121.本当に困ってるんだとしたら
改めて部屋に戻ってきたシュリネとルーテシアは、ハインとクーリの二人を呼んで結果の報告をした。
「……つまり同盟どころか、関係の一方的な破棄を宣告された、と」
「ええ、正直――取り付く島もない感じだったわ」
当然、部屋の空気は暗かった。
もはや、ここに来た目的は果たせなかった――無論、簡単に諦めるつもりはないが、おそらく同盟については難しいだろう。
「同盟の件については理解しました。ですが、市長の娘の亡命というのは……?」
「その件の方が、むしろ衝撃としては大きいかもしれないわね」
「リネイさんの亡命――それだけなら、何か事情があるのは分かります。しかし、その理由が『竜種』を逃がすこととなると、全く話は別です」
「ハインは、この件を受けるのには反対ってことよね?」
「受けるべきではないとは思いますが……」
ハインが視線を向けたのは、シュリネだ。
「わたしも当然、反対だよ。魔導義手を作るために、危険を冒す理由はない」
シュリネの考えは一貫している――同盟の件は何とかすべきであるが、亡命の件については、論じる必要すらないと考えていた。
そもそも、この要塞都市から『竜種』を逃がすということ自体、現実的ではないからだ。
「……一先ず、市長にはもう一度会って話をするつもりよ。シュリネの魔導義手については、作ってくれる人を何とか見つけたいのだけれど」
「仮に見つかったとしても、魔導義手は簡単に扱える代物ではないはず。ある程度、ここに滞在する必要はあるのでは?」
「……問題は山積みね。ただ、このまま戻れないのは事実よ」
ルーテシアの表情を見れば分かる――彼女は何一つ諦めたわけではない。
「……」
そんな中、静かに話を聞いていたのはクーリだ。
何やら言いたそうな表情をしているが、内容が内容だけに口出しはできない――そんな様子だった。
「クーリは何か言いたいことがありそうだね」
「えっ」
クーリに対して助け船を出すつもりで声をかけると、少し驚いた様子を見せた。
「意見があるなら、遠慮なく言ってくれて構わないわ」
「……ええっと、意見というか」
ちらりと、クーリはハインに視線を送る。
ハインは静かに頷いて促した。
「……その、リネイっていう子のことは、どうにか助けてあげることはできないんですか?」
「!」
クーリの言葉に、ルーテシアは驚いた表情を見せた。
「まず、リネイさんが本当に助けを求めているか分からない現状に加え、そもそも我々は部外者です」
「それは……そうなんだけど」
クーリの問いに答えたのはハインで、彼女はどこまでも冷静で、冷徹にさえ聞こえる。
けれど、間違いのない事実だ――同盟の交渉どころか、現在の関係全ての一方的な破棄。
リネイが本当に助けを求めているか分からない以上、関わることも大きなリスクとなる。
「あたしは、そのリネイって人に会ってないから、実際のところどうなのか分からないんですけど、ルーテシア様とシュリネが会った時の状況とか、そのお話を聞いている限りだと、本当に困ってるんじゃないかなって」
「そう、ね。確かに――貴女の言う通り、だとは思う」
ルーテシアも、リネイを疑っているわけではないようだ。
――実際、交渉が決裂した後に、こちらに何かを仕掛けるメリットが向こうにあるとは思えない。
「クーリ、気持ちは分かりますが――」
「本当に困ってるんだとしたら、あたしはどうにかしてあげたいと思う。もちろん、我儘だっていうのは、分かってるんだけど」
彼女らしいと言えば、彼女らしい――クーリ自身、長い間閉じ込められていたからこそ、あるいはリネイの望みに何か共感するところがあるのかもしれない。
思えば――クーリは初めから、ここの空気は重いと言っていた。
要塞都市は限られた空間であり、かつここの技術者が外に出て活躍している話はない。
つまり、ここはまるで大きな牢獄のような場所とも言えた。
リネイもまた、そんな環境で過ごしているのだとしたら――
「貴女の意見は分かったわ。ありがとう」
ルーテシアは微笑んで、クーリに礼を言う。
――本当に困っているのなら、助けたい気持ちは当然あるのだろう。
ただ、ハインの言う通り状況がそれを許してはくれない。
こればかりは、シュリネにもどうにかできる問題ではなかった。