136.最終手段
――市長の暗殺未遂は前代未聞の大事件としてすぐに要塞都市内部に知れ渡った。
同時に、『リンヴルム王国』の使節団に対しては建物からの外出は一切禁止、という処置が取られることになる。
実質的には軟禁であり当然、ルーテシアは抗議したが――聞く耳が持たれることはなかった。
「いきなり市長の暗殺未遂事件が起こったから建物から出るな、なんて……」
「見張ってる兵士の雰囲気を見る限り、暗殺未遂は本当みたいだね。こういう物々しい雰囲気にはなるよ」
シュリネはさらりと言い放つ。
――かつて、自身も同じような状況にあったことがある。
シュリネの場合は暗殺未遂ではなく、明確に暗殺が行われ――その犯人として決めつけられたわけだが。
「でも、ハインやクーリと会うことまで禁じられるなんて、どう考えてもおかしいわよ」
建物からだけでなく、部屋から出ることも許可がいる状況――かつ、今のルーテシアに許されているのは護衛であるシュリネと共にいることだけだった。
他の護衛の騎士についての扱いは、武装しているということもあって慎重にならざるを得ない、ということか。
「どのみち、状況としてはあまりよくないね。たぶんだけど、市長の暗殺未遂――わたし達が関わってると思われてる」
「なっ、そんなこと――」
「正確に言えば、そういう風に仕向けようとしている人間がいる、ってところかな。まあ、何となく心当たりはあるでしょ?」
「……ノル・テルナット」
シュリネの言葉に、ルーテシアはその人物の名を口にした。
最初から、ここに滞在することを歓迎していない雰囲気を感じていた。
『魔究同盟』の関係者であり、ルーテシアが組織への加入を拒絶して、さらにはゲルドに対しても度重なる会合の要請。
市長代理としてルーテシア達を軟禁しているのはまさに、彼女の指示によるものだった。
シュリネの魔導義手の製作のために訪れていたリネイもまた、ここへ出入りすることは禁じられているらしい。
「これから、どうなるのかしら」
「あのノルって人が何を考えてるかまでは分からないけど――仮に市長に怪我を負わせて、わたし達に罪を着せようって言うのなら、たとえばそれを理由にルーテシアに協力を迫る、とか?」
「私に何をしろって言うのよ? 大体、私にできることなんて、あんな人並外れた組織が必要とするとは思えないけれど……」
「どうだろうね。その辺りはハインならある程度は推察できそうだけど」
「せめてハイン達と合流できれば……」
――とはいえ、向こうがルーテシアを嵌めようとしているのであれば、こちらの話し合いをできる状況を作らせるはずはない。
対策の立てようがない、というのが現状だ。
ルーテシアは不安げな表情を浮かべているが、そんな彼女に対してシュリネは言う。
「何があったとしても、わたしがやることは一つだよ。ルーテシア、あなたを守る」
「! シュリネ……でも、このままだと、あなたの義手は――」
「試作としては作れそう、とはリネイも言ってたけどね。まあ、今みたいな状況になった以上は……わたしとしては提案できることは二つかな」
「何か案があるの?」
「一つはこのまま待ち続けること。一切、市長の暗殺未遂に関わりがないということを証明して、それを認めさせることだね。まあ、相手が嵌めようとしているのであれば、ここが相手の土俵である以上――ほぼ不可能だとは思うけど」
「……もう一つの案は?」
「もう一つは――まあ、ルーテシアも予想はしていると思うけど、あんまり好きじゃない方法だね」
シュリネはそう言いながら、自身の腰に下げた刀の柄に触れた。
ルーテシアも察したのだろう、その表情は不満げだ。
「それは――もはや最終手段というか、真っ当な方法ではないわよね」
「向こうだって真っ当な方法じゃないことをしてきてるんだよ? それに、追い出すつもりでやってるんだとしたら、こっちは無理やり出るのが正しい選択なわけだし」
「道理は分かるわよ。それでも――いえ、もしかしたら……」
ルーテシアは何か思いついたように考える仕草を見せる。
「? どうかした?」
「いえ、今の状況で逃げ出すというのなら、リネイさんを連れ出すっていう選択肢もあると思ったのよ。ただ……」
――リネイはこの都市から出られないのは、理由がある。
リネイはその事実を知らないままに、この都市で暮らしているのだから。
少なくとも、その理由は知っておかなければならないだろうが、それを話すべきゲルドは――おそらく話せる状態にはないのだろう。
「どちらにせよ、ルーテシアの判断に任せるよ。わたしは、あなたのためにできることをするだけだから」
「シュリネ……」
どのような選択をしたとしても――シュリネにとっては、最終的に選ぶ道は一つだ。
ルーテシアをここから連れ出す、もちろんハインやクーリも含めて、だ。
さらに言えば、護衛の騎士達も共に脱出する必要はあるし、そこにリネイを加えるかどうか――いよいよ、動かなければならない状況に陥っているのは間違いない。