読み合いの外側
第八話のあと。
カイは、ひとつの動作だけを切り取って見るのをやめた。
同じ指の動きでも、
その前に何があったのか。
そのあと何を選んだのか。
残っている札は何か。
点差はどうなっているのか。
前後を含めて見る。
そう決めてから、公開卓の見え方が少し変わった。
その日も賭約院には多くの人がいた。
カイとリグは、中央寄りの卓で行われている勝負を見ていた。
三人制の札遊び。
詳しいルールは、開始前に掲示されている。
各自五枚。
一枚ずつ伏せて出す。
一番高い数字を出した者が、そのラウンドの一点を取る。
ただし、一度使った数字はもう使えない。
全五ラウンド。
単純な勝負だった。
「見るだけ?」
リグが聞く。
「今日は見る」
「最近それ多いな」
「見てからやる」
三人の参加者が札を出す。
第一ラウンド。
左の参加者が、一番高い札を使った。
右の参加者は低い札。
中央は中くらい。
左が一点。
第二ラウンド。
左はまた強い札を出す。
今度は右も強い札。
中央だけ低い。
左が二点目を取った。
カイは手元の紙に書く。
『左、序盤から高い札を二枚使用』
リグが横から覗く。
「攻めてるな」
「そう見える」
「違うと思う?」
「まだ分からない」
第三ラウンド。
左の参加者は、札を選ぶ前に一度だけ残り札を広げた。
そのあと、すぐ一枚を伏せる。
カイはその動きを見る。
札を広げた。
事実。
迷った。
推測。
残り札を確認した。
それも推測。
開かれた札は低かった。
右が一点を取る。
リグが言う。
「今のは温存だろ」
「かもしれない」
「ほぼそうだろ」
「残りを見ないと分からない」
第四ラウンド。
左の参加者の残り札は二枚。
片方は中。
片方は低。
もう高い札は残っていない。
右は高い札を一枚残している。
中央も一枚残っている。
ここで左は低い方を出した。
右も低い。
中央が一点。
「ほら」
リグが言う。
「第三で中を残した意味あっただろ」
「うん」
「温存じゃん」
「結果としては」
リグが少し眉を上げる。
「まだ言う?」
「第三ラウンドの時点で本当に第四を考えてたかは分からない」
リグは黙った。
第五ラウンド。
残っている札は一枚ずつ。
左、中。
右、高。
中央、低。
結果は決まっている。
右が一点。
最終得点。
左、二点。
右、二点。
中央、一点。
引き分け。
勝負が終わる。
リグが言う。
「左、最初飛ばしすぎたな」
「そうかな」
「最後に高い札残ってたら勝てた」
「でも最初に取ってなかったら、途中の流れも変わってたかもしれない」
「そこまで言う?」
「だって、他の二人も残り札見て選んでるでしょ」
リグが少し笑う。
「めんどくさくなってきたな」
「前より?」
カイも笑う。
でも、気になっていた。
第三ラウンド。
札を広げた動き。
あれを見た時、
リグは温存だと考えた。
カイも一瞬そう思った。
結果だけ見れば、その読みは自然に見える。
でも。
もし第四ラウンドで別の札を出していたら。
もし右の参加者が違う選択をしていたら。
同じ第三ラウンドの動きに、
別の意味をつけていたかもしれない。
「あとから見ると、何でも理由つけられるな」
カイが呟く。
リグが顔を向ける。
「何?」
「第三の動き」
カイは紙を見せる。
『札を広げた』
『低い札を出した』
そこまでは事実。
その下。
『次のラウンドのために中を残した』
カイはその文章に線を引いた。
「消すの?」
「消さない」
「じゃあ何?」
「あとからそう見えた、って残す」
その横に書き足す。
『第三ラウンド時点では未確定』
リグが少し考える。
「結果を知ってから見ると、そうだったように見えるってこと?」
「うん」
カイは次の卓へ視線を移す。
さっきの参加者が、別の相手とまた勝負を始めていた。
今度は第一ラウンド。
同じように札を広げる。
でも出したのは高い札だった。
リグが笑う。
「温存じゃないな」
「うん」
「じゃあ癖?」
「それもまだ分からない」
二人とも、しばらくその参加者を見る。
二回目。
札を広げる。
今度は低い札。
三回目。
また広げる。
中くらい。
カイは紙へ書く。
『札を出す前に残り札を広げる。複数回確認』
その横の『考えたこと』は空白。
リグが見る。
「今回は何も書かないんだな」
「まだ書けない」
結果を知ったあとなら、
いくらでも意味は作れる。
勝ったから、この判断が正しかった。
負けたから、この判断が間違っていた。
そう見えるだけかもしれない。
カイは少しずつ、それを分けて考えるようになっていた。
相手の動き。
その時点で分かっていたこと。
その後に起きたこと。
そして、
あとから自分がつけた意味。
同じ記録でも、
見る時点が違えば意味は変わる。
カイは新しく欄を一つ増やした。
『その時点で分かっていたこと』
リグが覗き込む。
「また増えた」
「うん」
「紙足りるか?」
「そのうち大きくする」
リグが笑う。
勝負を読む。
そのために必要なのは、
相手を見ることだけではなかった。
自分が、いつ何を知っていたのか。
それも残しておかないと、
あとから都合よく意味を書き換えてしまう。
カイは紙の端へ小さく書いた。
『結果を知る前と、知った後を混ぜない』
それは、
今までより少しだけ大事な線に見えた。
【今回の補足】
今回は、勝負の結果を知ったあとに、
過去の行動へ意味をつけすぎないようにする話です。
たとえば、
「第三ラウンドで低い札を出した」
「そのあと第四ラウンドで中の札を使った」
という流れを見ると、
「第三ラウンドでは、第四ラウンドのために中の札を温存した」
ように見えます。
でも、第三ラウンドの時点では、
本当にそこまで考えていたのかは分かりません。
結果を知ったあとだと、
前の行動が最初から意味のあるものだったように見えやすくなります。
そこでカイは今回、
「その時に見えていたこと」
「あとから分かったこと」
を分けて残すようになっています。
同じ記録でも、
結果を知る前と知ったあとでは見え方が変わる。
今回は、その違いを意識し始めた回です。




