栗萌との別れ
◇
数日後。
栗萌には流刑の判が下された。もう二度と、彼女がこの香霞の地に戻ることはできない。
通常であれば死罪となるはずだった。けれど澄珠が必死にやめてほしいと願い出て、千夜がそれを受け入れてくれた結果だった。
大勢の神官に囲まれ、罪人として鎖で拘束されながら、後宮の大門を抜けようとする栗萌の背に、澄珠は咄嗟に声を投げた。
「栗萌様!」
その名を呼ばれた栗萌が、驚いたように顔を上げる。
すぐさま傍らの神官が眉をひそめて注意してきた。
「澄珠様、罪人と言葉を交わすのはおやめください」
しかし、澄珠は構わずに続けた。
この地を離れる栗萌とは、もう今後の人生で会うことはないだろう。その彼女に、これだけは伝えたいと思った。
「いつか、物語を書いてください」
栗萌の目が、大きく見開かれる。
「この列島国家全土に広がるくらい、この香霞の地にまで広がるくらい、素晴らしい物語を。いつかそこで、再会しましょう」
栗萌は唖然とした顔で立ち止まったまま、しばらくの間黙っていた。
そして、ゆるりと口元に弧を描き、呆れ笑いのように笑った。
「……お人好しなお姫様。きっとあなたみたいな人が、物語の主人公になれるのでしょうね」
そう言い残し、栗萌は再び歩き出した。
大門の外へと消えていく背に、花の都を渡る風が吹き抜ける。まるで彼女の更生と、新しい旅立ちを見送るかのように。
澄珠がその背中を見送っていると、隣の千夜が大きく息を吐いた。
「……本当に流刑だけでよかったの? 俺はまだ、彼女のことを許せそうにないけれど」
「私も……完全に許したわけではありませんよ」
あの後、栗萌の背負った悲しい過去を、千夜から聞かされた。
厳しい家柄に生まれたがゆえに歪められた心。彼女がああなったのは、彼女自身が生き方を選べなかったことも要因にあるだろう。
お茶を出し、楽しげに自分の好きな小説を薦めてくれた彼女の全てが悪だとは、澄珠にはどうしても思えなかった。
「でも、栗萌様の言うことは、一部正論だったと思うのです。私が千夜様の隣に立っているのは、たまたま幼い頃から一緒にいただけというのも、そうだと思います」
自嘲気味にそう零すと、千夜は一瞬、黙り込んだ。
澄珠は不思議に思って顔を上げる。
「……どうなさったのですか?」
「いや……俺は、もっと前から澄珠を知ってた」
「え?」
千夜は少し恥ずかしそうに笑った。
「澄珠が後宮入りできたのは、術の発現が早かったからというだけじゃない。俺が神官に命じて君を後宮に呼び寄せたんだ。権力を悪用してね」
意味を問う前に、千夜が穏やかに続ける。
「大丈夫。俺は君が思っているよりも、君のことが好きだよ」
どういうことですか、と聞こうとしたが、その間もなく千夜が歩き出す。
歩き出す千夜の足元には、淡い花々が次々と咲き誇っていく。神格が戻ったばかりで、まだ力を抑えきれていないのだろう。
出会った頃のようだ、と澄珠は思った。
白、桃、紅、紫……花弁の色彩が溶け合い、後宮の地を彩る。
風が吹けば、無数の花びらが宙を舞う。
花の後宮。そんな言葉が頭に浮かんだ。
澄珠はその美しい花吹雪に包まれながら、まるで千夜に抱き締められているような感覚に陥った。
千夜の背を追う。
伸ばした手は、今度こそ千夜に届いた。




