122.護衛として
――翌日以降、再び市長であるゲルドとの再交渉を要求したが、拒絶こそされなかったものの、日程は先延ばしとされてしまった。
そのため、しばらくは時間に余裕がある――シュリネの左腕の代わりとなる魔導義手と手に入れるため、都市を回ることになったが。
「魔導義手っていうのは、そもそも完全な腕の代わりになる代物でははありません。その、戦闘用となると……」
「そう、ですか……」
ルーテシアは落胆の表情を隠せなかった。
魔導義手を扱っている店がいくつか存在しているために、聞いて回ったが――やはり、王国に比べれば質の高い物が多いとはいえ、シュリネほどの者が扱うとなると、中々合うものが見つからない。
普段生活するレベルなら問題ないのだろうが、いざ戦いとなると――わずかな違和感が致命的なことに繋がりかねない。
やはり、その点は魔導義手を扱う技術者としても慎重なのだろう。
「仮にできるとすれば……二人ほどは知っていますが」
「! その二人って……?」
「一人はこの都市の魔導研究の技術顧問を務めている、ノル・テルナット様ですね」
「っ」
その言葉に、ルーテシアは言葉を詰まらせる。
――ノルに関しては、『魔究同盟』との繋がりがある可能性が高く、彼女に協力を頼むのはまず無理だろう。
「……もう一人は?」
「市長の娘さんですよ。彼女も、ノル様に引けを取らない技術者と言われてますからね」
――どうやら、リネイの自信は本物だったようだ。
どこの店で聞いても、返答は同じだ。
シュリネが求めるレベルの魔導義手に関して、作れる可能性があるとすれば――それはリネイかノルのどちらかということ。
いくつか店を回ったところで、休憩のためにベンチに座って休むことになった。
「……やっぱり、頼みの綱になるのはリネイさんだけみたいね」
「亡命の件は置いたとして、どうにか魔導義手の依頼だけはできないものでしょうか?」
「……交換条件みたいなものだから、難しいとは思うけれど」
ハインの提案が可能であれば、ルーテシアとしては願ってもないことだろう。
だが、こちらは条件を飲まないままに、義手を作らせることは――まず無理だと考えてもいい。
自ずと、ルーテシアにとっては選択肢が狭まる結果となってしまったが。
「素直に、わたしの義手については諦めるべきだと思うけど」
シュリネは――この主張を一貫していた。
「そんな簡単に諦められるものではないわ」
「ルーテシア、さすがに強情が過ぎるよ。わたしはある程度、今の自分を受け入れてる」
シュリネの言葉に偽りはない――一縷の望みを持っていたのは事実ではあるし、割り切れるほどシュリネの置かれている状況は簡単ではない。
けれど、ここに来てからはシュリネ以上に、ルーテシアの方がつらそうに見えた。
同盟の件もそうだが、フレアから任された大役を果たせず、それどころかシュリネの義手に関してはこれ以上の進展は望めない。
「……ハインはどう思う?」
「私はシュリネさんの考えが正しい、とは思います」
ルーテシアの問いかけに、ハインはわずかに考える仕草を見せながらも、そう答えた。
ハインからしても、ルーテシアが無理をしていることは十分に分かっているだろうし、シュリネの意思も汲んでいるのだろう。
誰だって――シュリネの義手の件を、諦めたいとは思っていないのだ。
「……ええっと、一先ず、何か気分転換、とか……?」
クーリが重苦しい雰囲気の中で、口を開いた。
全員の視線を受けて、申し訳なさそうな表情を浮かべていたが、
「……そうね。確かに、私も気を詰めすぎていたのかもしれない。少し肩の力を抜いて、色々と考えたいこともあるし」
「先ほど、近くでカフェを見つけました。そこに行ってみるのはいかがでしょうか?」
「それもいいわね。えっと、次はカフェに行こうと思うんだけれど……」
ちらりと、ルーテシアが視線を送ったのは――護衛の騎士であり、常に彼女達の傍にいるカーラとミリィ、そしてその部下達だった。
「我々のことはお気になさらず。護衛という立場上、常に傍には待機させていただきますが」
「そうそう。名目上、監視っていうのもあるけどね」
「ミリィ」
「これは事実だから!」
カーラは護衛の担当で、ミリィについては――ハインとクーリの監視、という名目がある。
四人で行動している時は、こうして全員が一緒に行動することになるわけだ。
「じゃあ、いったんハインの見つけたカフェに行きましょうか。案内してくれる?」
「ええ、こちらです――」
そう言って、歩き出そうとした時、ハインが何かに気付いたような表情を見せる。
「……ハイン? どうかしたの?」
「――いえ、何でも」
「……?」
ルーテシアは首を傾げるが、ハインに特に変わった様子はない。
ただ、ハイン以外にもその者の気配に気付いている――シュリネだ。
シュリネはさりげなく、ハインの傍に寄って話をする。
「今の気配は?」
「……おそらく、私に向けられたものかと」
「ハインに?」
「一先ず、シュリネさんはルーテシア様の安全確保を。私は――カフェに入った後に、気配を追ってみます」
「一人で行く気?」
「相手の狙いが、私ではない可能性もありますから。シュリネさん、私はあなたのこと、護衛として頼りにしています」
ハインはそう、はっきりと口にした。
その目は真剣で――シュリネもそう言われては、頷くしかない。
「……分かった。他の護衛の目は、わたしが上手く誤魔化しておく」
「ありがとうございます」
カフェへ向かう最中、二人で密談を終える。
――どこまでも、簡単にはいきそうにない遠征だった。