141.できる限りのこと
――都市全体が揺れる。
「きゃっ!?」
「ルーテシア様、お気をつけを」
バランスを崩してルーテシアを、ハインが支えた。
共に移動していた護衛の騎士達にも動揺が走った。
病院までのルートは手薄になっており、戦闘は避けることができた。
シュリネが目立ってくれているおかげだろう――その分、彼女には危険が及ぶ形になるが。
誰かが囮にならなければならない――リネイの下へ行くと同時に、シュリネがその役目を担っている。
提案したのはシュリネで、ルーテシアは当然のごとく反対した。
義手も未完成で、その上ここはもはや敵地――そんな場所に、シュリネを一人にさせるなんてできるはずもない。
「全員を助かるには、この方法しかないよ。わたしは必ず戻るからさ」
いつもの自信に満ちた表情で言われ、ルーテシアが折れた形になった。
シュリネも意固地になっているわけではない――ルーテシアを守るための最善策を提案したのだ。
リネイとミリィ――特に、ミリィはまだ入院している身であり、連れ出すこと自体がリスクでもある。
ルーテシアとしても受け入れざるを得ない、という状況にあった。
「結構、大きく揺れたけど……」
クーリが不安そうな表情を浮かべて言う。
確かに――要塞都市の内部は地下にあるとはいえ、ここに来て初めて感じる揺れだった。
何か嫌な予感がする――けれど、今は考えを巡らせている余裕もない。
「……病院はこの先よね。急がないと」
「ミリィさんを連れ出して、シュリネさんと合流する――脱出の際にはここに入ってきた道を強行突破する、という形ですね」
「今のところ、私達の知る出口はそこしかないもの。リネイさんなら、ひょっとしたら別のルートを知っているかもしれないけれど……」
リネイが共に来てくれるかどうかは――はっきり言えば分からない。
むしろ、彼女の現状を考えれば、この都市に残る選択をする可能性の方が高いとさえ思えた。
それでも、関わり合いになった以上、彼女の選択を聞き届けることにした。
間もなく病院というところで、ピタリとハインが動きを止める。
「ハイン、どうしたの?」
「お姉ちゃん、急がないと!」
「……クーリ、ルーテシア様を頼みます」
「! 何を言って――」
ルーテシアがそこまで言ったところで、視界に入った人物に気付く。
――その男は優しげな笑みを浮かべているが、間違いなく悪人だった。
ハインとクーリを苦しめ、フレアの命を狙った張本人――キリク・ライファだ。
「心配しなくていい。用があるのはハインだけだよ。君達は早く病院へ向かうといい」
こちらの意図が分かっているかのように、キリクは言い放った。
ルーテシアはまたしても、この土壇場で選択を迫られることになる。
シュリネを囮にするような真似をして、今度はハインまで――どこまでも、ルーテシアにとってはつらい選択ばかりだ。だが、
「ルーテシア様、ご心配なく。必ず戻りますので」
ハインの見せた表情は、落ち着いたものであった。
それを聞いて、ルーテシアは静かに頷くと、
「……予定通り、病院に向かうわ」
「! でも……」
ルーテシアの言葉に、迷いを見せたのはクーリだ。
彼女はハインを見て、そこに会話は一切ない――だが、何かしらの意図を汲み取ったのか、クーリはそれ以上は何も言わず、ルーテシアと共に走り出す。
シュリネに引き続き、ハインとも分かれることになり――その上、兵士達には追われる身。
そんな中でも、ルーテシアは毅然とした表情を見せる。
この状況だからこそ――ルーテシアまで不安げな様子を見せてはならない。
クーリだけでなく、護衛の騎士達の士気にも影響することだ。
実際、ルーテシアの様子を見てか、先ほどまでは落ち込んだ様子だったカーラも指揮を取り始めている。
(私にできることなんて限られている――だから、限られたことで、できる限りのことをするしかない)
それが、シュリネやハインの信頼に応えることができる唯一のことなのだ。