視線の重なり
それから、二週間ほどが過ぎた。
学校。
父の店。
賭約院。
カイの生活は、いつもの形を保ったまま進んでいた。
小さな賭約にも何度か参加した。
勝敗はばらついた。
ただ。
最近は、卓につくと以前より視線を感じることが増えていた。
札を見る。
条件を見る。
相手を見る。
その順番を、見ている人がいる。
放課後。
カイは賭約院の中央区画で、新しい公開卓の説明を読んでいた。
『揺らぎの選択』
三人参加。
使う札は赤、青、白。
ただし、毎ラウンド開始直前に追加条件が一つ公開される。
同色禁止。
直前に使った色の再使用禁止。
相手の色予測が当たれば追加点。
一部の公開情報を隠す。
条件はいくつか用意され、その中から毎ラウンド一つだけ適用される。
参加者は条件を確認してから札を選ぶ。
得点下位の一人が一定ラウンドごとに脱落し、最後に残った二人で最終勝負を行う。
カイは説明票を最後まで読んだ。
「参加する?」
受付の職員が聞く。
「うん」
今回はすぐ答えた。
条件は分かった。
分からないのは、どの条件が次に出るかだけ。
それなら。
分からないままでいい。
参加登録。
卓へ向かう途中。
何人かの視線がカイを追った。
一人が小さな声で言う。
「最初に条件見るぞ」
別の声。
「そのあと相手だろ」
カイにも聞こえた。
以前なら。
気にしないようにしたかもしれない。
今日は違う。
聞こえた。
自分が見られている。
それを、そのまま条件へ入れる。
卓には、すでに二人いた。
一人は何度か公開卓で見たことがある。
もう一人は知らない。
名前を覚える必要は、まだない。
立会執行官が第一ラウンドの条件を表示する。
『直前使用色なし』
最初のラウンドなので制限なし。
全員。
赤、青、白。
三択。
カイは自分の札を見る。
次に条件。
それから二人を見る。
左の参加者は、カイを見ている。
右も。
二人とも。
カイより先に、カイを見ている。
少しだけ面白かった。
「何?」
左の参加者が聞く。
「二人とも俺を見てる」
「そりゃ見るだろ」
「なんで?」
「最近、君の選び方が読めるって話になってるから」
右の参加者も笑った。
「最初に条件整理してから相手見るんだろ?」
カイは一度、自分の札へ視線を戻した。
「そう見えるんだ」
第一ラウンド。
カイは青。
左は白。
右は赤。
赤が青に勝つ。
青が白に勝つ。
三人の関係が一周する。
この形式では単純勝敗にならず、相性得点を一人ずつ計算する。
カイ一点。
左〇点。
右一点。
同点。
第二ラウンド。
条件。
『直前と同じ色は使用不可』
カイは青を使えない。
赤か白。
左は白を使えない。
赤か青。
右は赤を使えない。
青か白。
今度は三人の条件が違う。
カイはまず自分を見る。
赤か白。
そのあと左。
赤か青。
右。
青か白。
「やっぱりだ」
右の参加者が言った。
「何が?」
「まず自分の札見た」
「見ないと選べないから」
「でも前はもっと相手見てたらしいよ」
カイは少し考える。
自分の変化を。
他人が知っている。
記録。
観戦。
噂。
それらが重なっている。
第二ラウンド。
カイは白。
左は青。
右も青。
白は青に負ける。
左と右は同色。
カイは得点なし。
左一点。
右一点。
周囲から声がする。
「白だった」
「やっぱり安全側選んだ?」
カイはその言葉を聞いた。
安全側。
自分ではそう考えていなかった。
でも。
外からはそう見える。
第三ラウンド。
条件。
『予測的中で一点追加』
三人はまず、
他の二人のうち一人を指定して、その色を予測する。
カイは右の参加者を選んだ。
予測。
赤。
そのあと自分の札。
今度は。
カイは、あえて順番を少し変えた。
先に右を見る。
それから自分の札を見る。
周囲が少しざわついた。
「変えた」
誰かが言った。
カイの手が止まる。
変えた。
確かに。
でも。
なぜ変えた?
見られていると知ったから。
その事実が条件に入ったから。
つまり。
相手を見る順番まで、
今は勝負の一部になっている。
カイは赤を選んだ。
左は白。
右は赤。
カイの予測は的中。
色勝負は複雑に分かれ、カイは追加点を取る。
合計点が並ぶ。
第四ラウンド。
条件。
『一人の公開情報を隠す』
抽選。
隠されるのは、カイ。
他の二人には。
カイが前のラウンドで何色を使ったか表示されない。
観客には見える。
カイ本人にも見える。
ただし。
対戦相手だけ知らない。
左の参加者が笑った。
「今度は読めないな」
「何が?」
「履歴」
右の参加者が言う。
「でも選び方は見える」
カイはそこで気づく。
情報が隠れても。
自分の動きそのものは隠れない。
何を見るか。
どれくらい迷うか。
誰を見るか。
どこで決めるか。
全部。
相手の目の前にある。
そして。
観客も見ている。
相手がカイを見る。
観客がカイを見る。
カイが相手を見る。
さらに。
相手は。
「カイが自分を見ていること」まで見ている。
視線が重なる。
一つではない。
カイは少し笑った。
「何?」
左が聞く。
「見るだけでも、いっぱいあるなって」
「何が?」
「誰が誰を見てるか」
第四ラウンド。
カイは白。
左は赤。
右は青。
白は赤に勝つ。
赤は青に勝つ。
青は白に勝つ。
また一周。
得点差はほとんど動かない。
第五ラウンド終了時。
一人が脱落した。
残ったのは。
カイと右の参加者。
最終ラウンド。
条件は一つ。
『追加条件なし』
単純な三色選択。
赤。
青。
白。
相手が笑った。
「最後だけ普通か」
「普通なのが一番難しいかも」
「なんで?」
「条件が少ないから」
相手が少し首を傾げる。
カイは自分の札を見る。
三択。
相手も三択。
確定しているのはそれだけ。
でも。
今はそれ以外もある。
相手はカイの選び方を知っている。
カイは。
相手がそれを知っていることを知っている。
さらに。
相手も。
カイがそのことに気づいていると考えているかもしれない。
ここから先は。
また終わらない。
カイは一度、周囲を見た。
何人もの人がこちらを見ている。
そして。
その視線を見た自分を。
相手も見ていた。
カイは赤を伏せた。
相手も一枚選ぶ。
公開。
カイ。
赤。
相手。
青。
赤の勝ち。
最終勝者。
カイ。
周囲から声が上がった。
「やっぱり赤だった」
「最後は読めたな」
「いや、あいつがそれを読んで赤にしたんじゃない?」
別の声。
「その裏じゃないか?」
カイは聞いていた。
でも。
答えはない。
自分がなぜ赤を出したか。
それを全部言葉にする必要もない。
一つだけ分かる。
以前。
相手を見るというのは。
相手の表情や動きを見ることだった。
今は違う。
相手が自分を見ている。
観客が自分を見ている。
自分がそれを知っている。
そして。
相手も、そのことを知っているかもしれない。
全部。
同じ卓の条件になる。
カイは記録票を受け取った。
そこには。
最後に赤を選んだことだけが残る。
視線が何重に重なっていたか。
それは。
やっぱり記録には残らなかった。
【今回の賭博ルール|揺らぎの選択】
今回は三人から始まる勝ち抜き形式の賭約です。
基本で使う札は、
赤
青
白
の三色。
通常の相性は、
赤は青に勝つ。
青は白に勝つ。
白は赤に勝つ。
となっています。
この賭約では、
各ラウンド開始直前に追加条件が一つ公開されます。
たとえば、
直前に使った色は使用できない。
相手の色を予測して当たれば追加点。
一部の公開情報が対戦相手だけ見えなくなる。
などです。
条件は公開されてから札を選ぶため、
参加者は毎回その時点の条件を確認して判断します。
序盤は三人で得点を競い、
規定ラウンド終了時に得点下位の一人が脱落。
残った二人で最終ラウンドを行い、
その勝者が賭約全体の勝者になります。
追加条件によって毎回使える情報や選択肢が変わるのが、
この賭約の特徴です。




