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偽り咲く花神さまの後宮  作者: 淡雪みさ


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贈り物



 結局、翌日になっても、その次の日になっても、女中たちの態度は変わらなかった。これまで澄珠に任せっぱなしにしていた炊事や洗濯、掃除まで、自分たちで率先してやるようになった。まるで何かの罰を恐れるように、澄珠がやる前にせっせと片付けてしまうのだ。澄珠が手伝おうとすると、有無を言わせぬ調子で制される始末である。澄珠は首を傾げるばかりだった。

 屋敷のことを全て女中たちがやってくれるので、自然と自由な時間が増えた。澄珠はその空いた時間を、千夜の様子を探ることに費やすようになった。


 雲隠れの術は、他の人に気付かれずに千夜に近付くために役立った。

 観察を続けて分かったことがある。

 昼間の千夜は、ほとんど琴の傍を離れない。他の神官たちが言うように、琴にべったりだ。中庭を散歩すれば腕を取って笑い合い、縁側では肩を寄せて囁き合う。

 まるで周囲の者たちに、琴こそが唯一無二の存在だと見せつけているようだった。

 けれど、彼は夜になるとどこかへ消える。

 おそらく神殿に戻っているのだろうが、中に入っていくところまでは見ることができていない。

 神殿は、たとえ花嫁候補であっても、正式な妻でない限り足を踏み入れることを許されない神域である。澄珠は昔からいつも、千夜と遊んだ後、その白い石段の下で立ち止まり、扉が閉ざされるのを見送るしかなかった。

 何かあるのなら、神殿の中。千夜の変化、その答えは神殿の奥にあるのかもしれない。――でもそこに立ち入ることはできない。手詰まりだった。



 どうしたものかと日々思案を巡らせていたある午後、澄珠の屋敷に、大きな桐箱が届けられた。

 蓋を開けると、淡い桃色の絹にくるまれた小箱が幾重にも収められており、その隅に、さらりとした筆跡で『花影』と書かれている。そういえば最近、花庵に行っておらず、彼と会っていない。


 小箱を一つ手に取って紐を解くと、現れたのは手の平にすっぽり収まる香水の瓶だった。瓶はカットガラスで、宝石のようにきらめいている。銀細工の蓋には細やかな唐草模様が彫り込まれ、蓋を捻れば、ふわりと柔らかな香りが立ちのぼった。

 あるものは甘やかな白檀を基調に金木犀の蜜を思わせる香気を帯び、あるものは伽羅の深い薫りに、わずかに薔薇油を混ぜた異国めいた芳香を放っていた。

 瓶ごとに香りの趣は異なり、それが何十個も並んでいる。


(……もしかして、香水瓶を駄目にしてしまったと言ったから?)


 怪我について聞かれた時に、確かに澄珠はそう答えた。彼なりの励ましなのかもしれない。

 香霞の地で香水は高級品だ。嬉しい反面、このようなものをいただいてよいのだろうかという不安が頭を過ぎる。

 何かお礼をしなければ、と思った。

 花影の顔が脳裏に浮かび、煙管を持つその姿を思い出す。彼の腰帯に挟まれていた煙管入れの布地は、少しくたびれていたような気がする。


――そうだ、煙管入れを作ろう。


 澄珠は裁縫道具を取り寄せ、押し入れの奥から以前買い置きしておいた上質な縮緬を取り出した。

 色は深い藍。花影の着物によく映えるだろうと思ったからだ。


 布地を裁ち、手縫いで細かな返し縫いを進めながら、喜んでもらえるだろうかと想像した。針の進みと共に、思い悩んでいた心が少し軽やかになっていく。誰かへの贈り物を考えるのは久しぶりだった。



 ◇


 数日後、澄珠は完成した煙管入れを持ち、花庵へ向かった。

 入口で一度立ち止まり、自分の作った煙管入れを見つめる。今更ながら、こんなものを与えて迷惑がられたらどうしようと緊張が走った。

 勇気を出して中へ入り、しばらく歩けば、やがて見慣れた縁側が見えてくる。そこには、予想通り花影がいた。背もたれにもたれかかり、静かに目を閉じている。

 長い睫毛が頬に影を落とし、吐息が微かに胸を上下させていた。


 また、眠っている。


 澄珠は足音を殺し、そっと近付く。縁側の板が軋む音さえ立てまいと、つま先で慎重に進んだ。間近に腰を下ろし、じっとその顔を見つめる。


「久しぶりだね」


 花影の目はまだ閉じられたままなのに、口が動いた。

 澄珠の心臓が跳ねる。


(起きてたの……!?)


 思わず手の中の煙管入れを握りしめて後退る。

 目を開いた花影の口元が、悪戯っぽく弧を描いていた。


「……八日」

「え?」

「君がここへ来なかった日数だよ。寂しいじゃないか」


 縁側に手をつき、ゆったりと上体を起こす。その動きは、水面に映る月がゆらりと揺れるように緩やかだった。


「君は心が傷付いた時にここへ来る。だから、君の幸せを望むなら、君がここに来ることを望まないことが正しい。でも君に会えない日々は、少し退屈に感じてしまうね」


 縁側を渡る風が花影の髪をさらりと揺らしていく。


 澄珠は、背の後ろに隠していた包みを、指先でぎゅっと握り締めた。

 本当に渡してよいのだろうかという迷いが、少し溶ける。


「……あの、今日は、辛いから来たんじゃないんです」


 小さく息を整え、一歩、花影に近づく。


「香水を送ってくださいましたよね。それのお礼にしては粗末なものかもしれませんが……」


 唇がわずかに震える。


「……お、贈り物です」


 差し出したのは、睡眠時間を削って丁寧に仕立てた煙管入れだ。淡い色の絹地に、細やかな刺繍を一針ずつ、縫い込んでいる。




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