第四話 出会
時刻は正午、チャイムが鳴ると昼休みの時間となった。昼休みは1時間設けられており、ほとんどの生徒は昼食を摂る。教室でお弁当を広げる生徒も居れば、学食に行って食べる者、屋上で食べる者、中庭で食べる者、そして中にはトイレで食べる者もいるらしい。
とは言っても入学式の今日は午前中で終わりであったため、半分の生徒は下校していた。
姉の香織はまだ撮影中のため、新太は学食に行くことにした。
新太は手短にトイレを済ませ、再び教室に戻って来た。
どうせなら、と思い新太はクラスメイトを昼食に誘ってみる。
クラス内には赤茶髪の女子、玲奈と緑髪の女子、遥が残っていた。どうやら他の2人は新太がトイレに行っている間に早くも下校してしまったようだ。
「なあ、一緒に学食で昼飯食べないか?」
急に話しかけられた2人は少し驚きつつ、こちらを向いた。
「ウチは別にいいけど」
「貴様の願いとあらば、童も共に歩もうではないか!」
玲奈は持ってきていた傘を手に持ち、高々と天井に振り上げた。そして傘先をこちらに向ける。
「そしてもし貴様が敵国のスパイとあらば、童の聖剣“アンブレラ”が火を噴くぞ!」
「聖剣“アンブレラ”って……」
新太は苦笑いして、後頭部を少し掻いた。
「じゃあ決まりだな。学食に行こうぜ」
3人は校舎に隣接する学食へと歩いて行った。
午前中のみの授業ということもあり、学食を利用する生徒の数は案の定まばらであった。
青龍高校の学食は体育館の半分ほどの広さで、学食の広さではかなりの大きさである。メニューは日替わりでA,B,Cの3つのセットが用意されている。
この日はAは白身魚のフライ定食、Bは野菜炒め定食、Cは唐揚げ定食となっていた。
新太はAセット、女子2人はBセットをそれぞれ注文した。
空いている4人組席を適当に見つけ着席した。
「いただきます」
新太は白身魚のフライを口に運び、直後白米を流し込む。
「うまい! 期待していたのを越えてきた」
「ホント、美味いね。ウチもこの味付け学びたいな」
「ふっふっふ。貴様らはこれごときを美味しいと感じるのか。童には勝てんな」
(勝ち負けってなんだよ……)
「ていうか何でそんな喋り方してるんだ?」
新太は玲奈にストレートな疑問をぶつける。
「童は生まれながらにしてこうなのだ。べ、別にアニメにどっぷりハマってこんな厨二病キャラになったわけでは決してないぞ!」
「そ、そうか……」
新太はその設定を受け入れることにして、話題を変えた。
「ところでお前らはどうしてこの学校を選んだんだ?」
遥は口に含んでいたものを水で流し込んだ。
「ウチは彼と同じ高校に行くためだよ……」
「遥って彼氏いたのか?」
「違う。彼氏じゃなくて、片思いの追っかけってやつ。だから猛勉強した」
玲奈は恋バナになると異常に食いついてきた。
「き、貴様の思い人は誰なんだ?」
「…………言えるわけないじゃん」
遥は玲奈の問いかけに顔を赤面させながら、目を泳がせる。
(なるほどな)
新太は遥の反応から気がつく。
遥が目を泳がせているように思えた視線の先には一人の青年が食事をしていた。
青年は絵に描いたようなイケメンではっきりとした顔立ちをしている。
「ところで、玲奈はどうしてこの学校を選んだ?」
「よくぞ聞いてくれた! 童は俗世と離れ、崇高な神への一歩を歩むためだ。そしてその先には世界征―――」
「わかったわかった。要するに頭の悪い奴らと一緒に居たくないという訳か」
「貴様、理解が速いのう! 童は気に入ったぞ! 褒美として代々伝わる究極奥義“フェニックス・ギア・―――」
「わかった。それはまた今度な」
新太は厨二病の猛攻に屈することなく、巧みに会話を成立させていった。
気を取り直して遥が同様の質問を口にする。
「じゃあ新太はどうしてこの学校に?」
「……なんとなくかな。信頼している人にここを紹介されて、ここを目指したっていう感じ」
いつの間にやら話題は部活動の話へと切り替わっていた。
「ウチはまだ決めていないんだけど、2人は部活とか入るの?」
「童はもう決めておるぞ! 帰宅部じゃ!」
「あ、俺も帰宅部」
予想外の返答に遥は戸惑った。
「帰宅部って、部活動なの? 要するに部活に入らないってことでしょ?」
「違うぞ! 帰宅部というのは日々家に速攻で帰宅し、いつでも敵国の攻撃に備え―――」
「そう、そういうことだ。部活には入らない」
玲奈の主張を遮り、新太は冷静に返答した。
新太の態度に玲奈は少し頬を膨らませ、あからさまに睨みつけた。
「そうか。部活に入らないのか。ウチも帰宅部にしようかなぁ」
3人は昼食を食べ終わり、学食を後にした。
教室に戻るが、これと言ってすることもないので、今日はその場で解散となり、昼の1時過ぎには下校することとなった。
「じゃあね、また明日」
「さらばじゃ、貴様ら」
「おう、またな」
新太は2人と別れた後、香織の携帯に電話する。
「あ、もしもし姉さん」
『新太、もう終わったのー? 早いねー。お姉ちゃん、まだ撮影がちょっと残っているから悪いけど歩いて先帰っていてくれないー。大丈夫、家の地図は送るから』
「わかった。撮影頑張ってね」
『ありがとうー。終わったら速攻で帰るねー』
「うん。じゃあまた」
『うん、またねー』
香織との通話が終わると、家の場所がマークされた地図の写真が送られてきた。
家の場所はここから2キロほど、歩いて帰るにはちょっとだるい。
新太は学校から10分ほど歩き、善光寺駅から身延線に乗車し、最寄りの南甲府駅で降りることにした。
南甲府駅は身延線の中でも数少ない有人駅らしい。駅の改札を抜け、外に出ると数台のタクシーが停まっている。乗せる客がいないのか、タクシーの運転手たちは制服のまま缶コーヒー片手に談笑していた。
新太は目的地に向かうべく、駅を出て右手にある地下道を通る。地下道の中は煙草とアンモニアが混ざったような臭いがほんのり漂っていた。
新太はなるべく息を止め、地下道の中を走り抜けた。案の定、地下道の中には新太の足音が響き渡る。
地下道を抜けた先には小さな公園と閑静な住宅街が建ち並んでいた。少し迷いつつも、無事家へと辿り着いた。
家は見た目ですぐに分かった。周りに2階建ての一軒家が建ち並んでいる中で、4階建てのこの建物は頭一つ抜けていた。
***
夕焼けの春空は今朝の陽気とは一変して、少し暖かかった。
3本の撮影を撮り終え、香織はロケバスで南甲府駅まで送ってもらっていた。
「香織ちゃん、何なら家まで送っていくぜ」
「大丈夫ですよー。少しこの辺りの街並みを歩きながら感じたいので。それじゃ、お疲れさまでしたー! またお願いしまーす」
「うん。じゃあな」
香織を降ろしたロケバスは北の方へと走り去っていった。
一旦その場で深呼吸を済ませると、大きく伸びをした。
「んっーー、はぁ。この味がここの空気かぁ」
香織は新太と同様、地下道を抜けて、小さな公園に立ち寄った。
「なんか懐かしいなぁ。この感じ」
新太は気がついていなかったが、公園には名称があり、『ほがらか公園』というプレートがあった。香織はその公園の片隅にポツリと置かれている段ボールが気になった。
段ボールには黒いマーカーで『里親、求む!』と書かれていた。
段ボールの中には小型のブルドックが捨てられていた。そして図々しいことにその犬には既に名前が付けられており、マルクスと言うらしい。
「捨てたくせに名前は付けるのかー」
香織はポツリと呟き、マルクスを撫でては、躊躇なく抱えて持ち帰ることにした。
「よしよしよしー。もう大丈夫だよー。寒かったねー」
マルクスはまんざらでもない表情をしているようだった。マルクスは一切吠えたり噛みついたりすることなく、早くも香織に懐いたようだった。
***
「ただいまー」
「おかえり、って何その犬?」
「近くの公園で拾ったのよ。あの『ほがらか公園』」
「あ、あの段ボールの中身?」
「何ー? 新太、気づいていたのー? 助けてあげなきゃかわいそうじゃん」
「段ボールは知ってたけど、中身までは……」
久しぶりに新太は香織からお叱りの言葉を受けた。
「じゃあー、罰として新太はマルクスの散歩係ねー」
新太は「まあそれくらいなら」と香織の言葉を受け入れた。
今日から家族がもう1人増え、新太は少し嬉しかった。またマルクスの大人しさに親近感が湧いていた。




