148.限られた空間
「子竜とはいえ、アタシの前で竜に乗るとはいい度胸だね――アタシは身体のほとんどを生身と入れ替えたっていうのにさ!」
――巨躯が動き出す。
ノルが狙っているのはあくまでシュリネだが、先ほどの件もある。
ルーテシアを安全な場所に連れて行く余裕もない――もっとも、この都市に安全な場所など今は存在しないだろう。
「悪いけど、このまま戦うから振り落とされないようにね」
「……っ!」
シュリネの言葉を受けて、ルーテシアはシュリネにしっかりと掴まる。
『ガアッ!』
大きな声を上げたのはヌーペだ。
身体のサイズにはかなり違いはあれど、同じ『竜種』――ただし、ヌーペは『義翼』で飛んでいる。
リネイの作ったものだが、飛ぶのは今日が初めてのようだ。
その上でシュリネとルーテシアを背に乗せたままでは、その飛び方にも余裕はない。
真っすぐ向かってくるノルをギリギリのところでかわす。
仮にぶつかられただけでも、その質量から考えれば――十分な威力になるだろう。
それこそ、掠るだけでも致命傷になり得る。
シュリネとルーテシアの命運は、ヌーペにかかっていると言っても過言ではないだろう。
ノルは大きく旋回するようしながら、再びこちらへと向かってくる。
ヌーペは天井へと向かって高く飛び、それをノルが追う形となった。
「さて……逃げてるだけじゃどうしようもないからね」
「シュ、シュリネ……?」
「ルーテシア、わたしから手を離してくれる? しっかりこの子にはしがみついてね」
「! な、何をするつもり……!?」
「それはもちろん――こうする」
シュリネはそのまま、ヌーペの背中から飛び降りた。
刀を両腕で握り、追ってくるノルと相対する形になる。
「!」
ノルもシュリネの姿に気付いた。
だが、すでにヌーペとの距離を詰め――回避は間に合わない。
シュリネは刀を思い切り振り下ろすが、ノルは自身の左腕を使ってそれを弾いた。
ノルの義手の一部が欠損するが、おそらく彼女にとっては大したダメージにはならないだろう。
「ちっ、もう少しだったのに」
シュリネは小さく舌打ちをした。
――千載一遇の機会であった。
ノルを一撃で仕留めるなら、『竜種』の身体を狙っても意味はない。
落ちていくシュリネを見ながら、ノルは言い放つ。
「キヒヒッ、そのまま地面に落ちて死ねッ!」
――だが、そうはならない。
すでにヌーペがシュリネの下へと素早い動きで向かう。
ノルはそのまま都市の天井へと勢いよくぶつかり、岩盤を砕く。
そんな岩盤を身軽な動きでかわしながら、ヌーペは落下するシュリネを回収した。
「あ、貴女は何をやっているのよ!?」
「斬るには近づくしかないからね――とはいえ、仕留め損なった」
ルーテシアの怒りももっともだが、今は気にしている余裕もない。
だが、一つ分かったことがある。
「向こうは子竜よりも空を飛ぶのが下手だね」
身体が小さいことが有利に働いている面もあるのかもしれない。
小回りが利く――特に、限られた空間内ではメリットとなるだろう。
一方、ノルは確かに『竜種』の身体を手に入れたが、元々は人間――それも、飛ぶのは今日が初めてなのか。
本物の『竜種』であれば、あんな風に壁にぶつかることもないだろう。
めり込んだ身体を引き抜くようにして、ノルがこちらに向き直った。
「ちょこまかと目障りな奴らだ!」
ノルは逆上したように声を荒げると、その場で再び魔力を溜め始める。
――こちらには遠距離攻撃の類はない。
ヌーペに備わっていたとしても、ノルに有効的なものはないだろう。
つまり、近づいく以外に道はない。
ヌーペもすぐに理解したようで、ノルへと真っすぐ向かっていく。
瞬間、ノルは魔力を溜めている途中で魔力を放った。
魔力の球体は速く、ヌーペは身体を翻すようにして何とか回避する。
魔力の球体が建物に触れると、簡単に一つを破壊して見せた。
「アンタ達を殺すのに最大火力を出す必要なんてないよねぇ。これなら連射できるからさぁ!」
そう言って――ノルはいくつもの魔力の球体を放った。