かに響く、完璧に整えられた茶会。


 徳臣は傍らの小姓に向かい、僅かに顎を動かすと、飾り台の前に控えていた小姓達は、一斉に包みに手を掛けた。


 さらり、さらり、さらり……。


 絹が解かれる音が、やけに遠くに響き、その瞬間、風が止む。


 青々と刈り込まれた芝の照り返しの中、そこに現れたモノは、茶器でも名物でもない、未だ生々しく苦悶の表情を張り付かせた六つの首級であった。


「こ、これは……。」


 郁々の息を呑む音も、緋毛氈に吸われていく。


 漆の台に据えられた顔に、彼女は全て見覚えがあった。


 茶人•ソウノ静庵セイアン

 豪商•堺屋サカイヤ言澄コトズミ

 数寄者•朽木クワキ曲直マガナオ

 遁世者•霧島道隠ドウイン

 大盗賊•久世クゼ無左衛門。

 信仰婦•透川トオカワ於雪オユキ


 青々とした芝の上に滲む生臭い艶は、茶会という虚構が、既に破綻している事を否応なく刻みつけていた。


 徳臣の言う名物とは、彼に牙を剥いた者、或いは彼が不要と断じた『天下の異物』の成れの果てでしかなかった。


 参列する諸大名は、手にした茶碗を震わせ、静寂は恐怖という名の重圧によって塗り替えられた。


 諸大名の首座に位置する豊川家吉は、緋毛氈の上に座したまま、前に並べられた首を見据えて震える。


「なんたる事か……。」


 湯の煮える音が静かに響いていく中…。


(これでは、天下は、人の世ではなくなる。)


 そう思いながらも、その言葉を口にしたが最後、自分の首も、あの列へ加わってしまう事を、家吉は誰よりも理解した。


 徳臣が次に欲する“名物”は、豊川家吉という存在そのものかもしれない……。


 その畏怖が、背筋を冷たく撫でていく。


 紗々は名物として並べられた首級の列を悦楽に沈みながら眺め、細く、艶やかな吐息を漏らす中、その凍りついた沈黙を一人の男が切り裂いた。

 

「……叔父上!!これは何の真似でございますか!?」


 この狂氣に耐えかねた照羽徳房トクフサが、座を立ったのだ。


 徳臣の甥にして、現在、関白を務める徳房は、震えながらも鋭く声を放つ。


 だが、緋毛氈を踏み越えられずに、徳臣の数歩手前で立ち止まった。


「帝の御前にて……このような無残な骸を晒すなど、正気の沙汰とは思えませぬ! 叔父上ともあろう御方が、いかにお考えか!!」


 それは諌言というより、崩壊しかけた理性が放つ悲鳴であったが、徳臣は冷え切った眼差しを徳房に向けるだけであった。


「徳房よ。これを無残と申すならば、其方の眼が濁っておるのじゃ。」


「ッ……いえ、私は、この国の…日ノ本の関白として……!」


「黙れ徳房!お主は、いつから余より偉くなったんじゃ?」


 その一言で、世界の拍動が止まった。


「余の茶を濁らせたおって!!」


 徳臣は猛然と立ち上がると、その背後で一人の小姓が鞘を捧げ持ち、柄を静かに差し出だしていた。


 徳臣の指先がそれに触れた瞬間、もう太刀は抜かれている。


 緋毛氈の上に、音だけが遅れて落ち、抜山倒樹の一閃が過ぎた後、世界はそれを初めて斬撃として認識していた。


 先ほどまで関白であった男は、自らの言葉の続きすら許されぬまま、その場に沈んだ。


 返り血を浴びた徳臣のカオは、名利を解さぬ仏像のように静まり返り、懐紙で太刀を拭う所作だけが、やけに丁寧で、何事もなかったように鞘へと収めていた。


「……さて。茶を続けようかのう。冷めてしまうわい。」


 徳臣は立ったまま、小姓から茶碗を受け取ると、一息に茶を飲み干した。


 その一口が嚥下されるまで、座に居並ぶ者達は呼吸する事すら忘れていた。


 とりわけ帝族や公家衆にとっては、喉元に刃を突き付けられているのと同義であった。


「……殿下、謹んで申し上げます。徳房殿は、公儀を預かる関白にございまする。それを、帝の御前にて断ぜられれば、天下の形を最早、保ち申さぬかと存じまする。」


 家吉の言葉は、場の理から見れば正しかった。


 だが、その正しさは、既にこの場では意味を持たない……。


 形式も、手続きも、秩序も、理として機能しておらず、最早、これは茶会と呼ぶ事すら憚られた。


「家吉殿。其方には、余が理由もなく名物を増やしたと見えておるのか?」


 徳臣の眼光が、鋭く家吉を捉える。


 だが、家吉は顔を伏せたまま、緋毛氈に手を突きながらも、言葉だけは途切れさせなかった。


「……なれば、いかなる御意にて、関白をこの場にて断たれますれば、天下の序、いかにして繕われまするや。」


 この問いは、列席する公家衆を始め、諸大名の総意でもあった。


「徳房は役目を果たせぬ者であった。関白とは天下を治めるための器に過ぎぬ。形が歪めば、最早、その用を成さぬ。ただそれだけの事じゃ。」


 余りにも即物的な言い草に、座には戦慄が走る。


 家吉は血の気が引くのを感じながらも、尚も言葉を継いだ。


「……なれば、日ノ本の次は、いかが相成りまする。照羽の家中を束ねる器無くば、諸侯の列は必ずや乱れ申す。」


 徳臣はその言葉を受けると、その視線の先には、首級の列を眺める紗々の姿があった。


 徳臣は紗々の元に歩み寄ると、静かに腹へ手を当てていた。


「案ずるな。……新たな器は、既にココにある。」


 刹那、郁々は息を呑み、家吉は膝の上で指を強く握り込んだ。


「この腹の中には、余の血が宿っておる。人の情に染まらぬ、余の形をそのまま写す正しき器じゃ。」


 これは徳臣による、未だ見ぬ命に天下を預けようとする狂氣の宣言であった。


 この時、諸大名の座の一角には、怒りと困惑に顔を歪める者がいた。


 徳臣の子飼いの将の一人、九壁クヘキ清虎。


 彼にはこれまで、照羽家のために血を流してきたという誇りがあった。


 だが今、目の前にあるモノは、理にも主従にも収まらず、喉の奥に焼けるような違和だけを残し、到底呑み込む事の叶わぬモノであった。


 その隣の鬼巻オニマキ正隆もまた、動けずにいた。


 彼は、戦場で散る命であれば、まだ理解ができた。


 刃の届く先に死があるならば、それは武の理として受け止められる。


 だが、これは違う。


 秩序の内側で、秩序そのものが命の意味を奪っていく。


 その光景が、怒りで喉元を強く縛り付けていたのだ。


「……誠、めでたい話じゃ。陛下にも、この名物を愛でていただこうかのう。」 

 

 徳臣は徳房の首を無造作に拾い上げると、その首から滴る赤が、緋毛氈の上に一滴、また一滴と鮮やかな軌跡を描いた。


 徳臣はその滴りを、まるで世継ぎへの祝辞でも眺めるかのように一瞥すると、天帝の在る御簾へと歩みだした。


 神域を汚すその歩みに、居並ぶ諸大名の心臓は恐怖に軋む。


 だが、その不浄な歩みを阻む声が静寂を裂く。


「徳臣様!待ちなされッ!!」


 鋭い衣擦れと共に、唯一人、真っ向から徳臣の前に立ちはだかったのは……。


「郁々……そこを退けい。」


 徳臣は郁々の肩へと、ゆっくり手を伸ばした。


 だが、その指先が触れようとした刹那、郁々の肩はビクリと跳ね、弾かれるように身を捩った。


 郁々に触れ損ねた指先は、宙に取り残されたまま、行き場を失っていた。


 徳臣は口元に苦笑ともつかぬ歪みを残したまま、郁々の脇を、そっとすり抜けた。


 すれ違い様、微かに触れて揺れた郁々の衣の気配を置き去りに、その手は躊躇なく御簾へと伸ばされる。

 

 御簾が一気に引き上げられると、隠されていた奥の座が露わとなり、内からホノかに甘い香が流れてくる。


 几帳と灯に囲まれた座の中央には、後照玄天帝が静かに座してた。


 黄櫨染コウロゼンホウを幾重にも重ね、冕冠ベンカンを戴き、袖は膝の上に収まり、裾は畳に緩やかな円を描いていた。


「陛下、目通り願い奉る。」


 徳臣の声が低く響くと、天帝の冕冠から垂れる細い房が僅かに揺れ、遮られた陽の光が、影を畳へ落とすたび、その奥にあるはずの顔の輪郭は、現れては霞んでいた。


「……陛下。」


「………。」


 徳臣の呼びかけにも、天帝は応えない。


 そこにあるのは、天帝という“形”だけを据え置く、不自然なまでの静止であった。


「……陛下。徳房は謀叛の器と見なし、余が直々に成敗致した。」


 徳臣は座したまま動かぬ天帝を見据え、徳房の首級を見せつけるように御前へと差し出す。


 だが、その場に座す天帝の気配は薄く、ただ整えられた装いだけが異様な静寂を保っていた。


「陛下……!?」


 徳臣が天帝の違和に気付いた刹那、鋭い声が供奉衆の末席から響いてくる。


「急急如律令!」


 その声に思わず、徳臣の視線が動き、ほぼ同時に眼前の袍の形が内側から崩れていった。


「……!?」


 そこに在ったのは、天帝ではない。


 人の形を取るために重ねられた無数の霊符で、天帝の輪郭を保っているだけであった。


 霊符は音を立てて崩れ落ち、畳の下に刻まれていた術式が、淡い光を漏らしながら浮かび上がっていった。


 この場には最初から、天帝など存在していない……。


 徳臣の眉間のシワは深くなり、目は細くなる。


「……謀りおったな。」


 だがその表情には、罠を仕掛けられた事への怒りではなく、それらを覆す事への冷たい愉しみが滲んでいた。


 御簾も几帳も、畳に至るまで、一つの巨大な咒法陣ジュホウジンとして組まれていたのだ。


「……封!!」


 声を放ったのは、地味な狩衣を纏う氷御角ヒミカド清是キヨマサ


 彼は右手で剣印を結び、虚空に咒文字ジュモジを描くように指を振るうと、その動きに呼応するように、無数の霊符が群れとなって弾け、猛る蛇の如く旋回しながら徳臣へと殺到していった。


 だが徳臣は、その渦中にあっても一切揺らぐ事はなく、それを見守る紗々もまた、彼の窮地を愉しむかのような微かな笑みを浮かべていた。


 霊符は猛烈な勢いで徳臣に肉薄していくと、その身体は音もなく黒煙となって拘束をすり抜け、霊符は虚空を噛み、黒煙は庭の方へと流れていった。


「ただの供奉の分際で、帝を騙り余を謀るとは……!」


 庭の木陰で、黒煙が集まり、人の形へと収束していく。


 徳臣の貌から、先ほどまでの揺らぎが消え、愉悦を踏み潰した者への冷たい怒りが双眸の奥で燃え、真っ直ぐに伸びた指先は清是を捉えていた。


「そこの供奉、お主、何者じゃ〜!!」


 怒声が響いた直後、怒濤の足音が広大な庭園の静寂を叩き割る。


 大茶会の場を固めていた宿衛達が、磐岐イワキ継成ツグナリに率いられ、庭内へ雪崩れ込んできたのだ。


 宿衛達は幾重にも刃の壁を重ね、清是が座す一角を瞬く間に包囲していく。


 他家のお付きや供奉達が、蜂の巣を突いたように騒めく中、清是は座したまま動かない。


 宿衛達もまた、いつでも斬り捨てられる間合いを保ち、無言の圧力だけを清是に向け、張り巡らせていた。


 そんな中、不自然な風が吹いた。


 金属が擦れ合う音もなく、最前列にいた宿衛の首が、何の前触れもなく地に落ちたのだ。


 血飛沫が上がるよりも早く、二人、三人と首級が芝へと転がっていく。


 余りに唐突な光景に、その場の空気は凍り付き、清是でさえ、その異様な崩れ方に一瞬だけ目をミハった。


 これは彼の咒方術ジュホウジュツではない。


 返り血の霧が舞う中、継成の目だけが何かを捉えていた。


 芝の上を蛇のように走る黒い影……。


 それが音もなく次の宿衛へと跳ね上がった。


 継成は迷う事なく刀を突き出し、その軌道へ割り込ませる。


 ガキィィィン!!


 鼓膜を裂くような金属音が庭園に轟き、火花が弾けた。


 強烈な一撃を受け止めた継成の刃、その向こう側に立っていたのは……。


 赤髪を揺らす黒装束の男、焔橋ホバシ琥慈郎コジロウであった。


「……やはり、貴様か。」


 継成の口から、低く苦々しい声が漏れる。


 間合いを取る琥慈郎は、宿衛達の血に濡れた刃を軽く振るい、その口元には獰猛な笑みを刻んでいた。


「この二津銘フタツナ煉獄(レンゴク)は、この前の鈍刀ナマクラとは違う……。」


 その言葉が終わるより早く、琥慈郎は地を蹴る。


 赤い残像だけを残し、その姿は宿衛達の中へと飛び込んでいく。


 血飛沫が上がり、一人また一人と、宿衛達の喉が裂け、首級が宙を舞う。


「囲め!臆するなッ!!」


 継成の怒号が飛ぶが、陣は既に崩れ始めていた。


 琥慈郎は飢えた獣のように宿衛の群れへと躍り込み、その刃が走るたび、人の形は無惨にも崩れていった。


 誰も、その刃の軌道を捉えられない。


 ただ血だけが、芝の上へ夥しく撒き散らされていった。


「何者かは知らぬが……。利用させて貰おうぞ。」


 清是は低く息を落とし、その視線は庭園全体の流れを見定めていた。


「急急如律令!」


 懐から放たれた無数の霊符が、宙へ舞い上がる。


 木々の枝葉、芝の根元、石灯籠の影へと、庭園の至る隙間に滑り込んでいく。


 淡い光の軌跡を引いた霊符は、網の目のように交錯すると、次第に庭そのものを包み込んでいった。


「フッ……面白い。」


 琥慈郎の口元が吊り上がり、手にした二津銘煉獄が閃く。


 破裂音と共に紙片となった霊符が舞い上がり、空間そのものに裂けたかのような斬撃が奔る。


 その一撃は、継成ごと全てを両断せんと荒れ狂う。


「慌てるな。貴様の間合いは、既に場に織り込んである。」


 清是は淡々と言い放つ。


 彼が構築したモノは、単なる結界ではない……。


 庭園そのモノを術式に組み込む、敵の動線を支配する巨大な咒法陣であった。


「術式で庭そのモノを囲うというのか…。」


 琥慈郎は微かに笑った。


 清是が張り巡らせた縛りの気配を嗅ぎ取り、その歪みの芯へ踏み込むように二津銘煉獄を構える。


「俺は、全てを斬るだけだ。」


 琥慈郎の身体が、再び地を這うように跳ねる。


 霊符の壁が進路を塞ぐが、それすら踏み砕き、継成の間合いへと一気に肉薄した。


「応ッ……!!」


 継成もまた決死の氣迫で、琥慈郎の胸元に向け捨て身の一撃を繰り出す。


 しかし、琥慈郎は避けない。


 真上から振り下ろされた二津銘煉獄が、継成の突きを力任せに弾き返した。


 圧倒的な剣圧を前に、継成の刀は半ばから砕け、弾かれた刃片は無惨にも芝へと突き刺さった。


 継成の視界の先には、狂気を帯びる琥慈郎の貌が迫ってくる。


 だが、二津銘煉獄の刃が向かう先は、自分の背後に立つ徳臣の首に狙いを定めていた。


 まるで、遮るモノなど存在しないかのように一直線に、清是の術式ごと貫く勢いで……。


 だが……。


「小僧共、調子に乗るな〜ッ!!」


 徳臣の落雷の如き怒号が轟く。


 噴き上がった大妖幻オオアヤカシ魂氣コンキは、庭園に展開された清是の咒方術ジュホウジュツを一息に呑み込み、術式を構造ごと歪める、痕跡も残さず掻き消したのだった。


 この余りに禍々しい魂氣コンキは、紗々の顔から艶やかな顔色さえも失わせ、思わず己の腹を抱え込むほど、その身を戦慄ワナナかせていた。


 大妖幻オオアヤカシの咒圧は、凄まじい逆風となって庭園全体を押し潰し、張り巡らされていた霊符は全て焼け焦げ、灰となって消滅した。


 琥慈郎の凶刃も、清是の咒方術ジュホウジュツも、天下を統べる怪物の前では意味を失うのか……。


 極限の中、誰もがそう思った瞬間、音がした。


 それは鈴でもなく、刃でもなく、風でもない。


 空間が認識を書き換える音であった。


 徳臣の禍々しい威圧感すらも、根こそぎ虚無へと叩き落とし、洛耀第の境界はゆっくりと裏返えっていく。


 それは黒でも白でもなく、影が沈むのでもなく、影そのものが深くなっていくのだ。


 立ち込める妖しい魂氣コンキが、霧散していく中、いつの間にか茶席の中央には、一人の影が座している。


 そこは、誰もいなかったはずの場所……。


 だが、その影だけは、初めからその場で、主であったかのように茶を点て、うねる闇をその身に纏い、静かに顔を上げて呟いた。


「騒がしい茶会じゃのう。」


 低い声が落ちる。だが、誰も動かない。


 徳臣も。継成も。紗々も。


 琥慈郎も。清是も。


 郁々も。家吉も……。


「そろそろ、席次を正そうかのう。徳臣。」


 朧沙門オボロシャモン……その存在が、洛耀第の理を塗り替えていく。

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