128.君に免じて
「……かっ、はっ」
ミリィは勢いのままに壁に叩きつけられ、そのまま膝を突く。
同時に――口から血を吐いた。
キリクの蹴りは、軽装だったとはいえ、騎士の鎧を貫通して内臓にまでダメージを与えるほどのもの。
「ミリィ!」
カーラが叫ぶと同時に、キリクの下へと駆け出した。
「いけません!」
ハインの制止の言葉を聞かず、カーラはキリクに向かって剣を突き出す。
カーラの得物は細剣――キリクは剣先を見てから避けて、カーラの腕を掴む。
「仕方ない。これは正当防衛だからね」
「――」
骨の折れる、鈍い音が響く。
キリクはカーラも右肘の辺りを突きあげて、無理やりに腕をへし折った。
本来、曲がるはずのない方向へと腕が曲がっているが、キリクはそのままカーラの腕を掴んだままに言う。
「さて、仕掛けてきたのは君達だ。この辺りで手打ちではどうだろう?」
「……っ」
キリクの言葉に対し、カーラは彼を睨みつける。
すると、カーラの腕を捻り上げた。
「……あっ、ぐぅ……!」
「これは僕の善意で言っていることだよ? ハイン、彼女達を連れて――」
「カーラを、離せ……!」
「!」
キリクの背後から、ミリィが斬りかかる。
ハルバードを振るうと、地面が割れるほどの威力を見せた。
キリクはカーラの腕を離して、距離を取る。
「ミリィ! あなた、怪我は……!?」
「はっ、はっ……このくらい、平気――」
そこまで言ったところで、さらに口元から大量に出血する。
下手に動いたことで、状態が悪化したのだ。
ふらりと、その場に倒れ伏す。
「ミリィ!?」
「下手に動くからそうなるんだ。さて、一人はもう動けないようだが……君はどうする?」
キリクはゆっくりとした足取りで二人へと迫る。
カーラはミリィを庇うように彼女を抱き締めた。
――その二人の前に立ったのは、ハインだ。
「――これ以上、二人に手は出させません」
「やれやれ、まるで僕が悪いみたいじゃないか。襲い掛かってきたのは彼女達だと言うのに。けれど、君に免じて――ここで僕は引き下がることにしよう」
「……」
ハインは沈黙したまま、去って行くキリクを見送る。
――その姿が消えるまで、一切の警戒を解くことはなく。
いなくなってからしばし経ってから、ようやく呼吸をすることを思い出したように、その場で大きく息を吸った。
すぐに、ハインは振り返る。
カーラは依然、警戒した様子でミリィを庇う様子を見せるが、
「ミリィさんの容態は?」
「……え?」
「彼女の容態を聞いているんです」
ハインは真剣な表情で問いかけた。
すると、カーラは一瞬迷った表情を浮かべたが、すぐに口を開く。
「く、口から血が止まらないようで、上手く呼吸ができていないみたいで……」
「……! すぐに治療しないと……。一先ず、ルーテシア様に応急処置をしていただきます」
「わ、分かりました……!」
カーラも決して軽い怪我ではない――だが、自身の折れた腕のことよりも、より重傷なミリィのことが心配のようだ。
ハインは駆け出して、すぐにルーテシアがいるはずのカフェへと向かう。
ルーテシアを呼ぶと言ったが、向こうの状況の確認も必要だ。
リネイには『魔究同盟』が関わっている上に、ルーテシアやクーリも狙われている。
いよいよ――ここに滞在する自体が危険な状況になっていた。