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135.凶行

 ――『サヴァンズ要塞都市』の地下深く。

 ここでは魔導技術に関する研究を行っている区画があり、この場所のことを知っているのは要塞都市にいる人間でもごくわずかしかいない。

 そこに、ノルの姿はあった。


「首尾は上々。問題なく全て事が運んでいる――でも、まだ邪魔な奴らが残っているのよねぇ」


 暗く閉ざされた天井を見上げ、ノルは呟いた。

 全てが順調――何も問題は起こっていないのだが、いつまで経っても『リンヴルム王国』からやってきた使節団がこの要塞都市に残っている。


「ルーテシア・ハイレンヴェルクのことであれば、手出しはしない方がいい。彼女に関しては、盟主がお認めになられた」


 すぐ近くに控えていたキリクが口を開いた。

 今、彼はノルの部下という形で行動を共にしている。


「別に興味ないわぁ。むしろ、アンタが変に手を出したりするから、こんなことになってるんじゃない?」


 キリクが騎士の一人に大怪我を負わせたのも原因の一つではあるのだろうが、リネイがシュリネの義手作りを始めた――それを、市長であるゲルドは咎めもしない。


「第一、欲しいならさっさと攫ってしまえばいいって話なのに。回りくどいんだよねぇ」

「あくまで同盟に引き入れたい、というのが盟主の目的だろう。無理やり、という方法を望まれない」

「ま、脅しだの何だのはアンタの得意なところだしね? アタシもそういうことはしないし」

「――なら、君はどうして『こんなもの』を用意しているんだい?」


 キリクは視線の先にあるものを指して言う。

 要塞都市の地下に眠る――ノルの技術の集大成がそこには存在していた。


「アタシが魔導の技術でできることをやりたいだけ。たとえば、アタシがアンタと一対一で戦えば、勝つのはどっち?」

「それは聞かなくても分かるだろう」

「そう、十中八九――アンタが勝つ」


 ノルは自らの強さの限界を理解している。

 魔導技術者としては優秀であるが、戦闘面において秀でたものはない。


「『魔究同盟』という組織においても、強さで言えばアンタやディグロスは抜きんでた強さを持つ――当然、立場としても『強い者』が評価される」

「『魔究同盟』が評価するのは強さではなく優秀であるかどうかだよ」

「そりゃそうさ。だからこそ、アタシにないものはその強さ――魔導技術でそれが得られるのなら、どうなると思う?」

「普通の人間でもあっても強くなれる、と?」

「キヒヒッ、そういうこともできるだろうね。でも――強くなるのはアタシだけでいい」


 ノルは笑いながら歩き出す。


「どこへ行く?」

「ちょっと確かめたいことがあるのさ。アンタはアタシに最後まで協力してくれるんだよね?」

「今はそうしよう。もっとも、僕には僕の目的があるけれどね」

「それで十分! お互いにお互いを利用し合おうじゃない? その方がアタシ達らしいからね」


 ひらひらと手を振って、ノルはその場を後にする。

 地下に降りるためのリフトもまた、魔導技術によって作られたものだ。

 ――この施設全てが、ノルの技術によって作られていると言っても過言ではない。

 そして、市長であるゲルドはこの場所を知らない。

 ノルが訪れたのは、市長室だ。


「やっほー、元気にやってる?」

「姿を見せたのは数日ぶりだな。技術顧問という立場を忘れてもらっては困る」


 ノルの姿を見るや否や、ゲルドは非難するような視線を向けて言った。

 けれど、ノルは気にする様子もない。


「やることはやってるさ。それより、また『リンヴルム王国』の使節団から会合の要請があったって?」

「ああ、二度目も明確に断ったのだが、随分熱心なことだ」


 ゲルドも呆れたような表情を見せた。

 ルーテシアがここまで食い下がるとは、彼も想定していなかったのだろう。


「断るだけじゃなくてさ、態度に示した方がいいんじゃない? このまま都市から追放するとかさ」

「以前にも言っただろう。彼女達は使節団――最低限の礼節は必要だ」

「その礼節で、可愛い娘にシュリネ・ハザクラの義手作りを認めさせてるわけ?」

「――」


 ノルの問いかけに、ゲルドは眉を顰めた。


「シュリネ・ハザクラ――護衛の剣士だったか。彼女は左腕を戦いで失ったそうだが、魔導技術で以前のように戦えるようになるのなら、それはリネイの技術力を証明する機会になる」

「同盟を結ぶ気もない相手にそれをやってどうするのさ、って言ってるわけ」

「何が言いたい」

「だから、使節団はさっさと追い出そうって話をしてんのよ。市長のアンタができないって言うなら、代わりにアタシがやってあげようか?」

「我々はあくまで協力関係――私が市長で、君は技術顧問だ。要望や意見にはなるべく沿うつもりではあるが、どうして彼女達を追い出すことにそこまでこだわる?」


 ゲルドはあくまで、ノルの言葉に従うつもりはないらしい。

 ノルは小さく溜め息を吐き、


「……キヒヒッ、ちょうどいい機会かもね」


 そう言って、にやりと笑みを浮かべた。

 ゆっくりとした足取りで、ノルはゲルドの前に立った。


「どうした。質問に答える気がないのなら――」


 そこまで言ったところで、ゲルドは言葉を詰まらせる。

 ノルが手に持ったナイフで、ゲルドの腹部を突き刺したからだ。


「……っ、何、を……!?」

「心配しなくていいさ、殺しはしない。ただ、しばらく眠っててくれるだけでいい。目が覚めた頃には全て終わらせておくからさ」


 ゲルドはその場に膝を突く。

 ノルの服を掴み、彼女を睨みつけるが――そんな彼に向かってノルは追撃を加えた。


「殺しはしないと言ったけどね? 動けなくなるくらいには痛めつけるつもりだから、覚悟しなよ」


 ――その凶行を止める者は、誰もいなかった。

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