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第九話 手探


 『喫茶 天』の火事から3日、天音は未だ学校に顔を出していない。

 新太は朝の会の後、塚原の下へと駆け寄った。

「塚原先生、城ヶ崎の具合はどんな感じですか?」

「それが…… 連絡がつかないんだ」

「親御さんにもですか?」

「彼女に親はいないよ…… 兄と祖父しかいないんだ。兄は甲州会組の若頭、祖父は先日……」

「そう、なんですか……」

「平君、彼女の様子を見に行ってくれないか?」

「どこにいるか、わかるんですか?」

「……わからない」

「じゃあどうしろと」

「でも、この辺り特有の立地条件がある」

「立地条件?」

「そう。近くに食料品店が少ないという立地条件。スーパーが1軒。食料が不足したらそこに来る。そう思わないか?」

 少し期待していた新太の肩がガクリと落ちた。

「そんなことですか……」

「まあいづれの方法にしても、城ヶ崎を頼む」

「頼むって……」


 放課後、とりあえずこの地域で唯一のスーパーに向かった。

 広い店内にはタイムセールの広告とこの時間ならではの割引シールを纏った商品がポツリ、ポツリと陳列されていた。

「うーん。やっぱりいないなぁ……」

 何も買わないで店内を後にするのが心苦しくなった新太は缶コーヒーを1つ買って店内を後にしようとした。

「あれは……」

 スーパーに入るときには気づかなかったが、向かいに小さな本屋さんがあった。

 本屋のガラス越しに見えた後姿は、どこか見覚えがあった。


「おい」

 声をかけられた天音は不意に後ろを振り返る。

「……先生。なんでここに」

 その声はいつもとは違い、今にも破れてしまう布地のようであった。

「偶然見かけたからな」

 新太は今すぐにでも、どうして学校に来ないのか? 生活は大丈夫なのか? 精神的にも大丈夫か?、などと質問したいところだが、なんだか気が引けた。

「やっぱり好きなんだな、ファッション誌。服とか好きなのか?」

「憧れなの……」

「服、じゃなくて女優か」

「うん。私の夢、だった」

 天音は途切れ途切れ声を震わせながら、言葉を振り絞る。

「でも、私は、生まれてくる家を、間違えたみたい…… そう悩んでいた時は、少なくなかった…… でも―――」

 彼女の瞳からポツリ、ポツリと涙が落ちてくる。

「おじいちゃんは、いつも、私に寄り添ってくれた。私に夢を追わせてくれた。周りからどう思われようと、私の家柄がどうであろうと、おじいちゃんは、おじいちゃんだけはいつも私の味方だった。東京のオーディション会場に連れて行ってくれたり、わざわざ高いお洋服を買ってくれたり…… なのに、なのに……」

 新太は天音の肩をポンと叩く。

「……何?」

「城ヶ崎、残念だがおじいさんはもう戻ってこない…… だけど、お前にちょっと提案がある」

「提案?」

「今すぐ学校を辞めろ。というか正しくは休学しろ。それが夢への第一歩だ」

「……えっ!?」

「そして何より、お前に会わせたい人がいる」

 実家でもあった『喫茶 天』が焼失してしまったこともあり、天音は近くの病院で寝泊まりを許可されていたため、3日間そこで過ごしていたという。

 翌日、案外あっさりと天音は谷原中に休学の届け出を提出した。

「結構あっさりだな」

「うん。学校も居心地悪かったし」

「それじゃあ、行くか」

「うん…… ていうかどこに?」

「まあ秘密ってことで」

 天音は新太に言われるがまま、中央本線甲斐大和駅から甲府方面へと向かう電車に乗り込む。

 新太は特別に1週間の間、天音と行動を共にすることが学校側から許可された。

「あとのことはあいつらに」


 ***


 今日の教育実習生は2人だった。

 いつもとは引き締まった表情で2人は朝の会を傍聴している。

 2年1組担任の塚原先生の話は毎日簡潔であった。話は終盤に差し掛かり、もう終わります、といった雰囲気がひしひしと漂っていた。

 生徒の何人かは教室前方の時計をチラチラと見ている。

「それでは今日の私からの話は以上です。それでは教育実習の先生から一言あるようです」

 塚原は2人の方を向き、バトンは渡された。

「皆さん、おはようございます。教育実習生の武田です。本日より城ヶ崎天音さんの休学が決まりました。それに際しまして、聞いた話によると、先日何者かが城ヶ崎さんに脅迫めいた手紙を書きつけ、更にその翌日、城ヶ崎さんのおじいさんが経営する喫茶店が放火されたということで、このクラスの中で、この一連の事件について何か知っている人はいませんか?」

 長々とした話の後には沈黙が待っていた。

「いませんか?」

「…………」

 その長い沈黙の後、生徒の頭だけで生成された黒い地平線の中で、ニョキっと一つの肌色が上昇してきた。

 手を挙げたのは一番前の相沢であった。

「俺、知ってます。その脅迫めいた手紙を書いたのは、テニス部の人たちです」

 その発言の後、クラス内のテニス部が一斉に相沢に視線を浴びせる。

「はあっ? 何言ってんの? 証拠でもあるの?」

 相沢は懐からその手紙を取り出した。

「じゃあ、この文章はどうやって説明するんですか?」

「こ、これ…… ち、違う、私たちじゃない! こんなの書いてない!」

「ふっふっふ。相沢氏、おぬしはその手紙をどこで手に入れたのじゃ?」

 玲奈は相変わらず場違いな口調をかました。

「平先生から貰ったんです。というか、自分が見つけたんですけど」

 そのやり取りを俯瞰的に見ていた委員長の田中が口を挟んだ。

「1限が始まってしまいます。もう醜い争いはやめましょう。一応の証拠は挙がっているんだ。テニス部が疑われるのも致し方はない。職員室で話でもしたらどうです?」

「そうだな。田中の言うとおり、昼休みにテニス部は職員室に来なさい。以上だ」

 塚原も田中の言葉に同調し、朝の会は一旦幕を閉じた。


 昼休み、テニス部の生徒たちは職員室に呼び出されたが、誰一人として事実関係を認めなかった。

 その頃、遥と玲奈は別室で昼食をとっていた。

「気持ち悪いよね、なんか」

「そうじゃのう。新太はどこまで知っておるのか」

 昨日の夜、遥と玲奈には新太からメールが届いていた。

 その内容はほぼ同じであった。

『こんばんは。明日から1週間、訳あって俺は教育実習の現場に行けなくなった。そこで頼みがあるんだが、単位取得のためにも、1週間の間に次の5つのことをしてもらいたい。その1:城ヶ崎に脅迫文が届いたこと、城ヶ崎の祖父の喫茶店が焼失したことをクラスに伝えろ。その2:―――』

「まあ、騙されたと思ってやってみるのも手かもね」

「そうじゃな……」

 玲奈の頭の中に新太の用意周到性、思考能力がフラッシュバックした。

 テニス部に疑念がかけられて以来、テニス部の女子、大原と諏訪はクラスの中で孤立していた。

「大原さん、諏訪さん。ちょっといい?」

 授業後、部活に行く前の2人を遥は捕まえた。

「今朝のことなんだけど……」

「私たちは何もしていませんから! 脅迫も、放火も!」

 真剣な表情で2人が訴えかけてくる。

「わかったよ。2人を信じる。だから少し協力してくれない?」

「協力ですか?」

「うん。2人の考えを知りたいの。2人は城ヶ崎さんにどういう感情を抱いているの?」

「そうですね…… あまり話したことはないですけど」

「あまりいい印象は無いですね」

「どうして?」

「だってお兄さんが、暴力団関係者で田中君とも……」

「田中君?」

「はい…… 田中君にいつも脅されるんです。『俺に逆らったら、城ヶ崎のお兄さんが黙っていないぞ』って」

「なるほど、その2人は繋がっているのか」

「なので私は城ヶ崎さんには正直、あまり関わりたくないです」

「そうなんだ……」

 遥の中で田中に対する不信感が高まった。

 これにて新太からの指示、その2は既遂となった。

『その2:テニス部の味方になれ』


 玲奈はいつも通り、クラスの同胞たちとアニメの話題で盛り上がっていた。

「そうじゃろそうじゃろ! 『シン 2期』いいじゃろ!」

「はい! あのシンくんの俺強ええええええって感じが半端ないっす」

「シンくん、カッコよすぎ! 前回の最後のサイボーグDを倒すシーンなんて、作画マジで神ってましたよね!」

「そうそう! ヤバいよね! あそこ」

「うむうむ。そして最後に幼馴染のクロエを助けて、感動の抱擁! たまらんのう!」

 オタクたちの振り返りは最高潮にまで達していた。

「あっ、そういえば、幼馴染といったら、城ヶ崎さんと田中君も幼馴染だったよね」

「ふむ。そうなのか?」

「はい。そうですよ、確か。だからお兄さんとも……」

「その話はやめようよ」

 田中と城ヶ崎の兄の繋がりが何となく見えてきた、そんな気がした。


 そして遥と玲奈は翌日、新太からの指示、その3を実行に移す。

「皆さん、ちょっとお時間いただきます。実は防犯カメラの映像から、城ヶ崎さんのおじいさんが経営する喫茶店を放火したと思われる犯人が判明しました。この場で公表することもできますが、できれば自ら名乗り出てもらいたいです。嘘をついて黙っているより、自首した方が身のためだと思いますよ。犯人さん」

 一息ついて遥は話を続ける。

「明日には警察に届け出ますので、リミットとしては今日の放課後17時までです。名乗り出る場合は、職員室隣の小教室まで来てください。以上です」

 遥はいつもより冷淡で、鋭い声を意識して、場を引き締めることに全力を注いだ。

『その3:放火犯が分かったという嘘をつけ』


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