143.生物の頂点
――都市全体を揺るがしたそれは、多くの者を動揺させた。
その中でも、一番動揺しているのはリネイだろう。
「……ボクは、この都市を出たら長くは生きられない……?」
「事実だよ。あなたの父親も知ってたらしいから」
「! どうして、それを」
「前の会合でルーテシアが聞いたんだってさ。『魔究同盟』っていう組織が、あなたのことを生かしている――そういう技術を持っているから」
「技術……ノルさんが、私を」
「でも、あいつらは善人じゃない」
シュリネはその身を以て知っている――リネイの心配など、ノルは全くしていないのだろう。
リネイだけではない――この都市の人間を誰一人として気にかけていない。
間違いなく、ゲルドを襲ったのはノルだ。
だが、その事実があったとしても、シュリネの言葉がリネイに届くとは限らない。
明確に、ノルから発せられた言葉は呪いのようなものだ。
――アタシがいないとその子は死ぬんだよ?
それはシュリネの行動すらも制限しかねないもの。
今もノルはリネイの命を握っている――この都市の技術ではなく、彼女だけが扱える技術ということ。
「ボクは、どうしたら」
「あなたが決めるしかない」
「!」
「事実を知った上で、あなたが決めることだよ」
「だって、ここを出たらボクは死ぬって――」
「正確に言えば、ノルがいないとあなたは生きられない。でも、あいつはわたしが斬るって決めてるから」
シュリネははっきりと言い切った。
それが、リネイの死に繋がることだと分かっていても、ノルは敵なのだ。
向こうから仕掛けてきた以上、シュリネも黙っているわけにはいかない。
「ただ、あなたが外に出たいって言うなら、連れて行くことはできる。本当は、この事実と一緒に確認するつもりだったんだけど」
「……死ぬって分かってて、外に出るなんて」
普通ならそう考えるだろう――もはや、彼女に選択肢などない。
むしろ、シュリネを止めるべき側――ノルの言葉で、リネイは明確に敵になったはずだ。
だが、彼女は迷っている。
自らの死が確定しているかもしれないという状況で、まだ迷っているのだ。
「あの竜のこと、そんなに大切なんだ?」
「! だ、だって……ヌーペは、ボクにとって――唯一の家族、だから。でも……」
「あなたがいないと、あの子は飛べないかもしれない――それで迷ってるってわけか」
「っ、なん、で」
シュリネの指摘に、リネイは驚いた様子だった。
「何となく分かるよ。そもそも、亡命なんて本来、やろうとすれば命の危険だってある。それを、竜を逃がすためにやろうとしているんだから――自分の命より、あの子の方が大切だって思ってるってことでしょ」
ずっと、リネイはこの都市を出たがっていた。
それは――リスクを犯したとしても、叶えたい願いだったのだろう。
ただ、彼女はお人好しだった。
結局、交換条件を出しておきながら、無償でシュリネに魔導義手を作ろうとしたのだから。
「これは義手の対価だよ。この都市を出ないなら協力する――ただし、わたしはノルを斬る。わたしはその後の保証なんてできない。協力するくらいならできるけどね」
「……」
リネイは答えない。
――即答できるはずもないだろう。
だが、状況は待ってくれない。
再び、都市が大きく揺れたかと思えば――ここから少し離れたところから、大きな影が姿を見せた。
「! あれは……」
シュリネが視線先に見たのは――十数メートルはあろうかという、巨大な魔物。
そして、この世界においておそらく頂点に立つ存在。
その身体には多くの『魔導式』が組み込まれ、背中には一人の人物が乗っていた。
否――正確には乗っているのではなく、背中に結合している。
「『竜種』というのは本来、人に懐くこともなければその背中に乗ることなど絶対に不可能――けれど、アタシの技術がそれを可能とした。最強の生物と最強の頭脳。つまり、現時点でアタシが生物の頂点に君臨したってことさ!」
その声は、シュリネにも届いていた。
ノル・テルナット――『竜種』と融合を果たして正真正銘、人ではなくなったのだ。