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偽り咲く花神さまの後宮  作者: 淡雪みさ


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女中の変化



「今日も食事を用意しようか」


 花影の穏やかな声が耳に届き、思考に耽っていた澄珠の意識が現実に引き戻された。

 自分は食べないのに、そんなに毎度食材を用意しているのだろうか、と不思議に思う。


「今日はもう、友人と茶菓子を食べてきましたので……」

「友人?」


 問いと同時に、花影の視線が澄珠の横顔を捕らえる。


「君に、友人がいるの?」


 花影は、意外なことを耳にしたかのような声音で言った。そんなに友達がいなそうに見えるのだろうか……と、澄珠は胸の奥が少し沈むのを感じた。

 間を置かず、今度は別の問いが飛んでくる。


「男の人?」


 澄珠は慌てて首を横に振る。


「い、いえ。他の花嫁候補様で……最近よく、屋敷にお邪魔させていただいているんです。この怪我の手当てをしてくださったのも、その方で」


 澄珠の答えを聞くと、花影はふっと表情を緩めた。まるで子を見守る親のような、柔らかな笑みだった。


「友人ができたんだ。よかったね」


 不思議と安心感がして、澄珠は花影の隣、縁側にそっと腰をおろした。他と違って厳格な神官ではない分、この人になら、花神への疑いを話しても責められない気がした。


「その人とは、一緒に千夜様のことを探ろうとしているのです」

「……花神様のことを? 何故?」

「私、千夜様が突然ひどく変わってしまったように感じていて。まるで、外側は同じで、中身だけ入れ替わってしまったようだと、そう思うのです」


 花影は澄珠の言葉に黙って耳を傾けていた。


「……おかしな話だと思いますか?」

「いや。要人が身を守るために影武者を立てるというのは、昔からよくある話だよ。入れ替わっているというのも、あながち非現実的とも言い切れない」


 「でも」と花影は付け足す。


「本当に、〝中身が変わってしまった〟とするならば、君がそこまでする必要もないだろう」

「……え?」


 優しく突き放すような言い方だった。


「変わってしまったということは、君が求めているその人はもう戻らないんだ。戻らないもののために、君が君の人生の大切な時間を使って尽くし続けるのは好ましくない。彼のことはもう、忘れた方がいいんじゃないかな。君の、幸せのために」


 澄珠は口をつぐんだ。

 胸の奥に、昨日琴から浴びせられた言葉が蘇る。みっともなく過去の思い出にしがみついて――と、彼女は澄珠を的確な言葉で罵った。


 生き物は必ずしも、姿も心も、ずっと同じであるわけではない。琴が暴力を振るうようになったように、人もいつかは変わってしまう。千夜も琴のように、何かの理由で心変わりがあり、変わってしまったのかもしれない。だとしたら、戻らない死者をいつまでも探しているのと同じだ。

  でも。


「私は、卑屈で陰気で、子供の頃から何に対してもあまり執着がありませんでした。諦めることに慣れていました」

「……うん?」

「でも私は、この世で唯一、千夜様のことだけは簡単に諦めたくないんです。過去にすがってみっともないかもしれませんが、千夜様と毎日のように一緒に過ごした日々は、私にとっては宝物のような思い出です」

「…………」

「あの日の千夜様が本当にいなくなってしまったかどうかは、まだ分かりません。諦めるとしても、自分にできることを全て行ったうえで諦めたいのです」


 花影に向かって言葉を重ねるうち、澄珠の中で絡まっていた糸がほどけていくように、気持ちが形を成していった。

 澄珠はやがて立ち上がり、まっすぐに彼を見据える。


「聞いてくださってありがとうございました。おかげで、一人でうじうじしていた心を整理できました。……それでは」


 深く一礼し、雲隠れの術を使って、ふっと花庵から姿を消す。




 残された花影は、煙管の先に静かに火を移しながら、唇に苦笑を浮かべた。


「……まいったなあ」


 紫煙が細くたなびき、夕暮れの空に溶けていった。




 ◇



 澄珠が屋敷へ戻ると、思わぬ変化があった。

 玄関先で待ち構えていた女中たちが一斉に頭を下げたのだ。その顔色は一様に青白く、何かに怯えているようだった。


「おかえりなさいませ、澄珠様……」


 皆の声は何故か小さく、震えていた。


 案内されるまま自室へ入ると、卓上には見たこともないほど豪奢な料理がずらりと並んでいた。香り立つ蒸し物、彩り鮮やかな和え物、湯気を立てる汁物……まるで祝宴の席のようだ。


「お疲れではございませんか。どうぞ、こちらをお召し上がりくださいませ」

「湯殿もすぐにご用意しますので……」

「着物も新しいものを揃えてございます」


 女中たちは恭しく身をかがめ、まるで大切な来客をもてなすかのように気遣いの言葉をかけてくる。


(……こんなにかしこまられたのは、いつぶりだろう)


 まるで後宮にやってきた、最初の頃のようだ。

 胸の奥に戸惑いが広がり、澄珠は卓の料理に手を伸ばすこともできない。女中たちの態度が不審すぎて、毒でも盛られるのでは、今夜殺されるのでは、などと被害妄想を募らせてしまう。


 恐る恐る口にした蒸し物は、警戒したわりには、頬が落ちるほどにおいしかった。




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