9.そもそも流体術の説明をするべきでした
「ご、ごめんなさい!てっきり年下かと!」
「いえ、年齢を間違えられるのはいつものことなので気にしていませんよ」
私の身長は一四四センチ。女子中学生に間違えられてしまうのはいたって正常です。
もっとも、このままでいるつもりはなく、毎日の牛乳とチーズを欠かしませんが。
(しょ、小学生かと思ってた………)
「ところで千影さん。千影さんはこの後もここにいるの?」
「ええ、そのつもりで………」
その時、廊下を慌てたように走ってくる少年がいました。
長沼さんの息子さんで、真奈さんの兄の真司くんです。
「あ!こんなところにいた!空ちゃん………」
「真司、空さんは私たちより年上!」
「………ええ!?」
「いえ、その話は後でいいですから。何かあったのですか?」
「あ、えっと………父さんとか、ここの大人たちが、すぐに空………先輩を呼んできてほしいって」
………先輩。いい響きですね。
実家ではずっと、空ちゃんとか空たんとか、そんな呼び方ばかりされていましたからね。
おっと、そんな場合ではありませんでした。
「なぜ私を?」
「とにかく、来てくれる………来てくれますか」
※※※
校舎四階の教室の一室に通された私は、部屋の中にいた数人の大人たちの戸惑いの視線を感じながら、お茶を出された席に座りました。
「な、長沼さん。本当にこの子なのですか?この子があの怪物たちを一蹴したって?」
「本当です。直接見なければ信じられないでしょうが、私は確かに見ました」
長沼さんのその発言で、周囲はますます戸惑いを見せます。
つまりこれは、長沼さんが私について話した結果、催された会なのでしょうか。
「………確かに信じられないが、そんな嘘をつくメリットがないのも事実。ならばここは信じてみよう」
「ありがとうございます、近藤さん」
近藤さんと呼ばれたその方は、がっしりとした体躯の、まさに『イケオジ』という言葉がふさわしいダンディな方でした。
「君、名は何という?」
「申し遅れました、千影空と申します。今日からここにとどまらせていただきたいと思っております」
「礼儀正しいな。歳はいくつかね?」
「十五で、今年の七月で十六になります」
「………すまない、もう一度言ってくれるかね」
「今年で十六歳です」
この話を、一日で何度すればいいのでしょうか。
あと、周囲の戸惑いが強まった気がするのは気のせいでしょうか。
「ま、まあいい。それで………君は、普通では考えられないくらいの強さを持っている、とここにいる長沼さんから聞いたのだが。それは本当なのか、君の口から教えてほしい」
ああ、やはりその件ですか。
ここは素直に答えておきましょう。
「はい、実家がそう言った荒事向きの武道の家系でして。私も未熟ながら、その術をある程度心得ております」
「………それだ。それについて教えてほしい」
そう言ったのは長沼さんでした。
「君の動きを見たのはほんのわずかだ。だが、あの数秒の間でも、君が恐ろしく強いことは分かった。私も一応、武術を少し齧っているからね」
「なるほど。私はそれについての尋問を受けるために呼ばれた、ということでしょうか」
「尋問?」
おや?さっきの高校のように、詰め寄ってきて質問攻めするわけではないのですか。
「そんな堅苦しいものじゃあないよ。ただ、君のその力が、どれほどのものなのか教えてほしいんだ」
「………私からこういうのも違うのかもしれませんが、私が恐ろしくはないのですか?私は、他人とはだいぶ違うのだと今日知りました。先ほど行った高校では、怪物の仲間なのではと疑われて追い出されもしましたし」
「その話は後で聞かせてもらうとして………確かに、君は他人とは少し強さという面で違う次元にいる。だが、私はどうしても、気味が悪い人間とは思えないんだ。月並みな言葉だが、『刑事の勘』というやつだよ」
「刑事の………警察の方だったのですか」
「ああ。ついでに言えば、君は『千影』と名乗っただろう?私はその名に聞き覚えがある」
ほう。千影流の名を知っているとは穏やかじゃないですね。
「………私は警視庁に努めている。そこで、運良く警視総監殿の目に留まって、一緒に飲みに行かせていただいたことがあってね」
警視総監………警視庁で最も上の位でしたか。
というか、それってもしかして、あの人では。
「ひょっとして、北原さんでしょうか?頬に猫に引っかかれたような傷がある………」
「………知ってるのかい!」
「ええ、私の母の手ほどきを受けていた、うちの流派の門下生です」
「やはり………その警視総監が酔っているときに、静かにつぶやいていたんだ。『今の俺があるのは千影流の教えのおかげだ』って」
それは、なかなかうれしい話ですね。
ですが、千影の技は門外不出。母様にばれたら何されることやら。
「………千影さん。教えてくれないか、『千影流』とは何なのか。警視総監すら虜にした、あの凄まじい力は何なのかを。もちろん、秘匿義務があるというなら………」
「はい、構いませんよ」
「………え?いいのかい?」
「はい、別に。まあ母様には『極力他言しないように』と言われている裏の流派であることは間違いありませんが、このような事態になった以上、隠れ続けるのは無理でしょう。すぐに各地で、その使い手が頭角を現し始めるはずです。ですから、いまさら隠す話でもないのですよ」
私がそう言うと、なぜか周囲の空気が弛緩した気がしました。
なんなのでしょうか?別に聞かれなかったから今まで答えなかっただけで、詳しい話を求められればしたのですが。
※※※
「………で、では教えてくれるか。『千影流』とは何なのか」
「はい。千影家は『四天流派』と呼ばれる、日本最古にして世界最強の体術流派の一つです」
「四天流派………?てことは、他にもあるのかね?」
「はい。この日本と呼ばれる国が発足したころから、形と名前こそ幾度か変われど、現代に至るまで伝承され続けてきた四つの流派。私はその本家の血筋です」
『千影流流体術』。自らの体を液体に近づけ、軟体と脱力を駆使する流派。
『流体術を極めしもの、その力、矛に転じれば鋼を貫き、盾に転じればあらゆる攻撃を凪のように受け流す』。
そう言われるほどに人間離れした体術であり、そのあまりの恐ろしさから、同時期に発足した三つの流派と共に、歴史の影に隠されました。しかし、それから今に至るまで、語られていないだけであらゆる歴史的物事に『四天流派』は関わってきました。
歴史の授業で語られる、天下統治を目指していたり戦争で負けなしだったり、そういった偉人たちは軒並み四天流派のいずれかの使い手だったとされています。
日本が開国され、世界に目を向けても、結局その四つの流派に敵う者は現れず、海外からの門下生も増えて、いつの間にかグルーバルな生活になったそうです。
この前など、某国の大使館に御呼ばれして、恐ろしく豪華な食事をごちそうされました。なんでも、若き頃の母様がその国の一番偉い方の息子さんを救ったのだとか。
また、四天流派の本家に生まれたものは、そのほとんどが先天的に常人離れした身体能力を有しています。私もまたしかり。
生まれたばかりの赤ん坊にもかかわらず、成人男性なみの握力があるなんてのは可愛い方で、中には二歳ですでにリンゴを握りつぶすなんて子もいます。
歴史の陰で歴史で語られる以上に動いてきた四天流派。
千影流、戦咲流、辻宮流、そして鬼堂流。
日本最古、世界最強の四つの流派。こんなになってしまった世界で、目立たないはずがありません。
特に辻宮は好戦的な流派ですし、すぐにでも噂になるでしょう。
このあたりだと………一番早く話題に上がるのは、やはり流体術ですね。
いえ私ではなく、姉様が上京してきているので。あのお転婆な姉様なら、すぐにでもこっちに名が伝わるでしょう。
合流はそう遠い話ではなさそうですね。
もちろんですが、ここで言われてる歴史なんたらかんたらはすべてフィクションです。




