時を刻むゲート
第44検問所の下層修理ドック。
その暗く、洞窟のように広大な内部には、冷たいグリース、酸化した鉄、そして生の元素銅が放つかすかな苦い臭いが漂っていた。
アル・メラージュは、巨大な白大理石と真鍮で造られた密閉式ベイの内部に、静かに浮かんでいた。
その黒曜石の船体は、強化された隔壁に長く不吉な影を落としている。
メインデッキの遥か上では、巨大なダークマターの帆が完全に収納されていた。
それらはまるで、黒いインクで作られた重厚で動かないカーテンのように垂れ下がっている。
アウレリアン商業ギルドから与えられた、刻々と時を刻む三時間のカウントダウンが正式に始まった。
それは巨大なドックの高い天井アーチの真下に浮かぶ、銀色に輝くホログラフィック・タイマーとして表示されている。
02:59:59
02:59:58
一秒。
一秒。
失われていく時間の一刻一刻が、この区域を支配する存在――ヴェイン司令官の重苦しく息苦しい影を、一歩ずつ近づけていた。
Tier 6スカイ・アークオン。
その巨大なマナ・コアは月のような密度を誇り、この一帯を完全に支配している。
そして、時間切れになれば――彼は未登録のスターメタル船を合法的に接収することができる。
後部指令甲板のさらに下。
カエレンは、狭く濡れた鉄製足場の上に立っていた。
その足場は、下層メンテナンス・シャフトの暗い虚空の上に、今にも崩れ落ちそうな状態で浮かんでいる。
筋骨隆々とした上半身は裸だった。
胸と両腕には、厚く粗いリネン製の包帯が幾重にも巻かれている。
しかし、その包帯はすでに汗と、ヴォイド・リヴァイアサンの宇宙の血液から残された緑色の発光残留物によって、ひどく汚れていた。
前の戦いで凄まじい肉体的負荷を受けた両手は、皮膚が裂け、血が滲んでいる。
それでも彼は、重厚な多層構造のスターメタル製溶接ハンマーを固く握り締めていた。
「……ッ!」
低く、ざらついた唸り声が、空洞の金属シャフト全体に響き渡る。
カエレンはハンマーを振り上げた。
そして――
船の主操舵用ラダーに生じた亀裂へと叩きつける。
ガァンッ!
耳をつんざくような金属音が轟いた。
同時に、灼熱した純白の火花が大量に飛び散り、暗い虚空の下へと降り注いでいく。
ラダーの亀裂は深かった。
それは単なる破損ではない。
スターメタル合金そのものに刻まれた、存在基盤を揺るがすほど微細な断裂――エグジステンシャル・マイクロ・ティアだった。
オーバードライブ・システムを再び安全に起動させるためには、完全かつ一切の狂いもない物理的精密さで、それを融合させなければならない。
一方――
サルゴンは荘厳な船長の玉座に静かに座っていた。
長く乱れた白髪が、額に掛けられた黄金のヘッドバンドの上へと完璧に流れ落ちている。
彼は一筋の筋肉すら動かさなかった。
その無表情な、『銀魂』を思わせるような顔には、完全な無関心が浮かんでいる。
だが――
閉じられた瞼の奥では、彼の【原初意識】が修理ドック全域に張り巡らされた複雑なエネルギー・グリッドを能動的に追跡していた。
彼の精神内部では、システム・インターフェースが浮かび上がっている。
そこでは、鈍い琥珀色の警告灯が執拗に点滅していた。
[現在のコア・エネルギー残量:14.1%(危険域状態が継続しています)。]
[警告:局所修理ベイ内部の大気パラメータに、不規則な構造変動が発生しています。]
[分析:メンテナンス・シャフト内の局所重力指数が400%上昇しました。ラダーから半径50フィート以内に存在する全ての原材料および物理工具の重量が増加しています。]
サルゴンはゆっくりと漆黒の虚無の瞳を開いた。
その瞳孔に宿る小さな星々の銀河が、計算するようにゆっくりと円を描いている。
彼の視線は船の手すりを越え、修理ドックの遠方にある高位指令用ガラスパネルへと向けられた。
そこには、第19章で遭遇したエルフの裁定官が立っていた。
その手にはホログラフィック・レジャー。
そして、その顔には冷たく強欲な薄笑いが浮かんでいた。
――妨害工作。
それは完全に静かに行われていた。
ドックの通常構造メンテナンス・プロトコルの中へ、巧妙に隠されている。
あの強欲なエルフは、意図的にベイ内部の重力パラメータを書き換えていた。
カエレンが使用する物理工具を、通常の百倍もの重量にするために。
彼らを失敗させるつもりなのだ。
三時間のタイマーがゼロになることを望んでいる。
そうすれば、アウレリアン商業ギルドは合法的に、この伝説級の黒曜石の巨獣――アル・メラージュを接収し、そのコア・マトリクスを企業利益のために解体することができる。
サルゴンの青白い唇の端が、ほんのわずかに冷たく引きつった。
――欺瞞。
――強欲。
これこそが、広大なエーテル海の偽りなき真の姿だった。
アエテルガルドの無法な人間王国と何も変わらない。
より高位の神々は、ただ銀色の装甲とプラチナの鎧、そして書面化された交易法の裏側に、その残酷さを隠しているだけだった。
今のサルゴンには、指一本を伸ばすことさえできない。
もし力ずくでこの検問所全体を歴史から消し去れば、内部コアの反動によって、脆弱な人間の肉体殻そのものが崩壊してしまう。
力は使えない。
ならば――
戦略を使うしかない。
――システム。
サルゴンは心の中で命じた。
その声には、揺るぎない帝王の冷たさが宿っていた。
「第二法則の副次パッシブ・チェーンを起動。カエレンの座標をロック。局所重量を無効化せよ」
[通知:『究極属性:権能の支配』を起動しました。]
[パッシブ・チェーン作動:【概念上書き:質量制御】が指定座標をロックしました。]
[現在の対象:スターメタル製ハンマー、溶接棒、カエレンの肉体構造。]
サルゴンは腕を上げなかった。
完全に力を抜いたまま、玉座の暗い石造りのクッションへ頭を預けている。
しかし――
玉座から下層メンテナンス・シャフトまでの約300フィートという距離を隔てて、彼の権能の法則は静かに宇宙の法則帳を書き換えていた。
ドックのシステムそのものを攻撃したわけではない。
ただ、カエレンの局所環境を支配している――
「重量」という概念だけを遮断したのだ。
湿った鉄製足場の上。
カエレンは、再び重いスターメタル製ハンマーを持ち上げ、過酷な一撃を打ち込もうとしていた。
筋肉が裂ける。
呼吸は荒く浅い。
人工的に400%まで増幅された重力が、彼の背骨を鉄板へ押し潰そうとしていた。
しかし――
サルゴンの法則が彼の肉体へと定着した瞬間。
押し潰すような大気重量が、瞬時に消滅した。
山のような密度を持っていた重厚なスターメタル製ハンマーが、突然、羽毛のように軽くなった。
密度の高いスターメタル合金製の溶接棒も完全に無重力となり、カエレンが超人的な速度で打撃を繰り出すために必要な、正確な基準重量へと調整された。
カエレンは上を見なかった。
リズムを崩すこともない。
サルゴンの鉄のように揺るがない命令法則の下では、彼には驚きを感じるほどの精神的余裕すらなかった。
ただ一つだけ理解していた。
――自らの主の見えざる手が、自分の背骨を支えている。
ガァンッ!
再び、スターメタルを打ち据える轟音が修理ドック全体へと響き渡った。
ガァン! ガァン! ガァン!
突如として恐るべき肉体速度を発揮したカエレンのハンマーが、漆黒の鋼と白い火花の残像へと変わった。
彼は長年の戦場経験によって培われた、純粋な肉体技術の極致を見せつけるように、亀裂の入った接合部を猛烈な勢いで叩き続けた。
その傍らに置かれていた湾曲したシミターへTier 5の人間マナが迸り、熱を直接スターメタル合金へと伝導させる。
微細な亀裂が、一切の狂いもない完全な対称性をもって次々と融合していった。
01:12:43
00:42:19
空中に浮かぶ銀色のホログラフィック・タイマーが、容赦なく数字を刻みながら消耗していく。
ガラス張りの指令ブースでは、エルフの裁定官が浮かべていた薄笑いが、ゆっくりと純粋な困惑と焦燥の表情へと歪んでいった。
彼は慌ててホログラフィック・レジャーを操作し、重力メーターを確認する。
ベイの重力指数は依然として最大の圧潰設定に固定されている。
それなのに――
あのフードを被った旅人の従者は、時間が経つほどさらに速く、さらに強く打撃を繰り出していた。
その動きは、ステーションによって強制されている物理法則そのものを嘲笑するかのようだった。
00:03:02
00:01:15
そして――
第1アーク、最後の数分が訪れた。
カエレンは最後の一撃を振り下ろした。
ズドォンッ!
雷鳴のような轟音とともに、ハンマーがラダーへ叩き込まれる。
次の瞬間。
スターメタルが澄み切った、完璧に共鳴する音を響かせた。
――完全修復。
「ラダーの融合、完了しました! 我が主よ!」
メンテナンス・シャフトの下から、カエレンの声が轟き渡る。
掠れ、疲労しきっていた。
それでも、その声には一切の屈服がなかった。
彼は身体を引き上げ、メインデッキへと戻ってくる。
その全身は汗と血で濡れ切っていた。
「主動コアを起動しろ」
サルゴンは静かに命じた。
その穏やかな声が、スターメタル製の床板を通して響き渡る。
――フンンンン……
アル・メラージュの船体側面に刻まれていた数百万もの古代幾何学ルーンが、一斉に点火した。
それらは眩い、深い宇宙の紫色の光を放つ。
第13章で採掘されたスペース・タイム鉱石によって完全に飽和したエンジン・マトリクスが、凄まじい轟音を轟かせた。
ゴゴゴゴゴゴ……!
その振動はアル・メラージュだけに留まらなかった。
第44検問所を構成する巨大な大理石の壁面全体が、激しく震え始めた。
00:00:03
00:00:02
ガラス張りの指令ブースでは、エルフの裁定官が完全に狼狽していた。
彼は緊急警報配列へと手を叩きつける。
「止めろ! タイマーが――」
00:00:00
銀色のタイマーがゼロを示した。
その正確な瞬間。
修理ドックの巨大な真鍮製ベイ・ドアが、自動的に外側へと開き始めた。
しかし、ステーションの重厚な鉄鎖封鎖配列が起動し、船体を捕らえるための黄金色の拘束網を展開するよりも早く――
アル・メラージュは、一切の乱れもない静かな発進を実行した。
最大オーバードライブ・エンジンが滑らかに、そして瞬間的に出力を解放する。
その瞬間、巨大な黒曜石の巡洋艦は、檻から解き放たれた影のように前方へと飛び出した。
船体は何の抵抗もなく広大なドックから滑り出る。
同時に、ダークマターの帆が限界まで展開した。
アル・メラージュは第44検問所の境界線を一気に通過し、そのまま開けたエーテル海の深く、暗い藍色の星の海へと真っ直ぐに突入していった。
その直後――
前哨基地の中央指令塔から、目を焼くほど眩いプラチナ色の光が爆発的に放たれた。
ヴェイン司令官。
Tier 6スカイ・アークオン。
ついに彼が神性探索配列を解放したのだ。
その巨大なマナが、この一帯を圧倒的で息苦しいほどの重圧によって覆い尽くし、周辺宙域を隅々まで走査していく。
しかし――
彼の追跡ラインが捉えたのは、何もなかった。
空っぽの修理ドック。
そして、悔しさと恐怖に震えるエルフの裁定官だけ。
主君とその第一副官は、すでに姿を消していた。
未知なる宇宙潮流の果てしない守護領域へと身を隠しながら――
彼らはアエテルガルドの境界と、外縁海溝を完全に後方へと置き去りにした。




