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偽り咲く花神さまの後宮  作者: 淡雪みさ


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偽りの花



 澄珠は硬直した。

 夢で見た光景が、現実のものに近付いていく。

 自分は病気だと言っていた千夜。生きとし生けるものはいずれ消える、と静かに笑っていた千夜。彼の発言のわけが腑に落ちていく。千夜は、確かに自分の死を予感していたのだ。


「自身の存在が消える前に、千夜様はその命をかけて、今代の儀式を無かったことにしようとしています」


 朝風が眉を寄せ、低い声で言った。


「偽りの花は、人と違って言葉が通じる存在ではありません。人知の及ばぬ何かです。だから千夜様は、もう一度花の元に戻り、生まれる前の状態に還ろうとしているのです。そうすれば、偽りの花は〝まだ花神は生まれていない〟と錯覚するでしょう。そして再び、別の存在を生み出すはずです」

「生まれる前の状態……?」


 澄珠は震える声で問う。


「ええ。偽りの花と同化するのです。花神がまだ外にいないと気付けば、偽りの花は再び出産をする。その時、新たな命が次代の花神となります」


 澄珠はふるふると首を横に振った。


「そんなことをしたって、次の花神様がまた栗萌様に認識をすり替えられて、同じことの繰り返しです」


 思わず吐き出した言葉に、朝風は一瞬だけ目を伏せ、それから重い息を吐く。


「……澄珠様。実は私は、今花神の神格を持っているのは、栗萌様自身ではないかと考えています。栗萌様は偽りの花に、自分が花神であると認識させたのです」

「え……?」


 空気が一瞬にして凍りつく。


「花嫁候補の術の情報は、後宮入りする前に、神官組織に全て開示させられます。栗萌様の術では、自分の姿を変えることはできても、自分以外の存在を別の人物の姿に見せることは不可能なはずでした。栗萌様は今――自身の幻術に加えて、偽りの花の力も使っているのでしょう」


 朝風の声は冷え切っていた。


「〝偽りの花〟という名前の由来は、花の神が人を惑わし、偽る力を持っていることにあります。他者の認識をすり替えるというところは栗萌様の幻術に近いものですが、その力は幻術以上。使いこなすことができれば、空間を歪ませ、ないものをあるように見せかけたり、より広範囲で人々の認識をすり替えたりすることができます――貴女様が見た、花庵のように」


 朝風の瞳が鋭く光る。


「栗萌様が神格を握っているうちは、乱暴な真似はできない。偽りの花の怒りを買う可能性があるからです。しかし、千夜様がその身を花へと戻し、栗萌様が花神ではないと証明されれば、偽りの花は栗萌様に力を与えることをやめるでしょう。その時、今いる偽りの千夜様も消える。その瞬間を待って、我ら神官全体で、栗萌様を捕縛します。……それが、千夜様から私に委ねられた、最期の命令でした」


 澄珠はしばらく、声を失ったように立ち尽くしていた。何をどう言葉にしてよいか分からず、ただ心臓の鼓動だけがやけに大きく響いていた。


「……どうして千夜様は、それを私に言ってくださらなかったのでしょう。私、何度もここで、あの方と会ったのに……」


 やっと絞り出した声は震えていた。自分でも情けなく思うほどに弱い声だった。


「澄珠様にだけは言えなかったのでしょう。貴女様に言えば、澄珠様は彼を止めようとするだろうから。そして澄珠様に止められれば、あの方の覚悟は揺らいでしまいます」


 澄珠は息を詰めた。

 ――そうだ。千夜が死ぬのなら止めていた。どんな手を使ってでも。だからこそ千夜は、澄珠に何も告げずに、一人で背負ったのだ。


「わずかに残った花の神の力を用いてわざわざ花庵を創り上げた理由も、私には分かりますよ。彼は最期に、貴女に会いたかったのでしょう。だからこの場所に花庵という仮の宿を造り上げ、自分の姿かたちを無理やりそこに繋ぎ止めた。ここであれば、貴女が来てくれると信じて」


 千夜がずっと花庵にいた理由を、ようやく理解した。自分に会うため。

 視界が滲み、下を向いた。涙が堪えきれず零れ落ちる。


「……あの倉に倒れている私の居場所を突き止めてくださった〝あるお方〟というのは、千夜様ですか?」

「はい。後宮内に咲く花のお声を聞き、目撃情報を募ったようです」

「朝風様が女中に警告したのも、千夜様がおっしゃったからですか?」

「はい。ここから動けぬ千夜様のため、私も定期的にここへ通っていたのですが、どうやら女中に仕事をやらされているらしいという話を聞きまして。あの時の彼は、少し怒っていました」


 澄珠は拳を握り締めた。爪が手のひらに食い込み、かすかな痛みが意識を鮮明にする。

 どうして気付かなかったのだろう。あんなに、近くにいたのに。疑ったことは幾度もあったのに。確信を持てなかった。

 涙が頬を伝い落ち、衣を濡らす。嗚咽が喉を震わせる。

 けれど、いつまでも泣いてはいられなかった。

 澄珠は袖で目を拭い、顔を上げた。


「私が怯えて隠れていた時、千夜様はいつも、私のことを見つけてくださいました」


 澄珠は朝風を振り返り、涙に濡れた目のまま、力強く宣言する。



「今度は、私が見つけに行く番です」





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