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126.当然のこと

「そんな、こと――」

「可能ですよ、私達なら。その腕だけではなく、失われた左目さえも戻して差し上げます」


 不可能だ――そう言い切ろうとしたはずなのに、フィルメアは簡単に言ってのける。

 失われた左目――義眼であることも把握しているようだった。

 今、シュリネのために義手を作ろうとしている。

 けれど、それすら叶うか分からない現状において、失われた身体の部位を戻すということ。

 ルーテシアの持つ治癒の魔法では不可能――というより、魔法というものも、そこまで万能ではないはずなのだ。

 治癒の魔法で治せるのは外傷であり、病を治すことはできない。

 それに、魔力を使った治癒を多用すると身体に負担がかかるともされ――そのために、治癒も魔法に頼りきることはしていない。

 だが、『魔究同盟』は人の理から外れたような技術を持っていることは間違いない。

 それこそ、人の姿をしていなかったディグロスという男がいたように。

 人によっては致命傷となるであろう怪我ですら、彼らにとっては何てことのないものであった。

 どうやって治すというか、そもそもそれは人の道から外れたものではないか、第一信頼できない――思考の中に色々な考えが巡る。

 すぐにでも断るべきだ――何より、『魔究同盟』はルーテシアやハイン、フレアに至るまでも苦しめてきた明確な敵。


「――」


 口を開いて反論すべきところで、ルーテシアは押し黙ってしまった。

 ただ一言、断るだけでいい。

 それなのに、ルーテシアが掲示されているのは、何よりも求めているものなのだから。

『魔究同盟』に入るだけ――本当に敵であるというのなら、こうして交渉しに来ることもない。

 必要とされているのがルーテシアなら――クーリには手を出さず、自分を差し出せばシュリネを治せると言うのなら、


「なら、どうしてこの人の目は見えないままなのさ?」


 ――そんな思考を遮ったのは、シュリネの言葉であった。


「それは俺が望んだだけのこと」


 シュリネの問いかけに答えたのはロランだ。

 彼は両目をただ瞑っているのではなく、盲目――治せるというのなら、確かに彼の目もそうだ。


「分かるだろう。両目がなくても、俺はお前より強い」

「見えない方がいいって? 確かに、私も左目は見えてないよ。それに、左腕もない――それがどうしたって話だよ」

「……シュリネ?」


 ルーテシアはシュリネの方を見た。

 ――その表情は毅然としていて、もはや迷いの色など一切ない。


「あなたのために戦えるって、言い切った癖にさ。護衛の役割自体をわたしが放棄したんだ。かっこ悪いよね」


 ここに来る前、シュリネは本当に弱っていた。

 模擬試合とはいえ、ハインに勝率は振るわず、剣術一つで戦ってきた彼女にとっては、自らが弱くなったという事実を受け入れることはあまりに酷だったのだろう。

 そんな彼女の姿が見ていられなくて――けれど、どう足掻いても元に戻すことなんてできないはずだから。

 だから、わずかでもフィルメアの提案に心が揺らいでしまった。


「護衛が主のために命を懸けるのは当然のこと――これは私がそのために負った傷だよ。簡単に治すだの言うような奴らの話は信用できない。護衛の立場としてはっきり言わせてもらうけど、この話は受けない方がいい」


 シュリネは視線をルーテシアに向けて、はっきりと言い放った。

 ――負った傷も、全ては主を守るため。

 それが、シュリネの信条だった。

 いつもは「気にしなくていい」だとか、「心配性」だとか軽い言葉で流そうとする。

 ルーテシアが提案に乗るということは、彼女のその信条を裏切ることになる。

 そんなことに気付けないほどに――ルーテシアは思い詰めていたのだ。


「受けるかどうかを決めるのはあなたではなく――」

「……悪いけれど、その提案は受け入れられない」

「!」


 フィルメアの言葉を遮ったのはルーテシアだ。

 はっきりと、決意に満ちた表情で言い放つ。


「私は――シュリネの主だから。彼女がそれを望まないのなら、受け入れられない」

「……そう。まあ、いいでしょう。お話はいつでもできますし、今すぐに決めることでもないでしょうから」


 フィルメアはそう言うと、席を立った。

 ――あるいは、この場で戦いに発展してもおかしくはない状況であったが、意外にもフィルメアはすんなりと引き下がり、


「気が変わったら、いつでも話をしましょう? 私、待つのは得意だから」


 そう言って――彼女はロランを連れてカフェを後にした。

 その姿が消えてからしばらく経って、ルーテシアは大きく息を吐き出す。


「……はっ、休みに来たはずなのに、すごく疲れた気分よ」

「……わ、わたしは何も言えませんでした……」


 クーリも張り詰めた空気の中で、ようやく息ができたような様子だった。

 そんな中でも、シュリネだけは去って行った方角を見据えて、いつまでも警戒している。

 ルーテシアはそんな彼女に向かって、声を掛ける。


「シュリネ」

「ん」

「……ありがとう。あなたのおかげよ」

「礼を言われるようなことは何もしてないよ」

「もう、素直に受け取りなさいって」


 シュリネのために道を踏み外しそうになった――けれど、シュリネのおかげでそうはならずに済んだのだから。

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