131.そういう人
――それから、リネイは毎日のようにシュリネの元へとやってきた。
魔導義手を作るための細かな調整から始まったが、やはり同じく義手を作れる者達がリネイの名を口にするだけある。
義手の型だけで言えば、ほんの数日でシュリネ自身の身体に合った物を作り上げたのだ。
シュリネは素振りをして、その感覚を確かめる。
「ど、どうですか?」
「――うん、感覚的にはこれが一番近いかな。いいと思う」
「! で、では、これを基礎として魔導義手の本格的な制作に着手しようかと……!」
「よろしくね。ちなみに、義手ができるのにかかる時間ってどれくらい?」
「義手自体は……えっと、本来なら一か月くらいの見積もりになるかと」
「一か月……さすがにかかるね」
「あ、それはあくまで本来かかる時間なので……ボクなら二週間くらいで作れるかと」
リネイはどこか自信のない印象を持たせるが、魔導技術に関しては市長の娘――この都市で一、二を争うほどの実力者なのだ。
故に、シュリネの要望に応えられる物を最速で作ることができる。
「……ただ、それはあくまで義手ができるまでの時間、です」
「わたしが使えるようになる時間は――まあ、わたし次第ってことだね」
シュリネの言葉に、リネイは小さく頷いた。
――魔導義手は、腕の切断された部位から魔力によって魔導義手と神経を繋ぐようなイメージで動かすことになる。
指先を動かす感覚などを再現するわけだ。
それは本来、人が指を動かす時に無意識にしている行動とは異なる。
意識的に魔力のコントロールから始め、それを無意識レベルで可能とするようにしなければならないのだ。
シュリネも一応、魔導義手を動かす訓練は経験したことがある。
簡単な動作ならすでに問題なくできるが――別の問題もあった。
「わたしは魔力量が常人より圧倒的に少なくてさ。それに、この刀を使うと魔力も吸われるし」
「魔導義手は本来、魔力を多く使うものではないんですけど……対策はあります。魔導義手にも魔石を組み込んで、サポートします」
「魔導義手に魔石を?」
「は、はい。通常は魔力を流して動くように、魔力を流した際の神経の代わり――導線を細かく組み込みます。ただ、それはあくまで日常生活における簡単な作業をするためだけのもので。戦闘に使うとなれば、当然魔力義手側からのサポートもあった方が、圧倒的に使いやすさは向上します」
シュリネは少し、驚いた表情でリネイを見ていた。
――やはり、彼女に義手作りを依頼したことは間違っていなかったのだろう。
そもそも、作る前から剣士が使うレベルの義手を作り上げることは不可能――そうやって断る人が多い中で、彼女は常にシュリネのことを考えて作っている。
まだ、彼女が通い始めてから数日のことであるが、誠実さは十分に伝わってきた。
――故に、シュリネにも一つの考えが浮かんでくる。
「話は変わるけど――あなたはこの都市を出たいと思ってるんだよね?」
「そ、そう、ですね。できたら、そうしたいと思ってます……」
「市長はそれに反対してるってこと?」
「……父は、ボクの話をろくに聞いてくれません」
作業をしながら、リネイは静かに続ける。
「昔から、そうです。母が亡くなった時も、涙一つ見せなかった――あの人は、魔導技術を外に出したくないんです。そういう人ですから」
リネイがこの都市を出ること――それは、魔導技術がより多くの世界に伝わっていくことになる。
魔導技術はまだ歴史も浅い――だが、この都市ではこの魔導技術を追求してきており、他国に比べても一線を画すものだ。
その最たる例が『魔導列車』――簡単な修復などはできても、魔導列車を初めから作ることができる技術者は、この都市にしかいない。
そうした技術を世界に提供することで、この都市は唯一無二の存在となっているのだ。
「だから、父が守りたいのは技術と知識だけ。ボクが技術者でもなければ、きっと外に出ることも反対しなかったと思います」
「ふぅん……。まあ、頭の固そうな人ではあったね。ルーテシアは、まだ諦めていないみたいだけど」
――今日、ここにいるのはシュリネとリネイだけだ。
ルーテシアはようやくゲルドとの会合の約束を取り付けて、再び会いに向かっていた。
話し合いの結果、シュリネはしばらく義手作りに専念することになり、護衛に関してはハインとクーリが請け負うことになったのだ。
――無論、クーリに関してはハインが最後まで反対していたのだが、
「クーリ、あなたは狙われている立場なんですよ」
「お姉ちゃんだって立場的には似たようなものだし、それはルーテシア様だって同じことでしょ! あたしだって、いつまでも守られるだけじゃいられないの!」
「……っ」
クーリの意志は固く、最終的にはハインが折れる形となった。
確かに、因縁も含めて――あの三人はいずれも狙われる立場にあるだろう。
どこにいても危険であるのなら、一緒にいる方がまだ安全――最終的にはそういう考えにハインも至ったようだ。
(……さて、向こうの交渉はどうなってるかな)
ハインが傍にいるから、シュリネもそこまで心配しているわけではない。
ただ、ここにはシュリネの義手を作るためだけにやってきたわけではないのだ。