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第21話【葛藤】

大変長らくお待たせ致しました。

ブックマークして下さっている皆様、いつもお読み下さっている皆様には本当に感謝しております。



 ──村田さん……!


 何かの間違いであって欲しい──と願いながら、野上は乾に導かれ、村田達を待たせているという校長室へと足早に移動していた。


 眠っている子供達を由美に託し体育館を後にする。

 佐々木、京介と──君江が同行する。


 道すがら、乾から説明を受けた。


 20時30分頃、警備班員である原昇三という男性に呼ばれた警備班班長の後藤と乾がグラウンドに面した南門に到着。報告によると、こちらから話し掛けても何の反応も示さない、怪しい男が南門に居る──と。

 乾達が到着した時には既にその【怪しい男】は倒れていた。

 その場に居合わせた、原昇三含む警備班員五名と年配の女性──小林千恵子というらしい──達と話し合った結果、この怪しい男は寄生生物に寄生されている可能性がある、という結論に至る。

 しかしその男には未だ変化は現れておらず、緊急性は低いと判断。

 乾は機動班に応援を要請する為、後藤は今後の警備計画の見直しの為、南門を離れた──直後の出来事だったと言う。


「悲鳴やら怒声が聞こえ、慌てて南門に戻ると、怪しい男を中心に囲む様にしていた六人全員が血塗れになっていた」


 先頭を進む乾が、職員室や校長室のある第二校舎に入る。野上達がそのすぐ後に続く。

 野上も自然と早口になる。


「それはその──怪しい男が全員を攻撃したんですか?」


「攻撃──と言えなくもないかな。その血は、怪しい男のものだった。ソイツは急に──破裂したらしい」


 ──破裂?


「これも本人達から聞いたんですけどね。男の腹が急に膨らんで、おかしい危ないと思った時には──」


 回避する間もなかった、という事らしい。


「しかも、です。全員、その浴びた血液やら肉片が付着した部分に複数の穴が開いている。これはつまり──」


 ──そんな……馬鹿な──しかも一度に六人なんて──まるで、最初からそれを狙ってたみたいだ……


 寄生生物に寄生された男は、まるで仲間を増やす事が目的だったかのような最期を迎えている。


 ──いや、今はそんな事より……


 野上は後から付いてくる君江と京介を振り返る。

 佐々木が君江の手を握り、寄り添って歩く。

 京介にも焦りの色が見えた。


 乾達は校長室の手前、職員室の前の廊下に到着した。

 乾が君江達に向かい、


「ご家族の方、どうぞ校長室へ。あまり広くないのですが、警備班員の関係者の方々も既に来られて居るのでかなり窮屈かも知れませんが──」


 野上さんは一旦職員室へ、と乾が促す。

 佐々木は校長室のドアを開け、君江と京介を中へと促し、野上達の下へ戻って来た。


 野上達は職員室に入り、職員のデスクを囲む様にして立つ。

 乾が腕を組み、口を開いた。


「──保健室に運ばれた男性──平田さん、でしたね。彼の場合は確か、寄生されてから変化するまでに半日ぐらいかかったことになる──かな」


 野上は少し考え、頷く。


「寄生生物にも様々なタイプがいて一概には言えないが──いや、むしろ今回は一人一人に何匹も寄生したと考えると、あまり時間の猶予はないのかもしれない」


 複数が寄生したからと言って変化までの時間が早まるというものでもないかもしれないが、と乾が付け足す。


「どちらにしろ、今後どうすべきかを急いで考えなければならないと思う。しかし──」


 乾は野上を見た。


「野上さん。皆を守る立場でありながら同じグループに属する方の今後を考えなければならないというのはかなり──酷な話だが……」


 野上は首を振る。


「確かにそうですが──だからこそ、一緒に考えたいんです。どうする事が、村田さんにとって──最善なのか……」


 分かりました、と乾は頷いた。


「出来るだけ、本人達の意見を尊重するつもりでいます。ですが──既に校長室に集まっている方々は多少興奮していてね。事態が事態なだけに、冷静に話し合う事は難しいかもしれない」


 野上にとって、それは想像に難くない。

 寄生生物については、乾達と南門で話し合った時に村田や乾から話が出ている筈だ。

 だとすれば、警備班員とその女性は──この後、自分達の身に何が起きるか知っている事になる。


 ──自分が化け物(マンイーター)になる──


 冷静で居られる筈がない。

 先程、保健室で変化した平田本人は、その事を知らなかった。知らないまま、人事不承となった。

 それはそれで──言葉は悪いが、幸いといえば幸い、だったのかもしれない。

 だが今回は──


 ──六人全員が、それを知っている。


 野上と乾が間に入ったところで解決策が見出だせるかどうか……


 野上は小さく首を振る。


「──とにかく行きましょう。ただ、乾さん。俺は──俺も、冷静では居られないかもしれません」


 分かってます、と乾が頷いた。


「そちらの方も──一緒に来られますか?」


 乾が佐々木に向かって問う。

 佐々木です、と名乗ってから、佐々木は頷いた。


「村田さんと君江さん、京介君が心配なので──」


 乾は一度うん、と頷き、職員室を出た。野上と佐々木も後に続く。

 コンコン、と校長室のドアをノックし、乾はドアを開けた。


「皆さん、お待たせして申し訳ありませんでした」


 入室して直ぐに乾が頭を下げる。

 野上は校長室内を見渡した。


 やはり室内はそれほど広くなく、正面奥には校長の物と思われるデスクがあり、その手前には、コの字形にソファが設置されている。

 奥のソファには、体格の良い男が堂々と座っている。左右は三人掛けになっていて、左側には野上がまだ会ったことの無い三人の男、そして右側に──村田と女性が座っていた。

 座っている者達は皆、村田と同年代のようである。

 そのソファを囲む様に、大勢の人が立っていた。その中に、君江と京介の姿があった。村田の後ろで静かに立っている。


 遅えよ乾さんよ、と奥の体格の良い男が苛立たしげに言った。

 まぁまぁ落ち着いて昇三さん、とすぐ隣に立っていた四十代ぐらいの男が宥めた。


「喚くな昇三。見苦しい」


 村田が呆れた様に言う。

 うるせえ馬鹿辰、と昇三と呼ばれた男が立ち上がる。


「こんな時だってぇのに、何でお前はそう──落ち着いていられるンだ!」


 まぁまぁまぁまぁ、と昇三は再び宥められている。

 止めてくれるな後藤さんよ、と昇三が宥める男を押し退けようとして──やめた。昇三はどっかとソファに腰を沈めた。


「大人になったな昇三。乾さんも来たことだし、そろそろ始めようか後藤さん──おや」


 村田はそこで漸く──野上に気付いた。


「野上君、悪いな。少しは──休めたのか?」


「村田さん──」


 ──こんな時にまで……俺を気遣うのか──


 野上は改めて村田を見る。

 着ている衣服の肩、襟から胸や腹の辺りまで染みが広がっている。顔や頭は拭いたのだろうが、まだ少し赤い所がある。そして──


 頬や首に──小さな穴が開いていた。


 野上の視線に気付いた村田は、微かに笑み──ゆっくりと頷いた。


 それでは、と後藤と呼ばれた男が、校長室内に居る者達に向け、話し始めた。


「乾さんも来られたようですし、そろそろ──あ、機動班の野上さん、ですね。では皆さんを紹介致しますね──」


 私は警備班班長の後藤と申します、と頭を下げた。


「野上さんから見て向かって左側の方々が、斉藤さん鹿島さん田中さん、正面の方が原昇三さん、右側は──村田さんと小林千恵子さん、です」


 それを受け野上は頭を下げた。

 その後ろに立つ人々が恐らく各々の関係者だろう。


 乾が一歩前に出て、皆に話し掛ける。


「早速ですが、皆さんの今後について──話し合いたいと思うのですが」


 今後って言ってもよ、と真っ先に切り返したのは原昇三だった。


「俺達ゃあ化けモンになっちまうンだろ? 今後もへったくれもねえだろうが!」


 周囲に居る関係者達がざわつき始めた。

 警備班員の一人、斉藤が口を開く。


「俺達を──俺達が化け物になる前に、殺すつもりなんだろ?」


 より一層、関係者達が騒ぎ出した。


 乾が眉間に皺を寄せる。


「待って下さい──」


 乾の言葉を遮る様に斉藤が続ける。


「聞いたんだよ、さっき。ここに来る間に居た若い連中が噂してた。ちょっとでも疑わしいヤツは機動班に殺されるんだ、ってな」


 関係者達が驚きの声を上げ、更に騒ぐ。

 冗談じゃねえ、と昇三が再び立ち上がった。


「殺される位なら俺達ゃあ小学校(ここ)を出るぞ。なあ皆」


 斉藤、鹿島、田中が昇三に賛同する。

 村田と小林千恵子は──黙ったままだ。


 警備班員の家族達が一斉に乾を責め始めた。

 後藤が間に入り、落ち着く様懸命に呼び掛けるが焼け石に水だった。


 怒号や罵声が飛び交う中、昇三が村田と千恵子に向かい、


「辰、お前も黙ってねえで何とか言え。千恵子さん、アンタは俺が──守ってやるからな」


 村田は額に手を当てて天井を仰ぎ、はぁ、と大きく息を吐いた。

 千恵子は、あらどうも、と小さく頭を下げた。


 野上は発言──何を言うべきかすら定まっていなかったが──のタイミングを逸し、ただ見ているだけの格好になってしまっていた。


 野上さん──と急に呼ばれ、野上は声のした方を向く。

 声の主は村田の後ろに立っている君江だった。


「野上さん。あなたはどう思ってるの? 本当に……この人達を──お父さん達を──殺」


 君江! と村田が怒鳴った。

 君江は大粒の涙を溢している。


「それ以上は言うな君江」


 君江が声を上げて泣いた。隣に寄り添って立つ京介が君江の肩に手を置く。


 村田はゆっくりと立ち上がり、野上君、と呼んでから京介の方を向き、


「京介。君江の──母さんの傍に居てやってくれ」


 京介が黙って頷いたのを確認してから村田は野上に歩み寄る。


「野上君。少し──外で話さないか。ここじゃあうるさくてかなわん」


 特にあの馬鹿(昇三)が、と村田は苦笑した。


 ──村田さん……やけに落ち着いているな──


 その表情からは村田の胸の内を推し測ることが出来ない。


 ──だが……。


「──分かりました。ちょっと待ってて下さい」


 野上は、先程から自分の前に立ち、非難の集中砲火を浴びている乾の横に行き、


「すみません。村田さんと少し話してきます」


 これだけ罵声や質問の矢面に立ちながら、乾は堂々と対応している。乾は野上から村田へとゆっくり視線を移し、頷いた。


「では二人が戻るまで結論は出さずに待ちます。こっちは俺に任せて、野上さんは──」


 乾は野上の肩に手を置き、一度、少し強く掴み、静かに頷いた。

 野上はもう一度すみません、と言い、村田に目配せをして校長室を出ようとした。


「辰さん、私もそっちに行って良いかしら」


 野上が振り向くと、先程まで村田の隣に座っていた小林千恵子がすぐ後ろに来ていた。

 村田が再びはぁ、と溜め息を吐く。


「千恵子さんはここに居ろ──と言っても無駄か」


 勿論ですとも、と千恵子がにこやかに言った。

 すまんな野上君と村田が苦笑する。


「いえ、村田さんが良ければ俺はそれで構いませんが」


 千恵子がありがとう、と野上に言った。

 では、と野上は二人を外へと促した。


「野上さん──私も行きます」


 佐々木の声だった。

 野上が村田の表情を窺うと、黙って頷いた。


 野上と村田、千恵子、佐々木は校長室を出た。

 廊下には避難住民が陣取っていて、座っていたり横になっている。野上達はそれを避けながら廊下を進み、校舎の外に出る。

 さすがに少し肌寒い。照明は必要最低限に落とされ、夜空を見上げると星が幾つか瞬いているのが見えた。

 野上達は第二校舎と体育館の間のちょっとした広さのある場所に来た。


「この辺で良いだろう野上君。よい、しょっと」


 村田が腰を下ろす。野上はその向かいの壁に寄りかかった。千恵子は村田の隣に、佐々木は野上の横に立つ。


 暫しの沈黙の後、口を開いたのは──村田だった。


「野上君。一つだけ、確認させてくれ。勿論、確証なんか無いだろうから君の推測で構わん」


 静かな物言いであったが、それだけに余計、野上は不安になる。


「寄生されてしまったら──今のところ、助かる術はないな?」


 野上は息が止まり、胸が締め付けられ、思わず村田から目を逸らした。


 ──駄目だ。向き合わなきゃ……


「──恐らくは……そう、です」


 それだけ言って、野上は小さく頷いた。


「そうか……うん」


 村田はふぅ──と息を吐き、自分の太股をパンと叩き、わかったと言った。

 野上は再び村田を見る。村田は真っ直ぐに野上を見つめ返した。


「結論から言おう。やっぱり俺達は──小学校(ここ)を出ようと思う」


「村田さん──」


 その申し出──いや、その結末は野上にとって最良なのかも知れない。

 私情を挟まず客観的に考えたとして──村田達を隔離、監視した所で結果は見えている。しかも一度に六人である。その労力と精神的ダメージは大きく、事前に拘束出来たとしても戦闘になった場合は人的な被害も出るだろう。

 野上自身、やはり村田を監視、最終的には殺害せざるを得ないという行為はやりたくない。


 しかし──機動班副班長という立場上、このまま村田達を小学校から出させる訳にはいかない。

 前に起きた平田の一件で、野上が自分で平田の妻に言った様に、マンイーターと化した六人がその後この小学校を襲撃する可能性がある。


 ──なら……やっぱり隔離して監視するしか──


「安心しろ野上君。出て行った後──俺達が戻ってくるような事はない」


「──え?」


 野上の葛藤を見抜いたかの様な村田の発言だが、野上はすぐには理解出来なかった。


 ──戻ってくるような事はない……?


 村田は、野上と佐々木が立っている後ろ──校舎の壁を見つめている。


 ──まさか……。


 野上は言葉の真意に気付く。

 全身から血の気が引いて行くような感覚。


「村田さん──」


 ──変化する前に──死ぬつもりなのか……?


 頼みがある、と言って村田は自分のズボンのポケットから鍵を取り出して見せた。車の鍵の様だ。


「この後、校長室に戻ったら──俺も皆の意見に賛成する。それで──」


 村田はキーホルダーの輪の部分に指を通し、鍵をクルクルと回す。


「野上君に俺の家から車を取って来てもらうように頼む。家はここから歩いて5分くらいの所にある」


 後で地図を書いて渡すよ、と村田が頷く。


「俺らがこの小学校に避難する時、ここまでの道に放置車両はなかったから多分大丈夫だと思う」


 よいしょ、と村田はゆっくり立ち上がり、再び車の鍵をポケットにしまった。


「その車に六人全員で乗って、道を選んで出来るだけ遠くに行く、と。まぁ、こんな感じだ」


 数回、尻の土を払い落とし、村田は千恵子の方を向いた。


「悪いな千恵子さん。最後の最後に、アンタを巻き込んじまった」


 あなたが謝ることじゃないでしょ、と千恵子が笑う。


「辰さんの言う通りにしなかったのがいけなかたったんですから。あ、辰さんも一緒になって覗き込んでたんでしたっけ」


 ばつが悪そうに笑ってから、確かにそうだな、と村田が言った。


「村田さん──俺は、俺は……」


 野上が漸く声を絞り出す。


「本当に、こんな時になにも──力になれなくて……」


 良いんだ野上君、と村田が野上の肩を叩く。


「そう自分を責めるな野上君。君はもう──十分にやってくれている。ありがとうな」


 ありがとうな──その言葉を聞いた途端、必死に堪えていた野上の涙が一気に溢れだした。


 村田は野上の肩を強く掴み、しっかりしろ野上君、と笑いながら優しく励ました。

 ああもう一つ頼みがある、と村田が続ける。


「君江と京介を頼む」


 そう言って、村田は深々と頭を下げた。


 野上は言葉を発することが出来ず、声を上げて泣き出しそうになるのを堪える。


 じゃあ先に戻ってるよ、と村田が校長室のある第二校舎に向かって歩き出した。千恵子も頭を下げ、村田に付いて行く。


 野上と佐々木は、二人の後ろ姿を見送る形になった。


「野上さん……」


 佐々木が野上に近付き、呼び掛ける。


 野上は佐々木の方は見ずに、俺は──と呟く。


「俺は──最低な人間だ」


 唇を噛み、拳を握りしめ、肩を震わせている。


「村田さんの申し出を聞いた時、俺は──ホッとしてしまった……結局俺は──村田さんの為にとか言いながら……! 自分の事しか──」


 自分の感情をぶちまけ始めた野上を


 佐々木が──優しく強く抱きしめた。


「私は──村田さんは勿論、君江さんや京介君の事も心配だけど──一番心配なのは──」


 野上さんなんです──と佐々木が囁いた。

最後までお読み頂き、ありがとうございます。

うーん、なかなか自分の思った通りには進まないものですねぇ。そこがまた書いてて面白いんですけどもね。

私、メールで書いて送信しているんですけど、送信する前に何度も読み返し、納得したら送信してアップする前にまた読み返して、なんてやるものですから時間がかかってしまうんです(笑)今回もアップする直前に読み返して「あれ?」となってまた手直ししてました(笑)

気長にお待ち下さった皆様、本当にありがとうございます!

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