129.必要としている人
――幸い、都市の病院には受け入れてもらい、カーラとミリィは治療してもらえることになった。
カーラの右腕の骨折については、少し時間はかかるかもしれないが、元に戻るとのこと。だが、
「この子については、しばらく入院が必要になるわね。骨の一部が内臓を傷つけているから」
「……っ」
医師の言葉に、カーラは落胆の色を隠せなかった。
キリクとの一戦――正確に言えば、戦いにすらなかった。
ハイン曰く、キリクの実力はディグロスと互角かそれ以上――人間の域を軽く超えており、まともに戦って勝てる者はほとんどいないという。
護衛騎士の筆頭である二人が負傷したという事実は、他の騎士達を動揺させた。
もちろん、護衛という任務に就いているからには、怪我の一つや二つは覚悟しているだろう。
けれど、カーラとミリィが手も足も出ずに負けたということは、少なからず影響を与えることになる。
「……」
病院から出て、滞在先の個室へど戻る途中――ルーテシアの表情は暗かった。
ルーテシアの治療が、結果的にはミリィの命を救った。
けれど、状況はより悪くなる一方でしかない。
「ルーテシア様!」
後ろから声がかかり、振り返ると――そこにはカーラの姿があった。
「……カーラさん?」
「ミリィの治療をしていただき、ありがとうございました」
わざわざ、それを言うために追いかけてきたようだ。
深々と頭を下げるカーラに、ルーテシアは言う。
「当然のことをしたまでよ。カーラさんの怪我も軽くないのだから、安静にしないと」
「いえ、私は護衛騎士です。動ける以上は、護衛の任から離れるわけには――」
「利き腕が折られたんでしょ? それで戦えるの?」
カーラの言葉を遮ったのはシュリネだった。
その問いに、カーラはわずかに困惑した様子を見せるが、すぐに毅然とした態度を見せる。
「剣が握れなくとも、護衛としてやれることはあると思っています」
「それは、身体を張って盾になること?」
「!」
カーラは驚きに目を見開いた。
その反応は、シュリネの言葉が正しいことを意味している。
シュリネは小さく溜め息を吐くと、
「護衛は命を懸けてやることだけど、命を捨てるのとは違う」
「ですが――」
「他のことに気が取られたままじゃ、邪魔になるだけだよ」
「っ」
カーラは押し黙る。
――ミリィのことが気がかりになっているのは、誰の目から見ても明らかであった。
「ミリィさんの傍にいてあげて。こっちは大丈夫だから」
「……はい、申し訳ありません」
ルーテシアの言葉を受けて、ようやくカーラも引き下がった。
そのまま、ルーテシアはハインの方を見ると、
「……あなたも、離れる時は先に私に言ってよ?」
「急を要していたので――」
「言い訳しない!」
「……承知致しました」
ハインがあの場を離れる時、結果的にはシュリネから事後報告をすることになった。
――ただ、結果として分かったことがある。
やはり、ノルも『魔究同盟』の一員であること。
リネイは彼女達に必要とされ――同時に、クーリだけでなくルーテシアまで狙われているということだ。
もっとも、ルーテシアに対しては協力を申し出てきた形にはなるが。
「……リネイさんを必要としているということは、彼女も『吸血鬼』の素質があるということ?」
「それは分かりません。『魔究同盟』の本質は優性思想――吸血鬼が、彼らにとってそういう存在なのだとしたら、可能性は十分にあるかと」
リネイもまた、クーリと似たような状況にあるというわけだ。
その話を聞いて、クーリの表情もどこか浮かばれない。
――ここに長居すれば、やはり危険は増すばかりだろう。
だが、少なくともミリィが動けるようになるまでは、ルーテシアもこの都市を出るつもりはない。
「――どうあれ、わたしの義手についてどうのこうの言ってる場合じゃなくなったみたいだね」
「っ、私はまだ諦めていないわ。必ず、方法はあるはず……」
「ルーテシアは本当に頑固だね……」
シュリネは呆れたように溜め息を吐く――瞬間、何者かの視線に気付いて足を止めた。
正確に言えば、知っている気配だった。
「シュリネ?」
「出てきなよ、そこにいるのは分かってる」
言葉と共に、姿を見せたのは――まさに話題にも上がっていたリネイだった。
「! リネイさん……?」
「ひっ、あ、あの……、えっと……」
その場にいた全員に視線を向けられ、萎縮した様子を見せるリネイだったが、やがて意を決したように口を開く。
「ぎ、義手のことなんですけど、えっと、そろそろ作り始めようかと思っていまして……」
「……? わたし達はまた、あなたの――依頼を受けるとは言っていないけれど?」
答えたのはシュリネだ。
亡命――さすがに、この言葉を外で口にするわけにはいかないので、濁した物言いになる。
リネイだけが、シュリネに合う魔導義手を作れる――けれど、彼女の対価は竜種と共に亡命することにあるはず。
ましてや、彼女は『魔究同盟』と関わりのある身――こうして顔を合わせるだけでも、もはやリスクと言える存在だ。
「そ、それは……もちろん、叶えてもらえるならありがたい、です。でも――交換条件を出して、必要としている人に対して作らないのは、やっぱり間違っていると思うので……」
緊張しているのか、不安なのか――両手の指を絡ませながら、けれど、はっきりと口にする。
「ボクが――あなたの腕の代わりを作ります」