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150.覚醒

 ノルは小さく舌打ちをした。

 聞こえてきたのはゲルドの声――いつ録音したのか。

 そもそもこの音声が流れるということが、すなわちゲルドはノルの行動を予見していたということか。

 ――いや、初めからノルのことを信頼していなかったというのが正しいだろう。


「……キヒヒッ、だからどうしたってね」


 ノルは乱雑に魔力の塊――『魔力弾』を作り出し、それを放ち続ける。

 あくまで狙いは子竜に乗ったシュリネとルーテシア――避けられたとしても、都市に降り注ぐ『魔力弾』は消えるわけではない。

 次々と建物を破壊し、いずれはこの都市全てを崩壊させるものだ。

 ――だが、それで構わない。

 ノル・テルナットに逆らえばどういうことになるのかを知らしめるためのものだ。

 ただの技術者であった彼女が、あらゆる生物を超えて頂点に立ったということを証明する。


「――とはいえ、ちょこまかといい加減うざったいねぇ。複製品如きが」

「……複製品?」


 ノルの言葉を、シュリネは聞き逃さなかった。

 なかなか距離の詰められないシュリネに対し、ノルは嬉々として語り始める。


「アンタの乗ってるその子竜のことさ。そっちの分野はオルキスちゃんの方が得意だったんだけどね。言葉通りの意味だよ――アタシの身体となったこの『竜種』の複製……そういう技術もあるってことさ」

「まさか、生物を作り出したっていうの……!?」


 ルーテシアが驚きに目を見開いた。

 ――オルキスは自身の身体を改造していたし、シュリネとしては今更驚くようなことでもない。

『魔究同盟』はどこまでも、人の道を外れた集団なのだから。


「そうさ! その子竜はアタシが作り出して、リネイに与えた! 正確に言えば、あの子が生きるためには竜の生き血が必要だったんだよ。リネイは――竜の力を宿すとされる一族、『竜人族』の人間だからね」

「『竜人族』……! 聞いたことはあるけれど、リネイさんが」

「わたしはそういうのに詳しくないけど、つまりは珍しい種族ってことかな」

「……ええ。同じ人間ではあるけれど、過去にはもっと種族と言えるような人々がいた、と聞くわ。ただ、そのほとんどが姿を消したとされているけれど……」

「恐れたのさ、先人はそういう奴らを。でもね、アタシは違う。アタシはただの人間だった……天才だけどね? だから、その頭脳を使って、アタシの上に立とうとする奴らを超える――いや、超えたのさ! 吸血鬼なんてもはやアタシの足元に及ぶ存在じゃない。それを証明するのに手っ取り早いのは、アンタを殺すことだよ、シュリネ・ハザクラ! ディグロスを殺したアンタをね!」


 ――明確に、ノルは『魔究同盟』から離反するとも取れる言葉を口にした。

 彼女の凶行は、ルーテシアを無理やり引き込むためのものではなく、純粋にシュリネを殺すという目的で動いているようだ。

 ゲルドの音声を受けてのことだろうが、もはやノルは自らの行いを隠そうとはしない。

 ――力による支配という、『魔究同盟』がやってきたことと同じことをしようとしているだけだ。


「さあ、いつまで逃げ切れる? そろそろ体力が尽きてくるんじゃない?」

「!」


 ノルの言葉に、シュリネは眉を顰めた。

 ――ヌーペは息切れを起こしている。

 初めての飛行に加えて、当たれば死ぬという戦い――いかに『竜種』とはいえ、負担が大きすぎる。

 だが、シュリネ単独では空を飛行するノルを打ち倒すことは不可能だった。

 一か八か、この『魔力弾』の隙間を縫うようにして飛び出し、ノルを斬るしかない。


(……なんて、バカなこと考えてるんだろ? こっちはスタミナが違う!)


 ノルが操る『竜種』の身体には、あちこちに魔石が埋め込まれている。

 それが動力源であり――無尽蔵とも言える『魔力弾』を作り出すことを可能としていた。

 もっとも、使い続ければいずれは魔力が尽きることになる。

 ただし、一日二日で切れるような燃費の悪いものではない。


「複製品がいつまでも本物の前を飛ぶんじゃないよ! アンタは所詮、リネイを生かすために作られただけの存在なんだから! そのリネイも、従わないなら殺してやるさ。アタシはもう、誰の支配も受けることはない――!」


 ノルが不意にバランスを崩した。

『魔力弾』がノルの身体にぶつかり、爆発を起こしたのだ。

 当然、それはノルが放ったものではない。


「狙いは『竜種』――ノル・テルナットに絞れ! 砲撃隊、放て!」


 ここから離れた場所から、都市を守る兵士達が砲台から『魔力弾』を放っていた。

 これも『要塞都市』が誇る技術の一つなのだろう。

 遠距離から確実に、ノルに対して『魔力弾』を当てている。

 そこには――リネイの姿もあった。


「リネイ……早速、アタシに歯向かうとはねぇ……!」


 ノルは怒りに満ちた表情で、『魔力弾』をその身に受けながら真っすぐリネイの下へと飛翔した。

 ――普通の『魔力弾』ではノルにろくなダメージを与えられていない。

 似ている技術であっても、その威力が根本的に違うのだ。


「誰のおかげで今まで生きられたと思ってるんだ、小娘! 死にたいなら今すぐ殺してやろうか!?」

「……っ、ボ、ボクは、父――市長代理に指名された、から……この都市を守る義務があります……っ」

「義務だぁ? 引きこもりのガキが何に感化されたのか知らないけどね、今のアタシは父親の時みたいに半殺しみたいな加減はできないよ!」

「! やっぱり、あなたが父を……!」

「そうだよ? それが分かったところでアンタには何もでき――」


 ノルの言葉が止まった。

 リネイと目が合った瞬間に、ノルがある事実に気付いたからだ。


「キヒヒッ、キヒヒヒヒッ! アンタは運がいいねぇ、リネイ」

「……? 何を……」

「その目、『竜人族』として覚醒しているよ。アンタの身体はその血に耐えられなかった――ハーフだからね。だから、実験もかねていたわけだけど、その血が目覚めたのなら、アンタはアタシがいなくても生きていられるよ」

「……!?」

「――ただし、アタシがアンタを見逃せばの話だけどねぇ。そういう意味だと、アンタは運がないね。アタシに逆らわなければ、生きていられたかもしれないのにさ!」


 リネイに対して、ノルは『魔力弾』を放とうとする。

 直撃を受ければ、命はない――だが、シュリネが黙ってそれを見過ごすはずもない。


「一刀――鎧断よろいだち

「!」


 遥か上空から、シュリネは両腕で刀を握って技を放つ。

 ノルはシュリネに気付いて大きな身体を翻すようにしてかわすが、翼の一部が切断されてバランスを崩した。


「ちっ、シュリネ・ハザクラ……! 魔力なしのゴミが……!」 


 悪態をつきながらも、ノルはシュリネから距離を取った。

 ――シュリネはノルの身体を両断するだけの力を持っている。

 近づきさえすれば、仕留めることができる――危険だと分かっているからこそ、ノルはシュリネから逃げるのだ。


「やっぱり空を飛ぶ相手を追いかけるのは面倒だね」

『ガァ!』


 ルーテシアを乗せたヌーペが、リネイの傍に降り立つ。

 ようやく足のつくところに辿り着いたルーテシアは、ヌーペの背中から下りるとそのまま尻餅を突くような形になった。


「……さ、さすがにちょっと怖かったわね」

「飛んでる途中は平気そうだったのに」

「平気じゃないわよっ! 勢いに任せて何とか――って、それよりもノルは!?」


 見れば、ノルはどんどん遠くへと離れていく。

 その目指す先にあるのは、閉ざされた大きな扉――『要塞都市』の象徴とも言えるそれが、ゆっくりと音を立てて開いていた。

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― 新着の感想 ―
すっごい親切に全部教えてくれるじゃん…
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