第五話 深夜のタクシー
終電を逃した糸岡が乗ったタクシーは……
取引先と思いがけず話が弾んでしまい、糸岡が勘定を済ませて外に出た時には、もうとっくに終電を過ぎていた。夫人が車で迎えに来るという相手と別れ、糸岡はタクシーを探すため、ふらふらと道沿いに歩き始めた。
タクシーというのは、用のない時にはやたらと目につくのに、いざ探すとなると、どうしてこうも見つからないのだろうと、糸岡は酔いの回った頭で考えた。もっと大きな通りに出た方がいいのかもしれない。
だが、ようやく屋根に表示灯を点けた車が角を曲がって来た。糸岡が手を挙げると、今流行りのハイブリットらしく、ほとんど音もなくスーッと停まり、ドアが開いた。後部座席に座りながら行く先を告げると、相手は無言でうなずいた。今時こういう無愛想な運転手は珍しい。
最近は、みんな愛想が良くなった。そのかわり、転職組なのか道に慣れていないことが多く、乗るといきなり、ナビを使っていいか聞かれたりする。カーナビがいくら進歩したとはいえ、昔の運転手ならみんな知っていた『一般人の知らない裏道』や『ここぞという時の抜け道』などが搭載されているはずもない。
時には、しゃべることがサービスの一環であるかのように、乗ってから降りるまで話し続けられることもある。糸岡のような普通のサラリーマンがタクシーに乗るのは、よほど疲れている時か、今のように酔って朦朧としている時ぐらいで、ペラペラ話したくなるような気分の時ではない。
もっとも、静かなのはありがたいのだが、あまりに無言だとちょっと不安になる。昔よく聞かされたタクシーの怪談話のいくつかが、糸岡の頭をよぎった。
チラッとルームミラー越しに運転手の顔を見たが、別にノッペラボウでも一つ目小僧でもない、普通の顔である。車もちゃんといつものルートを通っており、墓地やお寺に向かっている様子はない。
無口なことといい、カーナビを使わないことといい、この道ウン十年とかのベテラン運転手だからこそであろう。糸岡は少し安心し、いつの間にかウトウトしていた。
どれくらい眠ったのだろうか。糸岡がハッとして目を覚ますと車は停まっており、周囲に街の明かりもなく、真っ暗だ。しかも、運転手はこちらをジッと見つめていた。
糸岡が恐怖の叫びを上げる寸前、運転手がボソリとこう言った。
「すみません。道に迷いました。カーナビが故障中なもので」




