↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/2

後編


 それからしばらく、彼女は行きつけのラーメン屋に姿を見せなかった。それが1週間、そして1ヶ月になった。連絡してみたけど、既読もつかない。とは言っても、理由もなく姿を消すのはこれが一度や二度ではないし、僕は特に心配していなかった。2ヶ月になった。きっとバンドの地方遠征にでも行ってるのだろう。僕は僕で、動画撮影に夢中になっていた。


「慎二。こないだの散歩、あれ良かったよ。ワクワクした」

「慎二くんの動画いいねしといたから。私のもよろしくね」

「いやぁ、お前のラーメン啜る音、最高だわ!」


 ……と、仲間内ではいつも好評だったが、実際僕の動画は伸び悩んでいた。


 本当にこの動画は面白いんだろうか? もしかして親しい間柄にしかウケてないんじゃないか……そんな不安を拭い去るように、僕は必死になって動画を撮影し、仲間の動画やSNSに『いいね』をし、その返礼に仲間から『いいね』を集めた。春先のサークル勧誘にも精を出した。仲間が増えれば、その分『いいね』も増えるのだ。身内以外にウケるには、身内の数を増やす。それが僕の戦略だった。


 もっと『いいね』が欲しい。

 もっと『面白い』って言われたい。

 もっと『共感』を集めたい。


 もう良すぎる、最ッ高に面白い、共感しかない! って言われたい。


 そして、3ヶ月目。

 あれはそう、『散歩』動画の記念すべき300回目を撮影している時だった。吉上がふらっと姿を現したのは。


 その日、僕は気合いが入っていた。300回記念なら普段より再生回数が増えると思ったからだ。この日のために12時間は寝た。この日のために靴もジャージも新調した。この日のためにバイトも休んだ。全てはこの日のために。


 朝8時前。外は良い天気だった。良い感じだ。軽く準備体操し、深呼吸を繰り返す。録画ボタンを押す手が心なしか震えている……落ち着け。普段通り行こう。緊張の最中、一世一代の散歩が始まった。


 思ったより風が強く、肌寒い。僕が慎重に散歩しながら、ブツブツとフリートーク(実際には何度も推敲した台本があるのだが)を喋ってると、河川敷の向こうから、何やら見知った顔が歩いてくるのが見えた。吉上だ。相変わらず全身真っ黒で、大きなギターを背負っている。彼女の方も僕に気がついたみたいで、フラフラとこっちに近づいてきた。


 僕は一瞬、迷った。


 このままフリートーク(台本)を続けるべきか、それとも完全アドリブで彼女に話しかけるべきか。


 正直、ウケる自信はあった。三日三晩寝ないで、AIに何度も推敲してもらった台本だった。だけど、こういう不意のアクシデントを視聴者が喜ぶのも確かだ。


 散々迷った挙句……僕は結局、吉上に話しかけないまま、知らないふりをして彼女の横を素通りした。吉上の方も、途中で僕の様子に、僕が構えていたカメラに気がついたのだろう。黙ってそっぽを向いて、僕の横を通り過ぎた。


 その瞬間、彼女の息遣いが僕の耳元で聞こえた。小さく、何か呟いていたような気もする。僕は意地になって振り向かなかった。僕と吉上の間を、冷たい、冷たい風が通り抜けて行った。



 数時間後。動画撮影は無事終了した。


 結果は上々だった。それまでずっと2桁だった再生回数は、記念回と言うこともあって3桁にまで伸びた。仲間内からもやっぱり好評で、『いいね』の数も今までで一番多かった。僕は嬉しくなって、いつものチャーシューメンに、その日はご褒美の炒飯と餃子まで付けた。


 動画は大成功に終わった……ただ、不思議なことがある。


 あれ以来。

 河川敷ですれ違って以来、吉上の姿をすっかり見なくなってしまった。それ自体は不思議でも何でもなかった。またどっかのライブにでも出ているのか、もしかしたら大学を辞めたのかもしれない。問題は動画の方。


 アップした動画は当然編集しているのだが、編集前の素材に、何故か吉上の姿が、何度見返しても映っていなかったのだ。確かにあの日、僕らはすれ違った。息遣いも聞こえた。それなのに、何も、影すらも映っていない。


 当然のように連絡も取れない。大学の誰に聞いても、教授に尋ねても、学生課に問い合わせても、何故か彼女を覚えている者は誰一人としていなかった。それどころか、元々在籍していたのかすら怪しい。まるで最初からいなかったみたいに、彼女の存在はすっかり消え去っていた。



 あれ以来。

 300回記念動画以来、僕の動画は伸び続けている。卒業したリーダーが、入った会社で人脈やコネを駆使してくれて、僕らの動画は今や信じられないくらい鰻登りに再生回数を増やしていった。


 数年後。大学を卒業し、僕はリーダーの紹介でとあるプロダクションに所属し、晴れて散歩のプロとしてメジャーデビューを果たした。


【動画】シンジさんの散歩が神すぎると話題に[PR]


 動画は相変わらず絶好調だった。数万、数百万、数千万、数億……日に日に画面の向こうで増え続ける数字を眺めながら、だけど僕はいまだに、彼女のことを思い出すことがある。


 仕事は順調だ。だけどあれから、吉上と会うことは一度もなかった。僕は……嗚呼、また数字が増えて行く……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。