表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
151/153

151.さようなら

「向こうはそろそろ決着か――こちらも、終わらせるとしようか」

「……」


 肩で息をしながら、ハインはキリクを睨み返した。

 やはり、格闘術においてもキリクはハインの上をいく。

 受けた打撃は数えきれないほどで、服の下は内出血だらけだ。

 さらに、意識が遠退くような感覚が続いている――血が足りないだけではない。


(……これは――)

「毒だよ。『白蛇族』はその血に毒を宿す。解毒にはその血で作る血清が必要になる。つまり――君は僕を殺すしか生きる道はないんだ」

「……わざわざ説明いただき、ありがとうございます。では、当初の予定通りですね」

「僕を殺すと? ここまで力の差を見せても諦めない――その姿勢は美しいが、同時に醜くもある。正直、君がここまで諦めの悪い人間だとは思わなかったよ」


 キリクに言われて、ハインは思わず笑みを浮かべた。


「……何かおかしなことでも言ったかな?」

「いえ、思い出しただけです」

「思い出した?」

「私は一度――全てを諦めた人間ですので」


 シュリネに殺されてもいいと、首を差し出したことがあった。

 その時、彼女は思い切りハインのこと殴りつけたのだ――その時のことを思い出して、ハインは何故か笑ってしまう。


「何故でしょうね――彼女のことを見ていると、私も何でもできる気がしてきます」


 今は『竜種』の背に乗って、『竜種』と同化した相手と戦っている少女――シュリネはどこまでも常識外れだ。

 そんな彼女の戦いに比べたら、目の前の男一人くらいなんてことはない。

 ハインの視線が一瞬だけキリクから外れた。


「――向こうの戦いが気になるのかい? 随分と余裕なようだ」


 その隙を突いて、キリクがハインとの距離を詰める。

 ハインは拳を繰り出すが、キリクはそれをかわして掴むと――思い切りハインの肘の辺りを打った。


「……っ」


 鈍い音が鳴り、あらぬ方向へと腕が曲がる。

 左腕をへし折られた。

 だが、ハインはキリクとの距離をさらに詰め、腰の辺りを掴んで動きを止める。

 もはや苦し紛れのようで、キリクは呆れたように溜め息を吐いた。


「もはや立っているのがやっとかい? このまま――君の首筋に肘を落とせば、簡単に首もへし折れそうだ」

「……そうすればいいでしょう。あなたは、私を殺すつもりなんですから」

「最後の機会を与える。僕の下に来る気は?」

「死んでもあり得ません」

「そうか――なら死ぬがいい」


 底冷えするような声で、キリクが言い放った。

 ハインはキリクの服を強く掴んだままに、


「それがあなたの弱点ですよ」

「……なに?」

「どこまでも余裕ばかり見せて、油断している――だから、王都の作戦も失敗した」

「それは君が裏切ったからだろう」

「いいえ、あなたが直接作戦に加われば……状況はまた違っていたでしょう。今だって、こうして会話をしている間に私を始末すれば、あなたはそれで勝っていたはず」

「勝っていたはず? 君は何を言って――」

「お姉ちゃんから――離れろッ!」


 声と同時に――キリクの背中に衝撃が走った。

 声の主はクーリだ。

 ハインが見たのはシュリネ達ではない――こちらの様子を窺っていたクーリだった。

 ほんの一瞬、目が合っただけ。

 けれど、姉妹だからこそ考えていることが分かる。

 クーリは――ハインに稽古をつけてもらっていた。

 ただし、一朝一夕で強くなれるほど甘い世界ではない。

 重要なのは――クーリに流れる血だ。

 彼女は吸血鬼になっている――かつて、ハインが倒した相手にレイエルという少女がいた。

 彼女もまた、吸血鬼になったことで力を得たが、強くなるための訓練を積んでいたわけではない。

 吸血鬼とは――その血の力で人間を凌駕することができる。

 故にクーリもまた、常人を超えた力を得ているのだ。

 だから、ハインは一つだけ――格上を倒しうる方法を教えていた。

 たった一撃、全身全霊、華奢な身体に全体重と勢いを込めた――飛び蹴りだ。

 大きな岩すら軽々と砕くその一撃が、キリクの背中を捉える。


「ぐ、うっ、おお……っ!?」


 キリクが呻き声を上げた。

 ハインが押さえていたのは、クーリの放つ一撃を最大限に生かすため――その一撃を、外さないようにするため。

 だが、ハインでも押さえられないほどの威力――力に押されてハインは倒れる。

 キリクは――そのままクーリの渾身の一撃を受けて、勢いよく吹き飛んだ。

 近くの建物の壁を貫き、そのまま隣の建物の中までその身体が飛ばされる。


クーリは勢いのままに地面を滑るが、すぐに立ち上がってハインの下へと駆け寄る。


「お姉ちゃん! 大丈――」

「クーリ、ありがとうございます。あなたのおかげで何とかなりました。もう少しだけ、待っていてください」


 ボロボロになりながらも、ハインは優しげな笑みを浮かべて、クーリの髪を撫でる。

 クーリも、ハインのその姿を見て――それ以上は何も言えなかった。

 役に立てるのはこの一撃だけ――隙を突いたからこそ、決まっただけだ。

 もし、キリクがまだ動けるのなら、この先は足手まといになる。

 だから、クーリは待つことにした。

 キリクが吹き飛ばされた後を辿るようにして、ハインはゆっくりと近づく。

 ――足が震えて、もう限界だった。

 それこそキリクの言っている通り、立っているのがやっとだ。

 キリクは――口元から血を吐き出しながらも、まだ生きていた。

 ただ、ボロボロになったソファに腰掛けながら、自嘲気味に言う。


「……やれやれ、油断したよ。君が妹を使うとは思わなかった――本当に、君は変わったよ」

「……否定はしません。クーリがいなければ、私は負けていましたから。でも、あなたに対する怒りは、妹も同じですから」

「だから、妹に手を下させたのかい? 最低な姉だな」

「いいえ――手を下すのは私ですよ」


 ハインはそう言うと、来る途中で拾っておいた一本のナイフで、キリクの心臓部を突き刺す。

 さらに一撃――深くまで突き刺さるように打撃を加えると、キリクはびくりと身体を震わせた。


「――」


 大きく血を吐き出して、キリクはそのまま項垂れる。

 ――ハインが何より心配だったのは、クーリの一撃が、キリクを仕留めていないかどうかだった。

 安堵したように、大きく息を吐き出して――ハインは踵を返す。


「さようなら、キリク・ライファ――私とクーリはもう、誰にも縛られたりしません」


 限界を超えたハインは――クーリの下へ戻る途中で、力尽きてその場に倒れてしまう。

 けれど、その身体を支えてくれたのもまた、クーリであった。


「……クーリ。私は、平気ですから」

「平気なわけないよ……お姉ちゃんのバカ」

「そうですね。あなたの前ですから、格好つけたくて」

「本当にバカだよ……。でも――無事でよかった」


 クーリの涙を指で拭い、ハインは静かに目を瞑る。

 ただ、一つだけ確認したいことがあった。


「向こうの戦いは、どうなっていますか?」

「大丈夫だよ。だって――シュリネがいるから」


 その一言だけで、ハインは納得したように頷いた。

 残る敵は一人――あとは、シュリネが何とかしてくれるはずだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ