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147.捨てる意味

 ――二つの刃が交じり合って、火花を散らした。

 およそ常人の目には捉えることはできないほどの速さで、ハインとキリクは斬り合っている。

 お互いに命を奪うための一撃を繰り出し、それを防ぐ。

 ナイフはその刀身の短さ故に踏み込んだ形での戦いになる。

 一度、ハインが蹴りを繰り出したところで――キリクが下がり、距離を取った。


「やはり君は優秀だね。僕と正面からやり合える人材はなかなかいないよ」

「お褒めに預かり光栄――とは言いませんよ」


 ハインは自身の頬の血を拭う。

 それでも、深く斬られたのか――再び血が流れ出した。

 肩や脇腹、太腿といった至るところに傷を負い、ハインのメイド服は赤色に染まりつつあった。

 実際、ハインでなければすでに命を落としているのは間違いないのだろう。

 だが、キリクの強さはやはりハインの上を行く。

 シュリネが命懸けで倒したディグロスと、キリクは互角の実力を持っているとされている。

 実際、二人が戦っているところを見たことはないが、否定するどころか刃を交えるごとに実感させられる。

 キリクの方が強い――それを理解した上で、ハインはここに立っているのだ。


「あちらは随分と盛り上がっているようだね。それに比べると、こちらは随分と静かだ」

「……戦いに派手さ求めるつもりはありません」

「正しいよ。それこそ、戦わずに済むのならそれでいい――僕はそういう主義だからね」

「私の気が変わることを期待しているのであれば、無駄なことですよ」

「分かっているさ――ただ、僕が勝手に期待しているだけだからね。君が生きている間に気が変わることを」


 そう言って、キリクは素早い動きで距離を詰める。

 ナイフの刃先が眼前に迫り、ハインは身を屈めるようにしてそれをかわす。

 すると、今度はキリクの膝が迫る――まるでハインの動きを読んでいるかのようで、かろうじて両腕を交差させて防御するが、ミシリと骨の軋むような音と共に、ハインの身体は後方へと飛ばされる。

 身体を伸ばし、両腕を地面につけて――回転するような形でハインは体勢を立て直した。

 すでに、キリクの姿が視界にはない。

 ハインは振り返ると同時にナイフを振るう――互いのナイフがぶつかり合って、均衡した。


「素晴らしい反応だ」

「……先ほどから言っている通り、褒めたところで何もありませんよ」

「純粋な感想だよ。僕が君を確実に仕留めたと思った回数はすでに二桁近くになる。それでも生きているのだから――!」


 ハインはキリクの腕を掴むと、そのまま自身の身体を浮かせた。

 勢いのままに、キリクの腕をへし折ろうとするが――ハインの動きがピタリと止まる。

 キリクが力だけで止めたのだ。

 隙を突いたつもりだったが――キリクはそれほど大きな身体つきではないはずなのに、その力も尋常ではない。

 すぐに諦めて、ハインはキリクの腕を離した。

 再び、少し離れた距離でハインは小さく息を吐き出す。


「腕の一本くらい折れたらやりやすくなるとは思ったんですが」

「君のおかげで調子も確かめられているよ。さて、次はどうする?」


 このまま斬り合っても、ハインには勝ち目がない――手に持ったナイフを地面に投げるようにして突き刺した。

 そうして、今度は懐から二本のナイフを取り出す。


「武器を変えたところで状況は変わらないと思うけれどね」

「ええ、ですから――武器にはもう頼りません」

「なに?」


 ハインはそのまま、取り出した二本のナイフも投げ捨てる。

 さらにスカートの中に隠していたナイフも全て、身体の至るところから武器という武器を外し、刃物を隠しているブーツまで脱ぎ捨てると――ハインは身軽な姿になった。


「武器を全て捨てて、少しでも身体を軽くしようということか。確かに、それなりに速くはなるだろう――だが、その程度で僕に勝てるとは思わない方がいい」

「では、確かめてみましょうか」


 言うが早いか、ハインは地面を蹴ってキリクとの距離を詰める。

 それを見て、キリクは小さく溜め息を吐いた。


「ナイフ一本も持たずに僕と戦おうなどと……随分と舐められたものだね」


 キリクはそのまま、向かってくるハインに向かってナイフを振り下ろす。

 瞬間、ハインの姿が消えた。


「!」


 先ほどよりも素早い動きで、ハインはキリクの懐に入ると同時に――彼の顎に向かって掌底を打ち込む。

 大きく上体が反れたところで、追い打ちをかけるように胸の辺りを肘で打つ。

 さらにその場で高く跳んで――キリクの顔面へと思い切り蹴りを加えた。

 キリクの身体が地面を転がるが、倒れることはなくすぐに立て直す。

 ハインもまた、それ以上の追撃はしない。

 キリクが反撃をするために待ち構えていたのが分かったからだ。

 だが、明確にキリクに対してダメージを与えた。

 キリクは口元から流れ出る血を拭うと、楽しそうに笑みを浮かべる。


「なるほど、君も成長しているわけか。僕の知っている君よりも数倍は速い。武器を捨てる意味は十分にあったわけだ。随分と分の悪い賭けだとは思うけれどね」

「私はここで負けるわけにはいきませんので。あなたを倒すためにできることは全てするつもりです」


 そうは言っても――武器を捨てた以上は、これがハインの限界点。

 キリクを打ち倒すための秘策はこれ以外にない。

 すると、キリクもまた――手に持ったナイフを捨てた。


「!」

「つまりは格闘術での勝負を望んでいるということだろう? 実を言うと、僕も武器を使うよりそちらの方が得意なんだ」


 おそらく、キリクの言葉に嘘偽りはない――だが、ハインのやることも変わらない。

 すでに上空での戦いも始まろうとしている。

 ハインはあえて、そちらに視線を送ることはない。

 今――目の前にいる倒すべき相手に全力を注がなければならないからだ。

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