最終話
俺達は何とか敵の追撃を振り切ろうと馬を走らせる。しかし、後ろからは黒い旗の集団が猛追してくる。このままでは逃げきれそうにない。俺のほかには紅の翼の生き残り。それと、他の傭兵団も幾らかは残っている。全体としては後ろから追いかけて来る敵とほぼ同数。
やれるか? しかし、他の傭兵団の人間が俺の言葉に従ってくれるだろうか? しかし、ここでやらなければ恐らくこのままじりじりと追い詰められていくだけだろう。そうすれば今よりも状況は悪くなる一方だろう。
そう考えていた所で目の前に大きな谷が見えてくる。橋は見当たらない。
『クソ! 追い詰められた!』
まさか敵はこれを狙っていたのか? さすがにそんな事は無いだろう。あくまで偶然だろう。しかし、これであいつらと戦わざるおえなくなった。
「みな、聞いてくれ! このまま逃げてもどうせすぐに追いつかれるだけだ。ならばここで戦おう! 戦って、そして勝利して帰ろう! 紅の翼だけじゃなく、他の傭兵団の者も協力してくれないか? 頼む!」
俺の言葉が届いたのか、周りの皆は谷を背に黒い旗の集団に向き直る。
「解った。俺たちの命、あんたに預けよう! 今から俺達は紅の翼の指揮下に入る」
「すまない。 みんなでここを生き残ろう!」
「で、どうするんだ? 数は同じくらいだが、向こうは俺達みたいな寄せ集めじゃない。それにさっきの戦いに勝利した軍だ。士気も高いだろう。どう戦う?」
確かにこの男の言う通りだろう。しかし、何としなければいけない。背中には谷、前には黒い旗の軍。どうする……
そこで俺は想いついた。これならば行けるかもしれない。
「とにかく、今いる全員で横隊を組んでくれ、できるだけ広く取ってほしい」
「しかし、そんな事をすれば、敵に中央を付かれて分断されてしまいやしないか?」
「それが狙いだ」
「どういう事だ?」
「横隊を組んで、守りに着く。そして、敵が中央を付いて分断を図ったところで、俺達は左右に分かれて、敵の背後に回り込む。そして、敵の背後から襲い、敵を谷に突き落とす!」
「なるほど……しかし、そううまくいくか? 俺達がうまく動けるかは解らないぜ? なんせ連携を取れるように訓練なんかしちゃいない。一つ間違えば、俺達が谷底なんてこともあり得るぜ?」
「ああ。解ってる。しかし、今はこれ以上に考えれる手がない。皆の働きに期待するしかあるまい」
男は少し考える。そして、頷く。
「解った。確かにそれしか手はなさそうだ。あんたに命を預けた身だ。あんたに従おう」
「すまん。早速だが、取り掛かってくれ。敵は待ってはくれない!」
俺の言葉で傭兵たちは動き出す。何とか形にはなりそうだ。そして俺達が陣形を整える間に、黒い旗の軍は俺達の正面で矢じりの様に陣形を整えている。もう間もなく、最後の戦いが繰り広げられるだろう。しかし、俺はこの戦いで死ぬわけにはいかない。イーリスにはクラウディアと、まだ幼いリーゼロッテが待っている。こんな所で死ぬわけにはいかないんだ!
そして、黒い旗の軍団は、俺達にゆっくりとにじり寄ってくる。そして、一定の距離に近づくと、そこから一気に駆け寄ってくる。
「よし、敵軍が中央に差し掛かったらタイミングよく左右に別れろ! いいか、タイミングを間違えるなよ!」
俺はちょうど横隊の真ん中にいて、全隊を見ながら指揮を執る。もう少しだ! 後少し待て……よし!
「今だ!」
俺の合図で、横隊は左右に分かれ、敵は肩透かしを食らったかのようにそのまま谷の方に向かう。しかし、さすがに谷に落ちる者はいない。だが、俺達が背後から切り掛かる。しかし、何かがおかしい……だが、今はそんな事は気にしていられない。このチャンスを逃せば俺達はもう生きて帰る事は難しいだろう。とにかく今は目の前の敵を撃つしかない!
「敵を谷に追い詰めろ! かかれ!」
俺の合図で一斉に谷に背を向けた敵軍に襲い掛かる。しかし、敵軍はそれを予測していたかのように、平然と対応する。しかし、それでもこちらの勢いに呑まれたのか、じりじりと谷の方に追い詰められる。
よし、行ける! 俺がそう思った時、背後から急襲された!
「馬鹿な! なぜ背後に敵がいるんだ!?」
そこには黒い旗の軍団がまだ残っていた。いったい何故だ? そう思い、俺は谷に背を向けている軍に眼を向ける。そうか、さっき感じた違和感はこれだったか!
「まさか、敵が部隊を二つに分けていたとは!」
俺達は挟撃される形になってしまった。くそ! これで終わりか……
そう思った時、俺の目の前に飛び込んでくる白銀の鎧。どこかで見覚えのある様な……
「クラウディア!」
「すいません、あなた。言いつけを守れませんでした。しかし、どうしても、あなたのお傍にいたくて追いかけてきました」
クラウディアに連れられた兵は何とか俺達の前に辿り着いた。しかし、その数は少なく。この劣勢を覆せるほどではない。どうする? 仕方ない、このままでは、全滅だ。降伏しよう……俺の命を差出せば、他の者は助けてもらえるかもしれない。せめてクラウディアだけでも何とか……
「敵の将に告げる。俺は紅の翼団長、ブルース・イーリス・オーフェンフィールドだ。貴軍に降伏する!」
俺は戦場に響き渡るような声を出す。その瞬間、周りの音が少しずつ、止んでいく。そして、俺の目の前に敵の将が現れる。
「ふん。まさか、ブルースだったとはな」
目の前に現れたのは、ザイーツだった!
「ザイーツか!? なぜこんな所に?」
「それは俺が聞きたい! なぜ、こんな所にお前がいるんだ? 本来なら、俺達イーリスの傭兵はこんな所で戦う事は無いはずだが?」
「俺にも解らん。いったいどうなっているんだ? しかし、ザイーツなら話は早い。戦闘を終わらせる。何とか他の者は逃がしてやってはくれないか?」
顎に手を当てて考えるザイーツ。
「ふむ……そうだな。これ以上は無駄な犠牲がでる。それに味方同士で戦うのも馬鹿らしいな」
ザイーツの言葉に俺はほっとした。これで、俺達はイーリスに帰れる。リーゼロッテの顔も見れる。良かった。
「しかし……」
ザイーツは不気味に笑う。
「俺は昔からお前の事が気に喰わなくてな。お前には消えて貰いたいと思っていた。何度か、暗殺も試みたが、失敗に終わったがな。しかし、今お前の生殺与奪権は俺が握っている訳だ……」
「何を言うのですかザイーツ! そんな事が許されるとでも思っているのですか?」
クラウディアはザイーツにそう言い放つが、ザイーツは全く聞き入れるつもりは無いようだ。
「クラウディア、お前は今の状況が解っているのか? まあ、お前が泣いて許しを請うなら、お前だけは助けてやってもいいが……どうだ?」
「誰がお前の様な者に!」
強気に言い放つクラウディア。
「どうだ、ブルース。お前の命と引き換えにクラウディアを助けたくはないか? なんならその後の面倒も見てやってもいい」
「本当にクラウディアは助けてくれるのか?」
「ああ、お前の命と引き換えに助けてやらん事も無い」
「解った……やれ」
俺にはもう選ぶ権利は無い。俺の命でクラウディアが救われるのなら、それで十分だ。
「そんな事はさせません! あなたがいないのなら私は生きていても仕方ありません!」
そう言うと、クラウディアは腰に下がった剣を抜き、ザイーツに切り掛かる。しかし、クラウディアの件を軽々掴み、逆にクラウディアの鎧の隙間にその剣を突き刺す。
「残念だ。俺の物になればもっと長生きできたものを」
そう言ってザイーツはクラウディアの身体から剣を引抜く。そして、クラウディアの身体を俺の目の前に投げ捨てる。鎧の隙間から流れる赤い液体。クラウディアの顔はどんどんと血の気を失い、白くなっていく。
「クラウディア! クラウディア! しっかりしろ!」
「あなた……申し訳ありません。あなたの言いつけを守らず、こんな所まで来てしまって……でも、どうしてもあなたと……離れたくなかったのです……」
「いい、もうしゃべるな!」
クラウディアの意識は朦朧としてきているのだろう。うわ言の様にリーゼロッテの名前を呼び出す。
「クラウディア!」
「あなた……ありがとう……ございまし……」
「クラウディアーーーー」
クラウディアの身体から力が抜け、ぐったりとする。
「ブルース。気にするな。お前もすぐに送ってやる。だが、その前に証拠を隠滅しないとな」
俺の中の時間は止まっていた、周りでは今戦っていた仲間たちが漆黒の翼の兵に切り掛かられ、どんどんと倒れていく。しかし、その地獄の様な景色も、今の俺の中には何も入って来ない。また俺は大切なものを守れなかった……もう俺は生きていく自信がなくなっていた。
誰かが俺の名前を呼んでいるような気がする。でも、そんな事はもうどうでも良かった。ただ、俺はクラウディアの亡骸を抱えて、涙する事しかできなかった。もう、俺には……
目の前の男が俺に剣を向けている。何事か言っているが、もう俺には聞こえない。でもわかる事が一つだけある。この目の前の男はこれからその剣を俺に振り下ろすだろう。そうすれば、俺はこの世から消えてなくなることが出来る。ああ……そうだ、それを一気に振り下ろして俺を楽にしてくれ……もう、どうでもいい……どうでも……
振り下ろされた剣は、俺の身体に喰い込み、傷口からは血が流れ出す。痛みもない。俺から流れ出した血は、クラウディアから流れ出した血と混ざりあう。
『クラウディア……これからはずっと一緒だよ……すまないシャーリーン……リーゼロッテ……どうか元気でいてくれ……』
この戦いで行われた同国民同士の悲劇の戦いを最後に、イーリスは傭兵を廃止し、永世中立国として生まれ変わる事になる。尊い犠牲を払い、イーリスは新たな歴史を刻みだす……




