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第五話 課題


 早朝6時に起床した後、早速マルクスと散歩しに出かける。

 実はこの頃運動不足で少し腕がなまっている、と感じていた新太にとっては絶好の機会であった。シューズの靴ひもを結びながら、マルクスに声をかける。

「よし! マルクス、行こう!」

「……ワン」

 小さめの声量でマルクスは答える。


 家を出て、ひたすらに南に歩みを進める。開店前の大型スーパー、ファミリーレストランを左手に通り過ぎていくと、国道20号線にぶち当たる。

 信号が青になると、悠々と大型トラックの前を横切る。人通りがまるでないため、新太とマルクスのためだけに20号線の交通網をストップさせているように思え、申し訳ない気持ちになって来るが、別に悪いことをしているわけではない。

 新太はわざとペースダウンさせて横断歩道を一歩ずつ踏みしめる。

 その後は『けやき通り』というその名の通り、道の両脇に何本ものケヤキが植えられている一本道を突き進んでいく。この道を突き進むこと15分、ようやくケヤキの終点を迎え、目の前には、桜が咲き始めている『小瀬スポーツ公園』の入り口に突き当たった。

 時間的にも中には入れない。新太は入り口の信号で来た道をUターンして、家に戻る。

 のんびりしていたら時刻は7時45分、意識高い系の生徒ならもう登校しても良い時間帯であった。

 新太は地味に焦る。小走りで家に向かう。

「マルクス、走らせて悪いな」

「ワン」

 大丈夫と言わんばかりに新太について行く。

 夢中で小走りしていると、数十m前に見覚えのある赤茶髪の制服姿の女子がいた。

 あれは間違いない、と新太は確信するが、一瞬声をかけるのに躊躇する。

 新太は赤茶髪の生徒が立ち止まったのを確認すると、走るのをやめ、歩き始めた。

 新太は今度こそ声をかけようとする。するとそこに先客が現れた。

「あれー? もしかして玲奈? まだそんな格好してるんだぁ、ウケる!」

 そこに現れたのは違う学校の制服を着た女子3人組である。明らかに玲奈を侮蔑した目と態度であった。

「…………」

 玲奈はその女子たちを無視して、歩みを進める。

「無視? キモっ。こっちは折角あんたのオタクごっこに付き合ってやろうとしているのによ!」

 女子の1人が玲奈の腕を掴み、歩道の脇へ投げ飛ばす。

 鞄からアニメキャラのキーホルダーが取れ、落ちる。

 玲奈は地面に倒れこみ、俯いたままである。

 女子たちは何の躊躇もなく、蹴りを数発ずつ加え始めた。

「おらっ、おらっ、おらっ! ウザいんだよ! あんたみたいな金持ちが! 良いよな、そんなオタクごとにツッコめる金があるだけ裕福ってもんだから。あと、まだわかんないかなぁ、ダサくてキモイんだよ、あんた」

 予想以上にヤバいことになりそうだったので、新太はすぐに近くの大人に声をかけた。

 それを聞いて駆け付けた近くの大人によって注意された女子たちは退散していった。

 新太は玲奈のキャラのためにも、今の出来事は見なかったことにして、玲奈に気づかれないように素早く家へと帰った。


 ***


 新太は授業開始5分前のチャイムと同時に教室の中に駆け込んだ。

 新太が少し息を切らしている中、玲奈が近づいて来る。

「ふっふっふ。息を切らしているとは無様だな。童は今日も拠点を死守するために早朝から待機しているというのに」

 謎の設定を会話に盛り込み、挑発してきた。新太は厨二設定を無視して応答する。

「おはよう、玲奈。何時から学校に来ているんだ?」

「大体1時間前だから、7時50分くらいじゃな」

「そうか。それじゃあ、明日はどちらが先に学校に着くか、勝負しようぜ」

 予想外の提案に玲奈は驚いたが、同時に少し嬉しくもあった。

「良かろう! 貴様がどうしてもと言うなら仕方がない。まあ、神の恩恵を被りし童の前では勝てんと思うがな。ふっふっふ」

 新太の計画は始動し始めていた。

 授業開始のチャイムが鳴ってしばらくすると、担任の石橋が教室に入って来た。

「おはよう。今日はいい天気だなぁ。絶好の煙草日和だ」

 ふぅ、と一息ついて、石橋は5人を見渡した。

「早速だが本題に入らせてもらう。昨日も言ったがこのクラスは特別指定されている。その目的は社会貢献だ。逆に言えば、社会貢献だけをしていくというわけだ。学校側はお前らに勉強は必要ないと見ている。それだけお前らの頭の出来は買われているってわけだ。喜べ」

 少し間をおいて、石橋は予め用意していたプリントを配り始めた。

「大体の内容はそのプリントに記載されている。各自で読んでくれ」

 そのプリントにはこう記載されていた。


 ①このクラスの卒業要件は課題達成により習得した単位が、3年間で合計100単位に達することとする。

 ②このクラスでは通常の授業とは別に社会貢献課題を課する。

 ③社会貢献課題は難易度(貢献度合い)によって習得できる単位数が異なる。

 *S級:20単位、A級:10単位、B級:5単位、C級:1単位


 比較的簡潔にまとめられた情報から各々はこのクラスの特別性を理解した。

 石橋は昨日と同様の強張った表情になった。

「お前らに1つだけ忠告しておく…… 課題をなめるなよ。何事にも頭をフル回転させて真剣に臨め。特にSとAは下手すると―――死ぬぞ」

 一瞬にして場の空気が凍りついた。

 石橋はゴホンと咳をして、元の表情に戻り、補足説明を行う。

「課題に関しては毎週月曜日にこの教室の黒板に貼り付けておく。それぞれの難易度から1つずつ出されると思うから、自分たちで選択して履修してくれ。ここまでで質問ある奴はいるか?」

 石橋が5人を見渡すが、特にこれといった反応はなかった。

「それじゃあ、今日は解散だ。帰ってもいいぞ。あ、あと今日は例外として火曜日だけど課題を貼り付けておくから、やりたい奴はやってけ」

 そう言うと、石橋は足早に教室から出ていった。

 時刻は午前9時30分であった。

 野放しにされた5人の生徒はそれぞれで行動をとり始めた。

 金髪のツーブロック、英明はすぐさま帰り支度をして、何も言わずに教室を出ていった。

 青髪ロングのお人形さん、鈴は用意していた本を鞄からおもむろに取り出し、読み始めた。

 緑髪のツインテール、遥と赤茶髪のショートボブ、玲奈と黒髪短髪の新太は昨日と同じようにグループを作って、社会貢献課題について話していた。

 まずは遥が話を切り出す。

「聞いた? 社会貢献課題が単位でそれだけで卒業出来ちゃうんだって、楽かも」

「いや、そうかな? あの先生の目つき、課題は難易度によってはヤバいかもしれないよ」

「童も新太と同感じゃ。先生はあの時明らかに魔界の者に操られたような目をしておった。もしや奴は悪の手先!」

 新太の冷静な分析を玲奈は余裕でぶっ壊しにかかる。

「そんなわけあるか!」

 新太のツッコみは少人数教室にうるさいほど響き渡る。

「……うるさい」

「ああ、ごめん」

 本を読んでいた鈴の指摘が新太にチクリと刺さる。

「ふっふっふ。童に作戦がある」

 玲奈はニヤリと微笑んだ。周りの人間の期待値は下がった。

「協力プレイじゃ! S級を協力してやることで一気にみんなで20単位をもらって、それが5回。これなら最短で1か月とちょっとで卒業要件を満たすことができよう。あとはダラダラと遊んでも良いという訳じゃ。名案じゃろ?」

「ウチも同じこと考えてた!」

「そんな簡単に上手くいかないと思うけどな…… でも確かに協力は一つの有力手段だな」

「そうじゃろ? 童をもっと褒めよ!」

 新太はちょっとイラっとしたので、ここはスルーした。

「じゃあさ、ウチら3人で試しにS級やってみない?」

「正気かよ、遥」

「何? 新太、ビビってんの?」

「ふっふっふ。全く情けないのう」

 玲奈と遥に少々からかわれつつも、新太の頭には石橋のあの言葉がまだ残っていた。

『特にS級とA級は下手すると―――死ぬぞ』


 すると突然教室の扉が開き、1人のこの学校の職員と思しき人物が入って来て、黒板にポスター並みの紙を貼り付け始めた。

 そう、それこそが今週の課題であった。

 今週の課題は3つ。A級、B級、C級が1つずつであった。


 A級:未確定活動(谷原中学校からの依頼)

 B級:荒川河川敷のホームレスの方々に対する炊き出し活動

 C級:ほがらか公園でのゴミ拾い活動

 *明日から取り組み可


 新太の意に反して、何の躊躇もなくA級課題を3人で履修することとなった。


 他のクラスがまだ授業をしている中、8組の生徒たちは下校をしていた。

 新太は玲奈、遥と学校の正門まで行き、それぞれ解散しようとしていた。

「皆はどっち? ウチはこっちだから」

 そう言って遥は北側(酒折駅方面)を指さした。

「俺はあっちかな」

 新太は南側を指さす。「童も同じじゃ」と玲奈も反応する。

「それじゃ、また」

「またねー!」

 遥に別れを告げ、新太と玲奈は一緒に下校することとなった。

「玲奈の家は近いのか?」

「近くない。小瀬くらいまで歩く」

 新太は歩き始めてから玲奈の様子の変化を感じ取った。

 玲奈の厨二病キャラが完全に消えてしまっている。本来ならこれが正常なのだが、新太は違和感を覚えつつあった。

 その後も玲奈から話し始めることは一切なかった。新太が話題を振って、玲奈がそれに無で答える。会話の一方通行もそのうち失せてしまい、謎に重たい沈黙が流れていた。

 沈黙の中、ポツリと玲奈が呟く。

「明日の朝は負けないから」

「そういえば、朝どちらが早く学校に着くかの勝負をしてたんだっけか。完全に忘れてた」

 もちろん新太の発言は嘘である。新太は計画を遂行するために、早起きするのだ。

 玲奈の行動はさっきから違和感ばかりであった。何かに怯えるような、避けているような。自分を押し殺して、新太の後ろに隠れながら歩いているようだった。

「じゃあ、俺はここを右に曲がるから」

「うん。私は真っすぐ」

 別れを告げると、玲奈は一目散に走って帰っていった。


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