138.斬っていい相手
護衛の騎士達が控える部屋に押し入る形で入ると、驚きに目を見開くカーラの姿があった。
ミリィに付きっ切りだったはずの彼女だが、市長暗殺未遂の一件で同じように軟禁されていたようだ。
「ルーテシア様、これは一体……?」
「今から、この都市を脱出するわ」
「!? なっ、まさか、強硬手段に出るおつもりで?」
「つもりじゃなくて、もう出てるんだよ」
答えたのはシュリネだ。
慌てた様子で、カーラはルーテシアに言う。
「なりませんっ! 我々は使節団としてここにやってきているのですよ!? なのに、このような暴挙、許されるはずが――っ!」
シュリネの刃が、カーラの喉元を捉えた。
カーラは言葉を詰まらせ、息を呑む。
「シュリネっ!」
「時間がないから、簡潔に言うよ。先に仕掛けてきたのは向こう。このままじっとしていれば、最悪全員死ぬ可能性だってある。あなたはどうする? 死にたいなら、手伝ってあげてもいいけど」
真っすぐ、冷たい視線を向ける――シュリネの言葉は本気だ。
それは、カーラの身を震わせるほどのもので。
けれど、カーラは絞り出すように言う。
「……仮に殺されるのだとしたら、ミリィを助けてからにしたい、です」
それを聞いたシュリネは、小さく息を吐き出すと、刀を鞘へと納める。
そして、ハインの方を見た。
「ハイン、頼める?」
「ここで二手に分かれるのは得策ではありませんが――リネイさんのところに行くのですね?」
「まあ、関わった以上はそのまま放っておくわけにもいかないでしょ」
これは、ルーテシアと話して事前に決めていたことだ。
この状況において、リネイがどんな選択をするか分からない――けれど、彼女がもし、真実を知った上でもここを出たいと願うのなら。
「シュリネ……」
不安そうに声を掛けてきたのはクーリだ。
――リネイのことを、一番に心配していたのは彼女だろう。
似たような境遇にある彼女を、どうにか救いたいと思っているのだ。
「ま、わたし一人なら何とかなるよ。それより、わたしがいない間――二人はちゃんとルーテシアを守ってね?」
「心得ました」
「うんっ、約束する……!」
その答えを受けて、シュリネは小さく微笑みを浮かべる。
そして、ルーテシアと目が合った。
「行ってくるよ」
「……気を付けて」
多くの言葉は交わさない。
――シュリネはその場から駆け出した。
これは陽動作戦でもある。
シュリネが目立つことで、ルーテシア達をできるだけ安全に行動させるためのものだ。
「人を斬らないっていうのも楽じゃないね……!」
逆刃で敵を打つ――斬る行為とは違い、当てた瞬間の衝撃も全く異なるものだ。
その上、シュリネは片腕を失っていた状態で、加減をしなければならない状況。
理由は単純――確実に斬っていいと分かっている相手が、一人だけいる。
次々とやってくる兵士を打ち倒しながら、シュリネが向かったのはリネイのいる建物だ。
――もちろん、ここにリネイがいると限ったわけではない。
すでに都市内ではシュリネ達の行動によって警報音が鳴り響いている。
いかに時間をかけずに遂行するか――シュリネは全速力で目的地へと向かったが、
「――キヒヒッ、手間が省けるね。自分から姿を見せるなんてね」
数名の兵士を連れて、シュリネの前に姿を見せたのは――ノルだった。
ちょうど、市長室のある建物の目の前で、待ち構えるように。
「こっちも手間が省けるよ。斬っていい相手が目の前に来てくれるんだから」
シュリネは迷わずにそう言い放つと――刃の向きを変えた。