第一章 囚われの身4
「あなたの出星を許可します」
審査カウンターで這いつくばるオオサンショウウオのような宇宙人が大口をパクパクさせながらゲートを解放した。
「ありがとう」
トオルは検閲を終えたナップザックを担ぎ直し、審査ゲートを通過した。
宇宙端末機のナビの案内に従い、夏に訪れたキャンプ場から目的の山へと入山し、駐機場に到着したのは昼過ぎ。そこで端末に入金されている未換金のバイト代300万ケピロンを現金化し、半分近くを船代として支払ったのだが……正直、高過ぎだ。
――それでも、僕は惑星ナァーに行かなきゃならないんだ
事前に調べておいた宇宙船の出港時間はあと1時間もない。それに乗っかってしまえば地球ともおさらばだ。
――あとは7つの恒星間を乗り継げば、52番猫族惑星『ナァー』だ
ダリアックから教えてもらった航路手順。そのメモを見直していると……審査ゲートの向こう側で、二人組の男が遠巻きにトオルのことを見ていた。真っ黒なサングラスと黒いスーツをまとった欧米人らしき男たち。その不気味な視線にトオルは不信感を覚えた。
――さっきから、僕のことをずーっと見ているみたいだけど何だろう?
何か言いたげな雰囲気ではあるものの、ゲートを越えて追いかけてくる素ぶりはない。
――呼び止めてこなさそうだし、別に良いか
僕には関係のないことだと、トオルは惑星ナァーに行くことだけを考え、地下に通じる駐機場ターミナルへと急いだ。
その後はトラブルもなく、拍子抜けするほど順調だった。
とは言え……保子莉の商船とは異なり、今回のひとり旅はプライバシーのない総合客室や一般共用通路での雑魚寝だ。決して混み合っているわけではないのだが、お互い見知らぬ宇宙人同士なだけに、生態も違えば習慣も異なる。一番困ったのは食事や排泄。衛生面を考慮して距離を取ったり場所を変えたりと、常に油断ならない状況に晒されていた。もちろんそれだけではない。得体の知れない物に触れたり、怪しく変な匂いを嗅ぐ度に、首からぶら下げたサバイバルテスターを何度も握り締めた。
――キャッツベル号が懐かしいなぁ
衛生的で快適だった保子莉の商船。そんな楽な船旅とは正反対に、今の状況は過酷なものだった。
――それでも、我慢しなきゃ
地球からナァー到着まで、おおよそ150時間。先ほど3つめの惑星を通過したから、あと残り半分の道のりを堪えればいいのだ。
まだ先は長い。と、トオルはペットボトルの水に口をつけながら、ナップザックの中身を確認する。出立前、地元のコンビニで大量に買ったパンやカロリー食品と飲料水。必要最低限の食事量。それが、もうすでに半分以下まで減っている。
――お腹空いたなぁ
底の見え始めたナップザックを垣間見ながら、トオルはゴクリと唾を飲み込み空腹を我慢した。乏しくなっていく食料に、ンカレッツアで寝泊まりしていたライドクローラーの備蓄食料がいかに恵まれていたことをあらためて知ることとなった。
「その点、キミはあんまり食べないね」
と、肩に乗る小動物に話しかけてみる。宇宙生物なのだからなのだろうか、一欠片の餌を食べたっきり、ほとんど食事をしないでいるのだ。もっとも、それはそれで大いに助かるのだが。
――とは言え、どこかで食料を手に入れなきゃいけないな
手元に残った現金は約150万ケピロンほど。仮に現地で食事代をボッタクられたとしても充分足りるだろう。……か?
――もし足りなくなったら、帰りの旅費は保子莉さんに頼み込んで借りるとしよう
どのみち考えなしの片道切符だ。きっと保子莉にも呆れられるだろう。
――どちらにしても、これで免許代が全部パァーになっちゃったな
両親に内緒で取得するはずだったバイクの教習代。だが今回の船代で、あっという間に半分の大金が吹っ飛んだのだ。
――また、働いて稼げば良いさ
今、やるべきことは保子莉の無実を晴らして自由にすることだ。そのためならば、これくらいの出費など安いものだった。
――今度はどんなアルバイトをしようか
引っ越しや宅急便を始めとする肉体労働。今の自分なら何でもできそうな気がする。そんなことを考えていた矢先、突然ガクンっと船体が大きく振動した。
――変な揺れ方をしたけど……まさか、故障とかじゃないよね?
経験のない宇宙船の揺れに首を傾げていると、どこからともなく慌ただしい空気が伝わってきた。そして、それは次第に近付いてきた。
「この船は、俺たちバヤンテ団が制圧しざぞ!」
薄汚れた部屋の壁の一画が開いた途端、押し寄せるように見知らぬ宇宙人たちが入ってきた。武装して銃を向ける集団。思い違いでなければ、相手は言わずと知れた宇宙海賊だ。
「てめぇら! 全員、手を挙げて床に伏ぜろい!」
「命が惜しけりゃ、おとなしく金目のモン出しやがれボな!」
船室に飛び交う怒号に、トオルはナップザックを抱え、身を小さくして身構えた。
――くそっ! 何でこんな時に限って海賊なんかが現れるんだよ!
この場から逃げて、船内のどこかで身を隠してやり過ごすべきか。しかし、あっという間の出来事に、そんな余裕はなかった。
「ちょっとでも逃げたり抵抗しようもんなら、真っ先にそいつから血祭りにしてやんぞ!」
武器を構えて乗客たちを抑圧する海賊。しかもディアたちとは違って気が短く荒っぽい連中だ。たぶん脅しではないだろう。トオルは言われるがまま、他の乗客たちに混じって床へとうつ伏せになった。心配なのは命と手持ちの現金。ただでさえ乏しい食料なのに、ここで有り金全部を持っていかれては、この先どうなることか。
「ちっ! シケた乗客たちボな。金など持ってやしねぇボな」
「今回はハズレざったな」
妙な訛り言葉を交わしながら、ひとりひとりの荷物や身体を弄る海賊たち。そしてトオルの番になった途端……
「おっ? コイツ、現金持ってボやがる」「しかも大金べりゃ!」「こりゃ、大当りだな!」
カーゴパンツの後ろポケットに入れておいた財布を抜き取り、150万のケピロンプレートに大喜びする海賊たち。しかも悪いことに、今度はトオル自身が目を付けられた。
「何で非獣人が、こんな大金を持ってやがんザ?」
銃の先でトオルの顎をグッと持ち上げて、顔を覗き見る水牛男。片角が欠けた凶悪な顔から吐き出される臭い鼻息に、トオルは息を止めて顔を歪ませた。
「しかも、見たところ若い雄のようだべりゃ」
「へぇ……。そうすっと、そいつも金になりそうボな」
そう言って海賊たちがトオルを値踏みし始める。
――まさか……こいつら僕を売り飛ばすつもりか?
同時に思い浮かんだ非獣人の人身売買。タルタル星で人質となった智花や、ガラたちに売られそうになったケイニャのことを思い出し、背筋が凍りついた。
――冗談じゃないぞ。こんな連中に人生を振り回されてたまるもんか!
どうにかして、この場を切り抜けなければ……と足掻いた途端、首根っこをガッチリ押さえられた。
「は、放せ! その金は好きにして良いから僕を自由にしろっ!」
全財産投げての交渉。命あっての物種だ。この際、お金は潔く諦めよう。だが「そりゃ、無理な話ザ」と水牛男はケピロン束でもってトオルの頬をピタピタと叩いて笑った。
「もう、この金は俺たちのモンざぞ。それに、こんなに活きの良いヒューマンを、みすみす見逃すバカはいねえザぞ」
水揚げした魚のような屈辱に、腹が煮えくりかえった。
「クソッ! 放せ! 放せよ!」
強引に身を起こそうとした途端、大きな蹄足でもって背中を押さえられ、床に頭を押し付けられた。
「ジタバタすんなザぞっ!」
往生気の悪いヤツにはコレをはめるしかないザな。と、水牛男は腰にぶら下げていた輪っかを取り出し、トオルの鼻先へと近づけた。
「おい、コレが何だか知ってるか? コレはなぁ、お前のような言うことを聞かない非獣人を拘束する道具ザぞ」
金属で作られた首輪と手錠。鈍く薄汚れた銀色のそれらには、乾いた血痕や肉片のようなものが付着していた。
「やめろ! やめてくれっ!」
「金になる獲物を前にして、そりゃ、無理ってもんザぜ」
だから、逃げようなんて考えるザぞ。と、水牛男は笑いながらトオルに首輪をはめた。
カチッ。
――終わった……。何もかも、ここで終わりだ……
人生終了を告知する鍵音に、絶望という二文字が頭の中を埋め尽くす。これで、もう保子莉に逢うことも地球に戻ることもできなくなってしまった。
「前もって忠告しておくが、逃げようなんてバカな気をおこすんじゃないザぞ。もしそんなことをしてみろ。立ちどころに首輪に高圧電流が流れて、お前の首が焦げるザぜ」
耳元で囁く水牛男の脅迫に、トオルは抗うこともできずにギリッと奥歯を噛み締めた。
――何で、僕がこんな目に合わなきゃならないんだ。何で、こんなヤツらの言うことを聞かなきゃならないんだ
悪い夢なら今すぐに覚めて欲しかった。だが、現実はそう甘くはなかった。
「ほら、いつまでも腐ってねぇで、サッサと立てんざぞ」
ナップザックを頭に放られ、ダウンジャケットの襟首を掴まれたまま、接舷した海賊船へと強制連行されていく。
――ゴメン……保子莉さん……
助けてくれる仲間もいなければ、歯向かうための特殊能力もない自分を歯痒く思った。同時に自身における今後の行く末を心配をする。
どこの誰に売られるのか?
どんな労働を虐げられるのか?
生かされるのか?
それとも……殺されるのか?
しかし、どんなに考えても宇宙人の価値観など分かるはずもなく、意気阻喪するトオルだった。
「餌は一日2回。それ以上は食わせるな。それと病気持ちじゃねぇか、身体検査もしておけざぞ」
「ガッテン承知でっさっ!」
見張りの豚もどきが、立ち去る水牛男に向かって敬礼し
「おら! トットと入れ!」
豚もどきに背中を突かれ、牢屋に押しやられた。そして得体の知れない端末機械を使ってトオルの身体を調べると、今度はお椀の形をした機器をトオルの顎下に添えた。
「ほら、ここに唾を吐き出せ」
意味が分からず「えっ?」と戸惑っていると、豚もどきがトオルの髪の毛を掴んで顔を持ち上げた。
「テメェが病気してねぇか、調べてんだからトットっと出しやがれ!」
世話をやかせんじゃねぇ! と、頬を引っ叩かれた。言われたとおりに唾液を吐くと、豚もどきがお椀型機器を操作しながら睨んだ。
「いいか。売られるまで風邪ひとつすんじゃねえぞ!」
つまり人身売買取引のために、健康体を維持しろとのことなのだろう。
「くれぐれも病気なんかすんじゃねぇぞ。じゃねぇと、俺が団長に叱られるんだからな! 絶対になるんじゃねえぞ!」
豚もどきはそう念を押すと、鉄格子の電子錠を掛け、見張り用に置かれた長椅子に寝っ転がった。
――下っ端のくせに偉そうにしやがって
水牛男の目が行き届かなくなった途端、手のひらを返す体たらくぶりにイラっとした。だが拘束された身では、その怒りも一瞬に冷めていく。
――ところで……ここはいったい、どこなんだ?
どこの惑星の、どこに連れてこられたのか。端末で調べようにも所持品は没収されたため、それもままならなかった。
洞穴を利用して作られた6畳ほどの牢屋。見渡せば、ベッドはおろか毛布の類も無い。あるのは排泄物を溜める床穴だけ。そのため鼻が曲がりそうなほど強い悪臭が牢屋に漂っていた。そんな劣悪な環境の中、トオルは顔を歪めながら汚れの少ない床に腰を下ろした。
――こんなところにいたら、あっという間に病気になりそうだ
憂鬱な気持ちを胸に溜めながら、首から下げたサバイバルテスターを確認する。もしもの時に備えての簡易医療キットが没収されなかったのが唯一の救いだった。が……
――いや、待てよ。このまま病気になれば、売られることもなく解放されるのでは?
身体を張った一か八かの脱出劇。まだチャンスはある。と無謀な考えを巡らすトオルだった。





