144.届くはずもない
「な、に―――あれは……」
ルーテシアは思わず、言葉を詰まらせた。
今いるのは病院内――ミリィを連れ出すためにやってきたのだが、窓の外に見えるのは『竜種』だ。
薄暗い地下都市の中に、どうしてあんな魔物がいるのか。
だが、その背中を見てすぐに理解する――ノルの姿があったからだ。
当然、その場にいたクーリも呆気に取られていた。
「りゅ、竜ってあんなに大きいんですね……」
そんな感想を漏らしている場合ではないのだが、驚きのあまり思わず口に出てしまったのだろう。
ちょうど、病院側にミリィの退院を交渉している最中のこと。
当然、病院側としてはまだミリィの退院を許容できる状態にない――いよいよ強硬手段を迫られたところで、目に入ったのは『竜種』の姿だ。
「す、すぐに患者の安全確保を!」
交渉をしていた医師が慌てた様子で指示を出す。
安全確保――この状況で何をすれば安全と言えるのか。
ただ、ノルの視線は病院側を見ているわけではない。
その先にいるのは、間違いなくシュリネだ。
それを理解して、ルーテシアはすぐに行動に出た。
「ルーテシア様!? どこに行かれるんですか!?」
「状況を見てくるから! クーリは――ハインの状況を確認して!」
「っ! わ、分かりましたっ」
シュリネのことも心配だが、ハインのこともずっと気がかりだった。
それはクーリも同じことだろう。
だから、ルーテシアはシュリネの方を、クーリはハインの方を手助けする。
(――って、私にできることなんてあるの……!?)
身体は自然を動いてしまっていたが、相手はすでにルーテシア一人でどうにかできる相手ではない。
それどころか――シュリネだって、勝てるかどうか分からない相手だ。
だからこそ、できることがあるか分からなくても動かずにはいられない。
護衛の騎士には、病院内での他の患者の安全確保に協力してもらっている。
今はもう、追われる身かどうかなど気にしている場合ではないのだ。
ルーテシアは病院から出ると、都市内は混乱しており、多くの者達は逃げ出していた。
だが、逃げ場などあるのか――ルーテシアはすぐ近くにあるより高い建物の中へと入り、そのまま階段を駆け上がって屋上に出た。
『竜種』と融合したノルの姿がよく見える。
「さて、シュリネ・ハザクラ――約束通り戻ってきたから、続きをしようじゃないか」
ここからではまだ姿は見えないが、やはり彼女の狙いはシュリネだ。
リネイも傍にいるのだろうか――そんな中、さらなる動きを見せたのはノルだ。
『竜種』の頭部は金属の類で覆われており、おそらくそこに意識はない。
ゆっくりと口の部分が開いたかと思えば、そこに魔力が集約していくのが分かった。
――『竜種』は魔法を使える。
正確に言えば魔法というには少し疎かというべきだが、話は単純――魔力の塊を思い切り吐き出すようなものだ。
「シュリネ……っ」
彼女の名を呼ぶ。
姿さえ見えず、届くはずもない声。
ここからできることなど何もない――せめて、注意を引くことができれば。
ノルとの距離はルーテシアの方がかなり近いが、彼女はまだこちらに気付いてない。
周囲を見渡して――ある物がルーテシアの視線に入った。