第二章 再会2
「なぜ、この俺様がぁん、白猫んとこの番犬の世話なんかぁん、しなきゃならねぇんだよぉん……」
人通りの多い街路区で、ブツブツ文句を垂れながら荷車を引くジャゲ。その後ろでビヂャが羽休めとばかりに山積みされた荷物の上でくつろいでいた。
「まったくちゃん。ディアからリーンの小僧へと身売りされたかと思えば、今度はキュート(ガキ)のおまけとして白猫んとこに譲渡されるとは思わなかったちゃん」
この電撃ビリビリな輪っかさえ無ければ、とっくに、この星から逃げ出してるちゃんよ。と、首にハメられた金属製の首輪に触れるビヂャ。黒髭男が管理している遠隔操作のリモコンに加え、制御の届かない街の外へ出た途端、焼き付けるような電撃が首を絞めつける仕掛け。そんな行動制限が課せられているいる中で、二人は宮殿内で飼っている番犬たちの餌を運んでいた。
「もうこんな生活、イヤちゃんよ」
自由気ままに生き血を吸っていたあの頃に戻りたいちゃん。と、ビヂャは遠い目をして空を眺めた。
「なぁ、ダンナ……。ワシら、あの白猫から解放される日は来るちゃんか?」
「さぁな。もっとも金でもありゃあん、保釈要求することもできんだろうけどなぁん」
「ふーん……。それでその場合、いくらくらい払えば良いんちゃん?」
「そんなこと俺が知るかぁん!」
すると、荷物の上でビヂャが小さな肩をすくめた。
「そうちゃんね。ダンナに訊いたワシがバカだったちゃん」
「どのみち先立つモンがないだからぁん、考えてもしょうがねぇだろぉんがぁ!」
「それも、そうちゃんね」とビヂャはため息を吐くと、再び空を舞って荷車を押し始めた。
「あぁ……どっかに金目の物でも落ちてないちゃんかねぇ」
「バカヤロウん。そんな都合良くぅん、金が落ちているかよぉん」
そう言いつつ、ジャゲが石畳の道端に目を這わしていると、女の甘ったるい声がした。
「あれぇ? もしかしてトールちゃんと争っていた、おふたりさんかしら?」
すれ違う女性獣人にジャゲが「んん?」と歩みを止めた。
「テ、テメェはぁん、あの辺境惑星の時の獣人女じゃねぇかぁん!」
ヤツメウナギのような口から触手を生やして怒鳴り散らすジャゲに、ビヂャも便乗する。
「そうちゃん! あの時、のじゃ猫を呼びに行った女ちゃん!」
すると、女獣人は頬をぷうっと膨らました。
「女、女って失礼ね。私にもトキン・トキンって名があるんだから、名前で呼びなさいよ」
「そんなこと知るかぁん! あん時、テメェがチャップを呼ばなきゃ、こんな目に合うこともなかったんだぁぞぉん!」
「そうちゃん! そうちゃん!」
「それこそ私の知ったこっちゃないわよ。それで、あなたたち、この星で何してるの?」
「それをテメェが知ってどうすんだぁん? 俺たちが、どこで何をしようとテメェには関係ぇねぇだろぉん。テメェこそ、こんな星で何してんだぁん?」
するとトキンは「それが聞いてよ」と身の上話をし始めた。
「あの後、チョーちゃんから刀取り上げられちゃったのよー。それも借金の完済もしてないのによ。おかげで背中無沙汰になっちゃってぇ、仕方ないから次に背負う物を探して旅してたら、この惑星に流れ着いちゃったってわけ」
困った顔で私情を喋りまくるトキンに、ジャゲとビヂャがうんざり顔を晒した。
「あぁ、そうかいそうかい。そりゃぁん良かったなぁん」
まぁ、精々頑張れよぉん。と、適当にあしらおうとするジャゲだったが
「ねぇねぇ、もしかしてアナタたち、お金に困ってない?」
「困ってたら、どうするってんだぁん? まさか、テメェが貸してくれるとでも言うのかぁん?」
「あっ、やっぱり困ってるんだ。じゃあさ、私が貸してあげようか?」
そのトキンの申し出に、ジャゲとビヂャが互いの顔を見合わせたのは言うまでもなかった。
「あの二人を買い取るですって?」
貴女もずいぶん物好きね。と呆れ笑うアガミ。星王即位の式典が近いこともあってか、このところ宮廷に仕える大臣や官僚たちが引っ切りなしに訪れていた。次期星王となるお方だ。自分たちを贔屓してもらおうと、訪れた者たちが女帝候補のアガミに諛言を呈していく。来訪者たちの作られた笑顔。おそらくその仮面の下では、私欲を肥やそうと企んでいるのだろう。もし、この場にクレハ星人が立ち会っていたならば、果たしてどんな反応をするのだろうか。きっと濁り腐った水を飲まされた気分になるに違いない。とウーヴは以前、星王のもとに訪れた保険外交員の幼女のことを思い浮かべていた。
「そっ。もっとも、お姫さまの言い値次第だけどね」
赤髪の女獣人の軽々しい発言に、ウーヴが怪訝な眼差しを向けて訂する。
「アガミさまは次期星王となるお方ゆえ、もう少し言葉を謹んでいただこう」
「これはゴメンなさい。それで、おいくらで売っていただけるかしら?」
笑みを絶やさず交渉するトキンに、アガミが思慮する。
リーンから九斗と共に請け負ったふたりの星人。特別な能力も無く、教養も品の欠片も無い人格。そのためウーヴの判断で番犬たちの世話係を命じたのだが
「あのふたりに、そんな価値があったかしら?」
とアガミは皮肉を込めて小首を傾げた。もし金銭対価に値する存在ならば、みすみす手放すのは惜しいこととなる。
「さぁー、それはどうかしら? 少なくとも、あのふたりは、あなたから解放されたがっているみたいだけど」
取りまとめのないトキンの返答に、アガミがウーヴを垣間見る。もちろん答えはノー。金を支払ってでも買い取ろうと言うのだ。きっと利益となる何かしらの能力や利用価値があるとみるべきだろう。
その従者のアイコンタクトを組み取ったアガミが即断する。
「残念だけど、見ず知らずのあなたに譲る気はないわ」
幼少の頃から、利用できるものはどんなことでも手に入れ、手放さない性格の持ち主だ。そのことは長年従事しているウーヴが誰よりも熟知していた。
「商談はこれで終わりです。どうぞ、お引き取りください」と、執務に追われているアガミの疲労を配し、ウーヴがトキンの退室を促した。
「まぁ、いきなり来ても、信用してもらえないのは分かっていたけどね。……仕方ないわね。日を改めてまた出直すわ」
と陽気に手を振って執務室を出て行くトキン。アガミはその後ろ姿を見届け、執事に目配せをした。
「ウーヴ。リーンの連れてきたあの二人と、今の獣人の素性を調べておくように」
もっとも大した情報が得られるとも思えないけれど。と一笑した。
「どうだったぁん? あの白猫は、いくら支払えって言ってきたんだぁん?」
吸引機でもって番犬小屋に散らばる糞を吸い取る作業の手を止めて、ガスマスクを外すジャゲ。すると商談を終えたばかりのトキンが鼻をつまみながら答える。
「残念だけど、まだ小屋掃除は続けなければならないようよ」
床に散らばる糞を避けながら眉をひそめるトキンに、ジャゲも眉間に皺を寄せた。
「それは、どう言うこったぁん?」
すると七色小蝿と一緒に頭上を飛んでいた小人宇宙人が言う。
「つまり、交渉失敗ということちゃん」
ダンナも察しが悪いちゃんねぇ。と、ビヂャが項垂れた。
「とりあえず、姫さまには、また来るからと伝えてはあるけれどもね」
「大口を叩いた割にはぁん、成果なしとはぁんどういうこったぁん?」
吸引機を床に叩きつけて文句を垂れるジャゲに対し、糞害を喰らわないように一歩退くトキン。
「まぁ、見てなさい。拒否されればされるほど、私も燃えるタイプだから」
狙った獲物は絶対に逃さないし、逃したこともないのよ。と、過去における競り落とした宇宙オークションの戦歴を得意げに語るトキンに、ジャゲがうんざり顔で呆れ返る。
「あぁ、そうかいそうかい。もう勝手にやってくれぇん」
「まぁ、そう不貞腐れずに期待して待っててよ」
そう言って番犬小屋を立ち去るトキン。その背中を見やりながら、ビヂャがジャゲに耳打ちした。
「ダンナダンナ、どうするちゃん? あの女の言うことは、アテにならんちゃんよ」
「だなぁん。アレに任せてたらぁん、一生糞掃除のままだなぁん」
こりゃ、何か別の方法を考えた方が良いかもなぁん。と、浅慮するジャゲだった。
その頃……
とある宇宙海域の、とある小惑星帯にて。
「入電! 入電! バヤンテ団と名乗る田舎モンから、若大将宛に通信を入れてきてやすが、どうしやすかっ?」
通信担当であるツノを生やしたデメキン男の伝達に、艦長席でくつろいでいた非獣人の男が低い声で応えた。
「バヤンテ団が、この私に?」
ふむ。とアームレストに肘をついたまま訝しむ金髪男。目元全体を覆う仮面と一風変わった赤い軍服を身にまとう若きヒューマン。腰ベルトから下げた重厚な作りの銃と素性を隠したその風貌は、さながら星系自警団か銀河パトロール隊の隊長と言ったところか。
「どうしやすか? どうしやすか? 若大将!」
落ち着きなくソワソワするツノデメキンに、金髪男の口角がわずかにヒクついた。
「その『若大将』はやめてほしいのだが」
「サーセン! それでバヤンテの連中が言うには、何でも若大将と直接話がしてぇとかでして」
嫌がらせか、それとも単にツノデメキンに学習能力がないのか。まぁ、どうでもいいか。と、金髪男は自尊心を保ちつつ
「それは妙だな。私はバヤンテ団とは何の面識もないのだが」
「ここ最近、あっしらが景気良く稼ぎまくってるから、きっと若大将のことを妬んでるんすよ」
「ちげぇねぇ。今じゃ、泣く子も黙って踊りだすくらいの大活躍をみせる若大将だ。同業者で知らなきゃ、そいつはモグリだ」
「何しろ、彗星の如く現れた海賊界きってのスーパースターだからな」
艦橋内に飛び交う敬称と賞賛。それらの声を聞き流しながら、金髪男はおもむろに髪をたくしあげ、隣に立つ幼女に問う。
「君は、どう思う?」
すると、裾の広がった民族衣装のようなワンピースを着た幼女が若大将……もとい、男に微笑んだ。
「私たちの功績を耳にして協同作戦を申し込んできたか……もしくは自分たちの配下に加えようと、目論んでいるのかもしれませんね」
だだ私の知る限り、あまり良い噂は聞こえてきませんけど。と、バヤンテ団における批評を付け加えた。その助言に男は思慮を巡らし……そして口角を吊り上げてニヒルな笑いを浮かべた。
「ありがとう。キミの賢慮を参考にさせてもらう」
「それで若大将! どうしやすか? どうしやすか? バヤンテの連中に宣戦布告をキメやすか? キメちゃいやすか?」
血気盛んに騒ぐツノデメキンを金髪男が冷静に制した。
「そう結論を急ぐな。まずは相手の出方をみてからにしようじゃないか」
交戦するかどうかを決めるのは、その後でも遅くはない。と、ひとりほくそ笑み
「回線を繋いでくれ」
金髪男は立ち上がると、羽織っていたマントを大きく翻した。
「私はクロウディア号セカンドシップを預かっている若大……もといロック・フェイサー』という者だ」
と、通信カメラに向かって仰仰しくポーズを決める長二郎だった。





