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142.報復

 ――一人残ったハインは小さく溜め息を吐くと、再び視線をキリクの方へと向けた。


「私に何か用があるようですね」

「あるとも。彼女が行動に出たようだからね。僕も目的を果たしに来た」

「彼女――ノル・テルナットですか」


 やはり、この状況を作り出したのはノルだったようだ。

 キリクの目的――自ずと、ハインの頭の中に過ぎる言葉がある。


「報復、ですか。裏切った私に対する」


 組織を抜けて、このまま無事でいられるとは考えていなかった。

 キリクが生きている以上――いずれは接触してくる。

 そして、王国であった出来事に対する清算を求めてくるはずなのだ。


「報復? 君はまだ僕に対する理解が足りていないようだ。そんなこと――するつもりなら、とっくに行動に移しているよ」

「……? では、その目的というのは?」

「何度も伝えているじゃないか。僕は君のことを高く評価している――僕が何故、君に執着するのか、それは君が才能を有しているからに他ならない」


 執着――わざわざそんな言葉まで口にすることに、ハインは驚きを隠せなかった。

 キリクは底の知れない人間であったが、同時にハインに戦闘技術を教えてくれた人間でもある。

 彼は自身の気に入った者には、自らの技術を教え込んでいたのだ。

 ハインもその一人であったが――当然、その一人に過ぎないという認識であった。


「『魔究同盟』は個々で目的を持つ組織だ。つまり、協力関係――ただ従っているだけの組織ではないよ」

「つまり、あなたにも組織に属する理由がある、と」

「話したことはなかったね。実際――誰にも話したことはないよ。けれど、『魔究同盟』という組織の本質に関わることでもある」

「組織の本質――思想の話ですか」

「いいや、思想ではないよ。僕自身が生き延びるべき人間であるという話だ」

「何を……」


 キリクの言っていることが理解できず、ハインは眉を顰めた。

 優れた者を選定し、導き手とする。より魔力と技術のある者だけを残す思想――『魔究同盟』はそのために、自らが選定した者を国の王とする。

 それをあらゆる国で行うことは――つまり、人間の進化を促すこと、ハインはそう理解していた。

 だが、その認識自体が間違っていたのだ。


「――『白蛇族』。僕はその一族の唯一の生き残りだ。蛇の力をその身に宿すという、太古の時代においては、優れた一族であったよ」

「! 『白蛇族』――滅びた一族であると聞いたことはありますが」

「そうだね。優れていたが故に排斥された――どこだって同じだよ。高い戦闘力を誇る一族が、国を脅かすものとして滅ぼされるように」

「……つまり、『魔究同盟』の本当の目的は、そういった一族の保存である、と?」

「本質はそうだよ。もっとも、それを知っているのは本当にごく一部の人間――それこそ、僕と同等レベルの者だけさ。ノルやディグロスといった、ね」

「……何故、その話を?」

「だから、言っているだろう。君は僕が認めた優秀な人間だ。僕の目的は『白蛇族』の再興と繁栄――それに協力してほしいだけなんだよ」


 キリクがここに来た理由――ハインに打ち明けたことも含めれば、その目的というのはつまり勧誘だ。

 全てを打ち明け、もう一度自分に協力しろという話。

 ハインは思わず、小さく笑ってしまった。


「……何かおかしいことがあるかい?」

「あるでしょう。つまり、あなたはその目的のために――クーリをあんな目に遭わせたということですよね」

「彼女はあくまで『吸血鬼』としての素質があったから選ばれただけに過ぎない。僕の目的はあくまで君だ」

「同じことです。私を従わせるために、あなたはクーリを人質として扱った――一族の再興? そんなこと、私の知ったことではありません」


 思わず汚い言葉を吐き出しそうになるのをこらえ、ハインは言い放った。

 キリクもまた、ハインに刺すような視線を向ける。


「分かっていると思うけれど、僕と敵対すれば――ノルも君達を狙うことになる。ルーテシアの身に危険が及ぶだろう。それでも、君は僕の差し伸べた手を握らないと?」

「ルーテシア様は組織に協力しないという選択をしました。それが私の主の選んだ道――ならば、付き従うのが私の務め。それともう一つ、やるべきことを忘れていました」

「……やるべきこと?」


 キリクの問いかけに対し、ハインが取り出したのはナイフだ。

 その刃先を向けて、ハインは静かに口を開いた。


「クーリにしたことを、私が忘れるはずもないでしょう。そのための報復――あなたが私にするのではなく、私があなたにしなければならないことです」

「僕に刃を向けるとは――今までの君では、考えられないことだったが」

「そうでしょうね。けれど、あなたの知る私はもういません。私の仕える相手は、この世でルーテシア様だけです」

「……そうか。君は優秀だが、やはりあまりに人間臭いところがあるね。それに忘れているようだから、思い出させてあげるとしようか」


 瞬間、ハインの背筋に走ったのは寒気だった。

 キリクから向けられた殺気は、今までに感じたことのないもの。


「支配に必要なのは恐怖だ。もう一度、昔の君に戻してあげよう」


 キリクもまた。懐から取り出したのは一本のナイフ。

 だが、ハインはもう引き下がらない――二人の刃が交わった。

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