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終幕 道化師がもくろむ夢

「蜀と在野は同盟を結ぶ」


 新しく劉備に就任したイェリエルの方針は三学に新たな風を吹き込んだ。

 イェリエルはもはや在野ではない。蜀に帰還した「在野の帰還者」であると同時に「君主」である。

「同盟」という概念はこれまでの三学には存在しなかった。しかもイェリエルの宣言は在野を魏呉蜀と同じ勢力としてみなすという意味をもつ。

 これがこの先どう転ぶか、まだ誰もわからない。


 生徒会室の生徒会長席についた天月は鼻をほじくっていた。


「おかしいな」


 そして彼の顔に妙な表情が浮かんだ。

 桃寧は副生徒会長の席で問題集と睨めっこをしている。しばらくして彼女は、シャープペンシルを机の上に置き水を飲んでから天月のほうを見た。


「何がおかしいの?」

「いや、なんていうか。この前の俺結構すごかったじゃん。普段とは違ってかっこよかっただろ?」

「自分の目で見てないからよくわかんない」

「それが、かっこよかったんだって。現に俺がいなかったら今の劉備もいないんだからな」


 ちょうどモニターにイェリエルの姿が映っていた。

 テストの時、猫耳帽をつい忘れたせいで、「星のプリンセス」という呼び名が定着してしまったようだ。そんな彼女を見ながら天月は深くため息をついた。


「おかしいぞ」

「だから何が?」


 天月はいつになく真剣な顔で両眼をぎらつかせた。


「なぜフラグが立たないんだ?」

「うん……?」


 桃寧は目を瞬いた。そして反対側に首を傾けた。


「……うん?」


 そしてまた尋ねた。


「普通、こうやって悩みとか事件を解決してやったらフラグが立つもんだろ? 『私には天月しかいないわ~』っていう感じになるはずなんだが。……なのに、この星少女は時々目が合ってもそういう気配が全くないんだよな。顔が赤くなったり、恥ずかしがったりとか、全然態度に出ないんだよ」

「……」

「どうしてかな」

「……そうね。きっと天月の魅力をわかってないんでしょうね」

「そうか? ……っていうか、なんで距離を置くんだよ?」


 桃寧はさっきより1メートルほど離れたところに席を移し天月から遠ざかった。


「気のせいよ。まさか自分の幼馴染がリアルにそんなこと言うなんて、うわ~マジでキモイとかこれっぽちも考えてないわよ」

「グサッ……」


 強烈な一撃が天月の心臓を貫いた。


「フラグとか言っちゃって。漫画の見過ぎで頭がおかしくなっちゃったのかななんて思ってもないから」

「グサッグサッ」

「女を攻略対象にする発言といい……こいつ人生なめてるわね? とかも思ってないわよ」

「グハァァ」


 天月は血を吐きだした。一発一発が容赦なく体に突き刺さる。


「しかも……」

「ストォォォォォップ! お前、幼馴染の心をずたずたにして殺す気か?」


 これ以上ダメージを受けると間違いなく死んでしまう。苦しみもがく天月を見ながら桃寧はシャーペンを軽く噛んだ。


「ねぇ、あなたが副生徒会長? 呂布? 全然そう見えないのに……。あっ、大したことじゃないんだけどね、生徒会長さんについてちょ~っとだけ教えてくれないかしら? 変な意味じゃなくて、私もこれからは蜀を率いる立場だから色々と交渉材料が必要だと思って。……ほ、本当にそれだけよ」


―――子猫のように微かに笑う少女の姿が浮かんだ。


(ああいうのがフラグ?)


 桃寧はドラマチックな恋は信じていなかった。運命の人などとんでもない。人と人との関係は少しずつ築いていくものだ。


(い、いや!  私と天月の話じゃなくて!)


 桃寧は慌てて首を横に振った。


(そうよ。思わず劉備に冷たくしちゃったけど、決して変な意味じゃないもん。あの子はきっと何か狙いがあったのよ。そう! 私はただ天月を守ろうとしただけよ)


 赤兎はソファに座り三国志を読んでいた。ちょうど童卓編だった。貂蝉のことで激怒し童卓に刀を突きつける呂布の姿が書かれていた。それを読んだ赤兎が言った。


「人間の嫉妬はどろどろして怖いですね」

「クリティカァァァル!」


 不測の一撃に桃寧は悲鳴を上げた。

 しばらくして赤兎は本を閉じて伸びをした。腕をぐっと伸ばしてストレッチをすると疲れが取れて身体が軽くなった気がした。


「あれ?」


 一方で生徒会室の雰囲気はかなり暗かった。どんよりとうな垂れている天月と桃寧を見ながら赤兎はうろたえた。


「み、みなさん! どうされたんですか? まるで腐った卵を口に無理やり突っ込まれたような顔をしてるじゃないですか!」

「なんでもない」

「……?」


 天月は空咳をした。

 桃寧の暴言くらいで彼の野望が潰えることはない。男ならハーレム! これはこの世に生まれた瞬間から目指すべき高潔な目標なのだ。天月はいつかはハーレムを作ってみせるという自分の目標を改めて確認した。


「よっしゃ!」

「欲望まみれの男が発する気持ちの悪いファイトですね。まだ死んでないんですか?」


 再確認するや否や強烈な一撃が天月を襲った。


「おい、赤兎。罵詈雑言と普通の言葉は区別しようって俺が何回も言っ……」

「ふふふ。侮られちゃ困ります、ウジ虫。何が『罵詈雑言』なのかもう大体わかりました!」

「な、なに?」


 驚く天月を見て赤兎は嬉しそうに笑った。


「昨日とは違う今日の私。そして今日とは違う明日の私! これが今の私なのです! これまでは理解の段階でしたが、今は完全に身についちゃって思わず活用してしまうほどのレベルにパワーアップしました!」

「意味ねえ!」


 天月は全力でケチをつけた。


「それは違いますよ。今もあなたをウジ虫と呼んだ後、『あ、そういえばこれ罵詈雑言だったわ?』って気づきましたから!」

「だから意味ないんだって」

「意味ありますよ。今私が言ったことは罵詈雑言だって気づいてますからね。だからお詫びします」


 赤兎が頭を下げた。


「えっへん! どうですか? ウジ虫」

「マジで意味ねえって!」


 結局ウジ虫に逆戻りだ。連発された天月の指摘に赤兎は仏頂面になった。


「成果を素直に褒められないウジ虫は嫌いです、ふん!」


 赤兎はソファに戻り、三国志を手にした。〈虎牢関の戦い〉が出てくるところだ。


「おい、お前確か呂布が童卓を殺すページを読んでなかったか? なんで前に戻るんだ? そういえば真ん中のページ以降は開いてもいないじゃないか」


 赤兎は困った顔をした。


「後ろのほうはつまらないんです」

「つまらないって。諸葛亮の登場からが見どころなのに……」

「そういう問題ではなくて」


 赤兎は唇を突き出しだ。


「途中で騎手を変えるなんて。自分がこんなにも軽い女だったのかと思うと全く集中できなくて……」

 赤兎馬の騎手が関羽に変わってからは読んでいないようだ。そしてそれに対して天月はこう答えた。

「騎手なんて毎年変えてるくせに」

「……ウゥ」


 そして息絶えた。

 桃寧はその姿を見ながら首を振った。


「馬鹿」


 隅のモニターにはイェリエルの姿が映し出されていた。

 新たな君主。新たな方式。不安が広がる。しかし蜀の生徒たちの顔はどこか晴れやかだった。


「私は在野。この座についたのも在野のためよ。でもこの座についた以上、蜀も在野も関係ない。今、私の新たな目標はたった一つ!」


 それもそのはず、


「三学制覇!」


 ―――新しい風はとても暖かくさわやかで、そして力強かった。

「ニャオーン♪」

 猫の鳴き声に応え、蜀と在野の生徒たちが一斉に歓声を上げたのは言うまでもない。


       ★★    ★


 週末。

 私立三緑高等学校からバス停で六つほど離れたところに都心の繁華街がある。

 繁華街の中心にある交差点にはたくさんの若者が訪れるカフェがある。いつ行っても常に客であふれ返っている店だ。噂によると芸能人の姿もしばしば見かけられるという。

 そのカフェの窓際に一人の少年が座っていた。

 

 ―――天月。

 

 三学の外では、彼は普段とはイメージが違う。適当に着ていた制服と変なコートの代わりにファンション誌のモデルが着ているような服を格好良く着こなしていた。普段はかけない眼鏡も知的な印象を与えている。


「あの子、カッコよくない?」

「ちょっと若すぎない? 高校生なりたてって感じがするけど」

「そこがいいのよ」


 周りの女性の視線が自然と天月に集まった。今の彼にはそれだけの落ち着いた魅力があった。


「ウム……」


 天月は名牌カードを触りながらレポート用のノートに何かを書いていた。いくら触っても名牌カードは全く反応しない。普段のTCGのような待ち受け画面もなくなっている。

 名牌カードのエネルギーは玉璽から供給される。玉璽の力の影響範囲外であるためバッテリー切れのスマホも同然だ。


「やはり外では全く使えないカードだな。―――徹底してる」


 天月は眼鏡をクイっとかけ直した。そしてカバンからタブレットPCを取り出すと、メッセンジャーにアクセスした。


「ニートだけど天才軍師(憂鬱):Hi~相変わらず週末にはアクセスするんだ。生きてる?」


 メッセンジャーにアクセスするや否や挨拶のメッセージが飛んできた。


「Clown Crown:生きてる」


 天月は簡潔に答えた。


「ニートだけど天才軍師(憂鬱):相変わらずぶっきらぼうだね。女に嫌われるよ」

「Clown Crown:雑談は要らない」

「ニートだけど天才軍師(憂鬱):……ほんと愛想ないのね」


 天月は軽く舌打ちをした。彼の顔からはいつのも面倒そうな表情は見られない。ただひたすら苛立ちを覚えている。


「ニートだけど天才軍師(憂鬱):そういえば、知り合いの情報通から聞いたけど、あんた学校では別人だって? 噂の献帝モード? ククク……一体何? 献帝の亡霊に身体でも奪われたわけ?」

「Clown Crown:うるさい。それも俺だ」


 チャットの相手にからかわれても天月はただ短く答えた。


「ニートだけど天才軍師(憂鬱):ふ~ん。一回見てみたいものね。馬鹿の天月の姿。すごく気になるわ」

「Clown Crown:そんなに面白いもんじゃないさ。他の玉璽代理人とは違ってその低い能力値に慣れてしまったらどうしようもないからな。だからこうやって毎週外に出て呪いを緩和する努力をしているんだ。それに普段の俺の姿を見たければ真面目に学校に来ることだな」

「ニートだけど天才軍師(憂鬱):お断りいたします~。不登校児です~。ニートなのです~。ニートだからニートの生活をしてるんです~。ニート王になることが目標なんでお構いなく~。サンキュ~」


 返事を送って1秒足らずであれだけのコメントが書き込まれた。恐るべきタイピングスピードだ。


「ニートだけど天才軍師(憂鬱):で、前回完成したアプリはどう?使えそう?」


 天月がコメントを書き終わる前にすぐ次のコメントが書かれた。速い。


「Clown Crown:全く」

「ニートだけど天才軍師(憂鬱):なんですって! 私の会心の傑作だったのに!」

「Clown Crown:たかがカード2枚フリーズさせるのに、俺のまで加熱した。これじゃ同じ王を相手には使いにくい。B.I.Sの改善を求める」

「ニートだけど天才軍師(憂鬱):なんだって? そもそもベースを作ったのはあんたでしょ。私のプログラミングは完璧だったわよ? 問題があるとすればあんたの基本設計にあるはず。原因がわかったら自分でバグフィックスしたら? 私みたいなニートは自分の時間を費やしてまでそんなつまらない手伝いはしたくないのです。そんな時間があるなら可愛いヒロインと遊んだほうがましよ。ふんふん~」


 と、チャットの真っ最中だった。


「失礼いたします。ご注文はお決まりですか?」


 カフェのウェイトレスが天月に近づいてきた。都心の人気ナンバーワンのカフェらしく、ウェイトレスはかなり美人だった。制服の短いスカートの下には太ももが露わになっている。しかし天月はウェイトレスを一回ちらりと見るだけで、これといった反応は示さなかった。


「ブルーベリークリームチーズマフィンとカプチーノ」


 ウェイトレスは彼をちらりと見た。目鼻立ちの整った洗練された顔もそうだが、高校生らしくない落ち着きのある姿がより一層魅力的だった。彼女は思わず顔を赤らめた。


「……? 何か問題でも…?」

「い、いえ。あ、あの、すみません。注文を確認いたします。ブルーベリーチーズクリームマフィンとカプチーノでございますね。ありがとうございます。少々お待ちください」


 ウェイトレスは慌てて頭を下げお辞儀をした後、逃げるようにその場を後にした。そんなウェイトレスをしばらく見つめていた天月は、再びメッセンジャーに目を向けた。


「ニートだけど天才軍師(憂鬱):返事は?」

「ニートだけど天才軍師(憂鬱):死んだの?」

「ニートだけど天才軍師(憂鬱):おい! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!」

「ニートだけど天才軍師(憂鬱):もしも~し!」

「ニートだけど天才軍師(憂鬱):……天月?」

「ニートだけど天才軍師(憂鬱):……。……」

「ニートだけど天才軍師(憂鬱):ふざけてごめん。返事プリーズ。泣」


 天月は苦笑いした。


「Clown Crown:悪い。ちょっと取り込み中だった」

「ニートだけど天才軍師(憂鬱):うん、うん、うん。……えへん!パッチは開発できるよ。使用当時のデータを送ってくれるとありがたいんだけど。でもそっちではできないのかな?」


 すぐに返事が来た。さっきと少し反応が違うのは、天月が怒ってないか、様子を伺っているからだろう。


「Clown Crown:無理だ。献帝の呪いが強すぎる」


 しばらくコメントがないままだった。


「ニートだけど天才軍師(憂鬱):だからどうして余計な苦労をするわけ? 人間自分にとって居心地のいい空間さえあればそれでOKなのに。私を見なさいよ。超ハッピーじゃない? 私は、あんたが献帝か何やらにまでなってやろうとしていることがどうしても理解できない。やっぱり考えが変わったわ。手を貸すのも腹立たしい。20字以内で私を納得させたら手伝ってあげてもいいけど」


 よくも言うことがコロコロと変わるものだ。

 天月が苦笑いをした。悩むまでもない。

 彼の答えは昔も今も同じだ。

 ―――。

 ―――。その答えを聞いた相手はしばらくじっとしていた。

 そうすることしばし。


「ニートだけど天才軍師(憂鬱):……。……。……ちくしょう、この野郎!!たったの20字で私を説得するなんて。全部持っていきな! くたばれ! このクソ天才野郎! しくしく。―――まあ、その代わり」

「ニートだけど天才軍師(憂鬱):どうせならこのニート魔王を『あら、リアルで遊ぶのも面白そうじゃん』って思わせてみてよ」

「Clown Crown:もちろんさ」


 天月はぷっと吹き出した。


「Clown Crown:言われなくてもそうするさ」


 天月はレポート用のノートを閉じた。



 三学に入ってからずっと―――天月の目的は昔も今も変わってはいない。

 彼にとって魏呉蜀の戦いは重要ではなかった。

 どちらがより優勢か、三学の統一、そんなことも重要ではない。

 イェリエル乃愛が在野と蜀を復興させようが。

 曹操孟徳が三学制覇を狙おうが。

 天月にとっては何の意味もなさない。


 ノートの一番上に書いてあるプロジェクトの名前は―――「三学没落計画」


「Clown Crown:学校がつまらないからひっくり返す」


 献帝―――。

 彼は道化師のような皇帝。

 三国の没落を願う者なのだから。


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