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05 仔猫から幼児。




 少しして、ごご主人様がお客さんと会話していることを耳にする。


「この子はうちに来て、もう一ヶ月過ぎになりますね」


 私を拾ってから、一ヶ月は経ったそうだ。

 つまり私は人間年齢でいうと、大体一歳ってことになる。

 まぁ二本足で立てたし、妥当な年齢だろう。


 猫は人間より早く成長するしね。


 あと一ヶ月で、三歳。三歳でも幼児に変わりないけれど、今よりはマシだろう。


 それまでにご主人様に何か起きないといいけれど。


 じっと見張るように、愛でられながら過ごしていた。

 魔法商売のお客さんは、二日に一人来るペース。

 こんなまったりしていていいのだろうか。

 そう疑問に思っていたが、ご主人様は全然焦っている様子はなかった。

 のんびりとガーデニングをしたり、読書をしたりして、満喫している。

 ご主人様はとても穏やかな表情で暮らしていた。

 これなら猫の手を借りる必要はないかも。

 私は安心しきって、ご主人様の愛情をたっぷり受けた。


 にゃんて素晴らしいにゃん生。


 イケメンのご主人様はとても見目麗しく、優しい手付きで愛でてくれる。

 この人に拾われてよかった。


 いつか恩返しが出来るといいな。

 いやきっと恩返ししてみせる。


 待ってってくださいね、ご主人様!


 にゃんて思いつつも、ご主人様に撫でられながら膝の上でまどろむ日々を過ごした。

 そしてある日のこと。

 また小太りのおじさんが来た。またもや香水がきつい。

 私は玄関ホールを覗ける壁の陰からやり取りを眺めた。


「魔除けのペンダントを六つも……明日までに、ですか?」

「そう言っているじゃないか」

「しかし、魔除けのペンダントを作成するためには、材料もたくさん用意しなくてはいけないですし、呪文も時間がかかります。明日までは難しいかと」

「明日までに用意してもらわなくてはいけないんだよ。息子達が魔獣が彷徨く森でも習得した魔法を使用しに行くんだ」


 いやそれそっちの都合じゃないか。

 もっと早くに注文しろよ。


 苛立って尻尾をバシバシ叩いていた。でもそんな小さな音は、二人には届かない。


「至急頼んだよ」


 またもやご主人様が頷く前に、扉を閉めて去ってしまう。

 ご主人様が三つ編みを置いた肩を竦めた。


「はぁ……魔除けのペンダントを六つか」


 こちらを振り返ったご主人様の手には、ペンダントが入っているであろう箱を抱えている。


「困ったなぁ……」


 ご主人様っ!

 癒しですか? 癒しが欲しいですか?


「みゃあん」


 私はいつもより甘えた声ですり寄った。


「材料はギリギリ足りるか……あとは一つずつ儀式を行う……」


 スルー!?


 ご主人様は、見事に私を横切って廊下に行ってしまう。


 この仔猫の声で甘える攻撃を仕掛けた私をスルーするほどなの!?


 ショックを受けながらも、私はついていく。

 ご主人様は一度作業部屋に入ると、ペンダントの箱をテーブルに置いた。

 それから干している草をごっそりと持って、また作業部屋に戻る。


「ローサ。またさみしい思いをさせてしまうけれど、我慢してね。ごめんよ」


 片膝をついたかと思えば、そう声をかけて私をひと撫でした。


 ご主人様! 猫の手が借りたいなら私が貸しますよ!


「みゃあ! みゃあ!」


 鳴いても、ご主人様は作業部屋を閉じてしまう。


 にゃんてっこった!!


 魔獣の魔除け。儀式と言っていたし、大掛かりなものなのだろう。

 今度こそ倒れられたら困る。


 せめて部屋を開けて! 私じゃあ開けられない!


 ご主人様の様子がわからないじゃないか。


 倒れたらどうしてくれる!?

 あの小太りおじさんめ! 二度と来るな!


 ベシベシと尻尾を振り回して、息を荒くしていたが、それでもご主人様は部屋から出てこなかった。

 しょんぼりして、床に伏せる。

 心配で見つめていたら、次第に瞼が重くなって、あっという間に眠りに落ちた。


 もう身体がぐでーんと広がっていくほど、無防備に眠っていたけれど、耳と顔を跳ねさせて飛び起きる。

 部屋が開いたのだ。

 いつもは伸ばした背も丸めてしまっている。疲れ切った背中。項垂れた頭と三つ編み。ローブも引きずっていた。


「みゃあ?」


 ご主人様! 大丈夫ですか?

 癒しはいかがですか!?


「今ご飯をあげるよ、ローサ」


 私のご飯よりご主人様に癒しを!


 声がカラカラだ。


「みゃあみゃあ!」

「はいはい、今作ってあげるよ」


 癒しをと訴えるけれど、空腹のせいだと思っているご主人様は、キッチンに立ってご飯を作っている。

 チキンのいい香りがしてきて、私は空腹に気付いてしまう。


 確かにお腹空いたけれども!


 食べやすいようにちぎってくれた茹でられたチキンが、目の前に置かれた。

 ゴクリ。


 わ、わかった。私も食べるから、ご主人様も食べましょう。


「ほら、食べて……」

「みゃーん」


 疲れた声を出すご主人様は、そのままリビングテーブルの椅子に腰を沈めた。そしてテーブルに片腕と頭を置くと、目を閉じてしまう。


「みゃー!」


 ご主人様! 起きて! ご飯を食べて!


「静かにしておくれ、ローサ。ちょっと眠らせてほしいんだ……」

「みゃあ……」


 そう頼まれては、黙るしかない。

 私はご主人様とご飯を交互に見て、それから間に伏せることにした。

 ご主人様と一緒にご飯食べる。

 私が我慢したところでなんの意味もないけれど。

 そうすることにした。

 また瞼が重くなってしまって閉じたあとに、物音を聞いた気がして耳をピクリと震わせる。瞼を開いて、じぃっと廊下の先を見つめた。暗がりの廊下に誰かいる。


 え? 嘘でしょ。泥棒?


 ご主人様は……だめだ、寝ている。私が鳴いたところで起きない。

 ガチャリ。影の主が、作業部屋を入っていく。

 そこにはペンダントがあるはず。


 まずい!!


 慌てて走って滑り込んで、中に入れば小柄な男がいた。見たことがないけれど、体臭がくさい。そんな男が、キラリと光るペンダントを薄汚いコートのポケットにしまった。


「みゃあ!!」


 私が声を上げたら、泥棒はビクッとして慌てて窓から逃げ出す。


 にゃろう!!


 私は椅子にジャンプした。またジャンプをして机の本を探す。

 一冊の本が重なっていたから、体当たりで押し退けて私はお目当ての本を広げる。

 ちょっと引っ掻いてしまったけれど、ページを見付けた。

 呪文を読んだ。

 肌寒さを感じて、ブルッとした。本が小さく見える。

 でもこの前よりも、人間の手が大きく見えた。

 前回と同じ、すっぽんぽん。そして猫耳と尻尾。

 このままじゃいけない。私は寝室に行き、クローゼットからご主人様のシャツを拝借した。当然ブカブカだ。でも着ていないよりマシ。

 くさい匂いを嗅いで、私は窓から飛び出して追った。

 レンガで出来た道を素早く駆ける。猫の時と一緒だ。

 そして見付けた。朝焼けが見えるけれど、まだ暗い路地裏に駆け込む泥棒を。


「まて!!」


 舌足らずな声が上がる。

 男が肩を震え上がらせたが、足を止めない。

 私はなんとか先回りをしようと、風のように駆けた。

 男の足元を過ぎて、目の前に立ち塞がる。

 立ち塞がると言っても、私は幼児の姿。


「だ、誰だ!? 退け!」


 くさい男が構わず押し退けようとした手を、私は引っ掻いた。


「いてぇえ!?」


 鋭利な爪があったから、男の皮膚を容易く裂いたようだ。


「かえせ。それはごしゅじんさまが、がんばってつくったものだにゃん」


 やっぱり舌足らずな口調だが、私はちゃんと伝えられた。

 何故かつい、にゃんがついてしまったけれど。


 ご主人様が疲れ果てるほど頑張って作った魔除けのペンダントだ。

 明日なければご主人様は困る。だから返せ。


「ひぃ!? 化け猫!」


 化け猫とは失礼だ。確かに猫耳つけた幼児の不可思議な姿だけれど。


 男は、ポケットからペンダントを乱暴に取り出しては投げた。それをキャッチする私の反射神経の良さ。男は逃げていった。

 取り返した私は、すぐさまご主人様の家に帰る。窓から入って、窓を閉めた。

 それから作業テーブルに並べられたペンダントを見る。

数えてみれば、私が手にしているペンダントで六つ。全部ある。ホッとして、同じくペンダントを並べた。

 椅子に立ってそれを眺めていた私は、男の言った「化け猫」って言葉を思い出す。

 私って化け猫フェイスなのだろうか。


 仔猫だから自分は可愛いとばかり思い込んでいたけれど、もしかしてブサ猫!?


 いてもたってもいられなくなって、私は寝室に入り、バスルームに移動をする。バスルームには全身鏡が置いてあった。

 そこに映るのは、猫耳をつけた幼児の私。

 男物のワイシャツをダボッと着ていて、短い赤毛の女の子。

 顔立ちは前世の私にちょっと似ているように感じた。

 大きな猫目は、黄色。長い睫毛も真っ赤である。


 なんだ、可愛い女の子じゃないか。


 猫耳もあって、可愛いと評価出来た。

 ワイシャツの中に、真っ赤な尻尾もある。


 こんな可愛い猫娘に化け猫とは失礼だ。


 暗がりで目が光ってでも見えたのだろうか。


「ローサ?」


 ご主人様の呼ぶ声を、猫耳が拾って跳ねた。


 ご主人様に挨拶するチャンス!

 泥棒からペンダントを取り戻したことを話して褒めてもらおう!


 きっと優しい目で見つめて微笑み、頭を撫でてくれることだろう。

 そう思って踏み出したら、ワイシャツの裾を踏み倒れかけた。

 床に倒れてしまうと目を閉じたけれど、着地する。

 四本足だ。どうやら私は元の仔猫の姿に戻ってしまったらしい。


「みゃあー」


 なんだよ、魔力切れかよ!

 毎日苦いお茶を舐めて頑張ったのに、これまでか!


「ローサ……こんなところにいたのかい。ワイシャツ? いたずらをしていたのかい? だめじゃないか。ご飯も食べないと」


 違うんですよ! むしろご主人様のために頑張ったんですよ!

 泥棒からペンダントを死守したんですよ!


「みゃあみゃあ!」

「あれ……汚れてる……? 外に出たのかい? おかしいなぁ、どこも閉まっているはずなのに」


 いやそれがご主人様! 泥棒が入ってきたから開いているんですよ!


 みゃあみゃあ、鳴きながら訴えたが伝わらない。

 でもご主人様は私を片手で抱えると、ワイシャツを調べた。そして私の足も見る。

 うん、汚れている後ろ足。

 タオルで拭ってくれたご主人様は、私を抱えたまま家中を回る。玄関に鍵がかかっていなかったから、それを閉めた。きっと泥棒はそこから入ったのだろう。


「どうやって外に出たんだろう」


 当然仔猫の私では、ドアノブに届かない。ご主人様は疑問を呟いて首を傾げたが、私をキッチンのところに置いた餌の前に置くと自分のご飯を作り始めた。ご主人様がスープを飲む姿を見て、私も餌を食べる。


「なんだ、一緒に食べたかったのかい?」


 ご主人様はクスクスと笑った。


 はい、そうです。私の大好きなご主人様。



 小太りのおじさんは翌日ペンダントを受け取り、またお金の入った袋を投げ渡した。


 絶対に接客業をやったことのない人間だ!


 袋を持って、ご主人様はまたため息をついた。

 あんなお客さんがいるから、商売が嫌になってしまっているみたい。


 いい魔法使いだよ。ご主人様は。


「みゃあん」


 私は甘えた。抱え上げてくれたご主人様の首に頬擦りをする。

 ゴロンゴロンと喉を鳴らして、甘えた。


「ふふふ、ローサは慰め上手だね」

「みゃあ」

「んー好きだよ、ローサ」


 スン、と私の匂いを嗅いで、素敵な言葉をくれる。


 好きだって、きゃあ! 私もです、ご主人様!


 私は激しくスリスリした。

 私が好きなご主人様の匂いを嗅ぐ。

 森の香り。


「よしよし。愛しているよ、ローサ」


 ちゅ、と私にキスをしてくれた。


 愛しているなんて! ご主人様ぁ!


 メロメロになっているなんて、知りもしないのだろう。

 私を愛してくれていることはわかっている。

 とても幸せ者だ。


 とっても、とっても、幸せな仔猫です。ご主人様







一度エンド!

続きが書けましたら、ローサの前世や

ご主人様のことを掘り下げたいと思います。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!


20181023

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