表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/4

第三章:再起の契約

 白い天井。鼻を突く消毒液の匂い。

窓から差し込む夕陽が、赤く病室を染めていた。


「……う、ん……」


 体を動かそうとして、少年は「あうっ」と短い悲鳴を上げて顔をしかめた。

 脇腹の傷が、焼けるように熱い。

全身が鉛のように重くて、指先一つ動かすのにも必死だった。


(……俺、生きてる……? あの化け物は……?)


「目が覚めたか」 


 部屋の隅、逆光の中にその影はあった。

 鎧を脱ぎ、簡素な旅装束に身を包んだ彼女だ。

その肩や腕には、あの激闘を物語る包帯が痛々しく巻かれているのが見えた。 


「……あ、あんたは……」


「エレンだ。昨日は無茶をしたな、少年。……いや、その回復力を見るに、無茶と言い切るのも間違いか」


 彼女はゆっくりと歩み寄り、ベッドの傍らで少年を覗き込んだ。

 その眼差しは鋭く、でも昨日の戦場で見せた鬼のような怖さは、どこにもなかった。


「病院の先生が驚いていたぞ。数日は目が覚めないはずの傷が、一日で塞がっている」


「……かつて私の師が語っていた『鬼の一族』。その力、噂以上だな」


 少年は、ハッとして息を呑んだ。


「……知ってるの?  俺たちのこと……。……あんた、何者なんだよ。あの化け物をあんな風に……。あんたが、街のみんなが言ってる……勇者なの? 」


 エレンはわずかに眉を動かし、自嘲気味な笑みを浮かべた。


「どうだろうな。私には、あれを仕留める力が足りなかった」 


「……だが少年、私は確信している。貴様は、今のままじゃ次にあの魔族に出会った時、確実に死ぬ」


 彼女は、ベッドの横に置かれた、土埃と泥にまみれた少年の服を一瞥した。


「その体……見たところ、どこかで相当過酷な生活をしていたようだが、力の引き出し方を知らないんだ。怒りに任せて振り回すだけの刃は、ただの鉄屑だ」


「……復讐したいんだろ?  その程度じゃ、魔王の心臓に届く前に、あんた自身が折れるぞ」


「……っ、そんなの分かってるよ! でも、俺にはこれしか……他にどうすればいいか、分からなかったんだ……!」


 悔しさと情けなさで、少年の瞳に熱いものが込み上げる。


「だから、提案に来た」 


 エレンは少年の言葉を遮り、真っ直ぐにその小さな手を見つめた。


「私も一人旅は限界だと思っていた。先日も、仕留め損ねたからな。……貴様のポテンシャルは高い。磨けば、魔王を討つための強力な一助となるだろう」


 彼女は一人の武人として、真剣な眼差しを向けた。


「私が貴様の師となり、戦う術のすべてを叩き込む。……ついて来ないか?」


「無理にとは言わない。地獄を見るような過酷な道になるからな」

病室に沈黙が流れる。


 窓の外からは、帰路につく人々の喧騒や、子供たちの笑い声が聞こえてくる。

 少年は、布団の上で自分の拳をぎゅっと握りしめた。

傷跡はまだ痛む。

 でも、その痛み以上に、目の前の女性が差し出してくれた「光」が、胸の奥を激しく揺さぶっていた。


「……お願いします」


 少年は、ベッドの上で精一杯、深々と頭を下げた。

声が震えるのを、必死に抑えながら。


「俺を、強くして……。あの魔族も、魔王も……俺がこの手で、ぶっ殺すために」


「いい返事だ」


 エレンは満足げに頷き、少年の頭にポン、と大きな手を置いた。


「そういえば、まだ聞いていなかったな。……少年の名は何という?」


 少年は一度、窓の外の赤く染まった空を見つめ、それから真っ直ぐに彼女の瞳を射抜いた。


「……アルト」


「アルト、か」


 エレンは慈しむようにその響きを繰り返す。


 彼女は少しだけ口角を上げ、不器用な笑みを見せた。


「分かった。これから宜しく頼むな、アルト」


「……準備ができたら来い。私の訓練は、そこらの大人の仕事よりずっときついぞ」


 彼女が部屋を去った後、アルトは夕陽に照らされた自分の手を見つめた。


 自分自身の名前を、自分を救ってくれた人に告げた。


 それは、過去を捨てて逃げるだけの子供から、一人の「復讐者」として歩み出すための、小さな、けれど確かな宣誓だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ