第二章 再会1
猫族52番惑星『ナァー』
それは広大な宇宙に存在する猫族の星のひとつ。大海に囲まれた陸続きの大陸に住まう猫種族の総人口は約1億5000万人ほど。
その民を統括する星主の名はシーグレー・アスタインと言う。
星民を思い、星民の声に耳を傾け、星民を愛しむ第108代星王。
その王が次期後継者の候補を考えている中、宮殿内では「誰が跡継ぎになるのか?」と密やかに囁かれていた。
一族直系である第一夫人の一人娘アガミか。
それとも第二夫人の息子のノーグァか。
17歳の女子と11歳の男子。両者とも後継者としては申し分はなく、そのどちらかに采配が振られてもおかしくはなかった。
だが……
その後継者争いの最中、突如ノーグァが公の場から姿を消した。
薬物中毒による狂乱。
そんな出所不明の噂が、民の間で数ヶ月前からまことしやかに囁かれ始めていた。
「星王即位まで、あと7日……」
星王陛下の執務室へと通じる渡り廊下で、非獣人の黒髭男が眼下に広がる庭園を眺めていた。その眼差しは草花を愛でることもなく、どことなく冷めていた。
「ここまでは計画通り……」
半年前より、第二夫人の息子ノーグァの寝室に忍び込み、少量づつ薬物を投与し続けた結果……アガミの思惑通り錯乱したのだ。
ノーグァはまだ11歳だ。星王即位候補者とは言え、心も体もまだ未成熟な子供。ゆえに、見えも聞こえもしない幻覚症状に慄き震え、泣き叫んでいると聞く。
また、その姉であるホズリも密輸容疑の疑いで逮捕。これには少々、手間暇がかかった。地球という外惑星から仕入れた猫専用の缶詰を転売し、生計を立てていた娘。ナァー星府が所有していた時代遅れの宇宙船を譲り受けて地道な商売を重ねた結果、従業員を雇えるほどにまでになっていったのだ。今、考えると運と商才があったのだろう。それだけに娘を陥れるには、それなりの手段を用いらねばならなかったのだ。
「これはボクの見立てなんだけど……」
三ヶ月前。リーン・プロットと名乗るクレハ星人が、得体の知れない白衣男と共にアガミのもとへ訪れた。突然の来訪客。本来ならば、決して面識のない者を迎え入れることのないアガミだったが……天性の気まぐれと即位継承の座を確実なものとしたいと考えていた彼女は、すんなりとリーンを自室の執務室へと招き入れた。
「ふーん……。ずいぶん回りくどい計画ね」
おまけに面倒。と気乗りしない返事をするアガミ。無理もない。即位など無関係といわんばかりに好き勝手に流浪しているホズリを、何でわざわざ根回ししてまで陥れる必要があるのかと。元々、あの娘は幼き頃から縄張り意識が低く、アスタイン星王からも目を掛けられていない存在なのだ。ゆえに自由奔放な黒猫本人も、今回の即位継承には無関心だと調べはついているし、また仮にホズリが邪魔な存在ならば、とうの昔に亡き者となっているだろう。殺し屋や海賊たちを雇って商船を襲わせたり、船ごと爆破するなど、いくらでも方法はあったのだから。
「それで、要件はそれだけかしら?」
ティーカップをテーブルに置いて、丁重に対応するアガミ。だがウーヴには分かっていた。退屈するアガミの遊び相手にもならないことを。こうなっては、どんなに説得を試みても聞き入れることはない。その主人の機嫌を察し、お引き取り願おうと口を開きかけた時だった。
「結論を急ぐのはちょっと早いんじゃないかな。何しろ、今までのは、あくまでもほんの触りだからね」
アガミに向かって微笑み、そしてウーヴをチラリと見やるリーン。対象者の心を読み取るクレハ星人に対し、ウーヴは胸の内で身構えた。
「実はシキジョー・トオルと言う非獣人が、彼女の側にいるんだけど……」
と、まるでいたずらっ子のように微笑むリーン。その初めて耳にする名前に、アガミの好奇心が食いついた。
「興味深い話ね。それは、もしかしてホズリに好意を抱いている雄なのかしら?」
「察しが良いね」
挑発にも似たリーンの言葉に、アガミも不敵に笑った。
「女の勘よ。それで、もう少し詳しく教えてくれませんこと?」
長い脚を組んで腰を据えるアガミに、リーンの瞳も色めき立つ。
敷常トオル。
辺境惑星の非獣人の雄であり、現在、シーグレー・ホズリに好意を抱いている少年だそうだ。
「そんな気弱で貧弱な雄がホズリのことを。それであの子は、そのヒューマンをどう思っているのかしら?」
少年の保守的な性格を聞かされ、アガミの口からため息がこぼれた。
「確証はないけれど、脈ありと見ていいんじゃないかな」
肝心なところを濁すクレハ星人。だがリーンがもたらす情報はそれだけではなかった。
「ちなみに余談だけれども、この彼には複数のクローン体がいるんだよ」
ひとりは体が分離して生まれた再生体。そして、もうひとりは……
「再生体の細胞から、新たに生み出した完全体だ」
しかも、この完全体もホズリに好意を抱いているとのことだった。その人間関係を知って、アガミが声を出して笑ったのは言うまでもない。
「それは愉快な話ね。おかげで非常に興味が湧いたわ」
きっと本心なのだろう。ソファーから腰を浮かして猫耳をそば立てているのが何よりの証拠だ。
「この目で直に見たくなったわ。それで、その完全体は今どこにいるのかしら?」
「そうくると思って、駐機場に停泊してあるボクの船で大人しく待っているよ」
名は九斗。現在の体格年齢はオリジナル体と同じに成長させてみた。と付け加えるリーン。
「希望があれば、九斗をあなたに預けて良いとも考えているけどね」
どうする? と、金色の猫目を真っ向から捉えるリーン。もちろんアガミにも断る理由は、どこにもない。
「躾の方はできてるのかしら?」
「全然。でも……どう仕上げるかは、あなた次第かな」
肩をすくめてトボけるリーンに、アガミが楽しそうにほくそ笑んだ。どうやら悪い酔狂癖が始まった。
「分かったわ。あなたの言い値で、そのキュートとやらを引き取るわ」
おいくらほどかしら? と値段を問うアガミに、リーンは首を横に振った。
「お金は結構だよ。その代わり、もう二人ほど引き取って欲しい」
新たに加わった条件。だが今のアガミには、ひとりふたり増えたところで何ら変わりはなかった。
「結構よ。まとめて引き受けましょう」と、握手を交わすアガミに「商談成立だね」とクレハ星人と白衣男がニィッと笑った。
その日を境に、アガミの毎日は充実していった。引き取った九斗の教育はせず、むしろ勝手気ままな傍若無人振りにも寛大であった。その野放し状態を見かね、ウーヴがアガミに進言したところ……
「自由にさせてるだけよ」
白い物を、主人が黒といえば黒なのだ。仕える者は、従順にその命に従うだけだった。
その後、当初の計画通り、オリジナル体を含むホズリたちの行動をリーンから知らされ、ウーヴはアガミと共に惑星ンカレッツアへと飛んだのだった。
「それにしても、喰えないクレハ星人だ……」
惑星ンカレッツアから戻ってきて以来、リーンのことを全面的に信用しているアガミ。だが、それとは対照的にウーヴは疑念を抱いていた。
「あれは何かを企んでいる目だ」
やることなすこと全てがリーンの思惑通りで腑に落ちず、同時に自身の勘が警鐘を鳴らしていた。特に今回のような大事な時期に第三者の介入は危惧するところだった。それは過去の歴史によって証明されている。と、幼少時代に学んだことを思い出す。
10歳の時、シーグレー家に引き取られ、執事としての教育を受けさせられたウーヴ。惑星ナァーにおける歴史情勢を『匠』に徹底的に教えこまれたのだ。過去における情勢や歴史。暗殺や陰謀などの数々の計略。それら全てはシーグレー家代々に仕えていた執事たちの工作によるものであり、決して表沙汰になることはなかった。 そんな中、第98代目の星王時代、王位継承のタイミングを見計らって謀反を企む事件が起きた。もちろんそれらは未然に防ぐことができたのだが、首謀者の背後に外惑星の第三者が関わっていたと聞く。それだけに今回も、同様の内乱騒動が起きないとは限らない。しかも今回は、悪いことに次期星王候補のアガミ自らがリーンを招き入れているのだ。
「獅子身中の虫とは、良く言ったものだ」
眼鏡を外し、こめかみを揉むウーヴ。数日後の即位式典に向け、神経質になりすぎているのだろうか……目元に濃い疲労が浮かんでいた。
「あと7日だ……。あと7日で全てが終わる……」
そう呟いて眼鏡をかけ直していると、いつのまにか背後に何者かが忍び寄っていた。
「お疲れのようですね」
身を案じるその声に、ウーヴが振り返る。
「誰かと思えば、あなたでしたか。匠」
柔和な笑顔を向ける白髪の老人。星王の執務室からの帰りなのだろうか、心なしか老人の声は沈んでいた。それでも老人は毅然とした態度を崩すことなく、黒髭男の隣に並んで穏やかに尋ねる。
「久しぶりですね、ウーヴ。どうですか、しっかりアガミさまに仕えてますか?」
「匠の心配には及びません」と、ウーヴは背筋を正し、眼鏡を押し上げて虚勢を張った。『執事たる者、不測の事態に備え、気を許すことのないように』と匠本人から教育されているだけに、疲弊した姿をみせるわけにはいかなかった。
「私のことよりも、ホズリさまのご心配をなされた方がよろしいのでは?」
密輸と言う違法取引を行なった罪により、ンカレツッア星府に逮捕された第二夫人の長女シーグレー・ホズリ。
星王アスタイン陛下直々の密令により、執行猶予の条件付きでンカレツッア星府から引き取ったのだ。幸いなことに、幼き頃から公の場に出ることがなかったため、その存在は星民に知られることはなく、今回の事件もまだ明るみになってはいなかった。
だが、それだけではなかった。
「陛下のご慈悲により、厳罰は免れてはおるものの私が側に付いていられないのは誠に残念でなりません。それでホズリお嬢さまは元気にしておられますかな?」
アガミの上申により、星王から保護観察処分を言い渡されたホズリ。もちろん観察者はアガミだ。その主人の身を案じて眉間に縦じわを寄せる老人に、ウーヴが言う。
「もちろんです。匠が仕える主ゆえ、敬意を持って従事させてもらっています」
もっともアガミさまの機嫌次第では、今後どうなるのかは分かりかねますが。と含みを持たせるウーヴに「そうですか」と老人の白い眉がわずかに下がる。そのしわがれた顔に浮かぶ心労を、ウーヴは見逃さなかった。監督不行き届きを理由に、陛下にお叱りを受け、長年使えてきたホズリとの面会を禁じられているのだから無理もない。
「私も歳を取りすぎて神経が柔になりました。それだけにお嬢さまのことが心配でなりません」
主人の安否を思い、張りのない声で心痛を漏らす老人。ウーヴがこの屋敷に来た20年前は、この老人の頭にはまだ黒い髪が残っていたはずなのに、それが今ではずいぶん弱々しくなってしまったものだ。
「恩師である匠に代わって、このウーヴが責任を持ってホズリさまに罪を悔い改めさせていただきますゆえ、ご心配には及びません」
すると老人は丸めた背を伸ばし、黒髭男を見上げた。
「お願いしましたよ、我が弟子ウーヴ。こうなっては、お前だけが頼りです」
「お任せください」と、恩師の手を取って応えるウーヴだった。





