134.何のために
リネイが自室に戻ると、ヌーペが待ち構えていた。
幼体とはいえ『竜種』――基本的にはリネイの暮らす部屋から外に出る許可は下りていない。
時折、検査のためとノルがヌーペを連れていくことがある。
血液などを採取しているようで、リネイ自身もまた、ノルの検査を受けることがある。
それは、リネイにとって必要であることは分かっていた。けれど、
「……あなたは『竜種』――だから、いつまでもこんなところにはいられない、よね?」
『ガフッ?』
問いかけられたヌーペは首をかしげる。
その姿を見て、リネイはくすりと笑みを浮かべた。
「ごめんね、いつか必ずあなたを自由にする方法は見つける。けれど、今は困っている人を助けるのが先だから」
『ガアッ』
リネイの言葉に返事をするように、ヌーペは答えた。
その言葉を果たして理解しているのか分からない――けれど、ヌーペはリネイの言うことをよく聞いてくれる。
これは相当に特異な才能らしく、ヌーペが言うことを聞くのはリネイだけだ。
ノルが連れていく時だって、麻酔で眠らせてからではないとろくに検査もできないという。
逆に、リネイが一緒についていけば――問題なく検査ができるのだ。
友人のいないリネイにとっても、ヌーペはただ一人の親友といってもいい存在である。
亡命などという言葉を使っているが、その目的はヌーペを逃がすという目的しかない。
せっかく翼を持っているのに、こんな狭いところで暮らす必要などない。
同時に――片方しか翼がない故に、リネイも可能な限り傍にいてやらなければならない、という気持ちがあった。
リネイの技術で作り上げた義翼ならば、きっと飛ぶことができるはず――ただ、翼を動かすことはあっても、実際に飛ぼうとはしない。
狭い部屋から出られない、というのが大きな理由なのかもしれない。
当たり前のことなのかもしれないが、この都市にやってくるほとんどの人は、リネイの話しをろくに聞いてくれることはなかった。
むしろ、多くは市長――つまり父のゲルドに告げ口をする形に終わっている。
最初は、そういうことをするたびに呼び出された。
――お前には市長の娘としての自覚がないのか?
――お前は魔導技術を磨くことだけを考えていればいい。
ゲルドはリネイの言葉を聞こうとはしない。
そんな父とばかり接してきたからか、確かに魔導技術に関しては一流になれたが――それだけだった。
自由という言葉は、この都市とは最も無縁だろう。
「……って、そんなこと思い出してる場合じゃない……っ」
リネイは必要な資材を取りに来ただけだ。
足早に部屋を出て、再びシュリネの下へ戻ろうとすると――廊下を曲がったところで、ゲルドと出くわした。
「!」
驚きに目を見開いて、思わず足を止める。
ここはリネイの部屋の近くであり、ゲルドがやってくることはほとんどない。
訪ねてくることがあるとすれば――大抵は、自身の行動を咎めるためだ。
思わず視線を逸らして、その横を通り過ぎてしまう。
だが、先ほどルーテシアと会話したことを思い出す。
「あ、あの、同盟の件……なんですけど」
「どこの国との話だ?」
「えっ、あ、えっと、ルーテシア様、の」
「リンヴルム王国か。最近、お前はあそこと関わりを持つようになっているようだが、義手の方は問題なくできているのか?」
「そ、それは……大丈夫、です」
「そうか。なら、義手作りに励むことだ。同盟の件などと、お前の口出しすることではない」
そう言って、ゲルドはくるりと踵を返して、リネイの下から去っていく。
何のためにこの部屋にやってきたのか、リネイには理解できなかった。
シュリネのために義手作りをしていることは、どのみち知られることだっただろう。
あるいは、その件で同盟を結ぶ予定もない国の助けるような真似をするなとか、そういう風に言われるのだと思っていた。
もちろん、同盟の話に触れるなと釘を打たれはしたが、リンヴルム王国の使節団と関わることについては、何も咎められることはなかったのだ。
「……話すのも、久しぶりな気がする」
家族の会話としてはあまりに淡泊だったかもしれない――けれど、久しぶりにゲルドがリネイの話を聞いてくれた気がした。